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第十七話 今日の感想

「ゆかりちゃんは僕の手を握ってて、落ち着いたりする?」

「え?え?い、いきなり、な、なんですか?」

「なんとなく聞いてみたくなっただけだよ。教えてくれないかな?」

 博斗さんがなんでそんなことを聞いてくるのかは分からない。でも、ちゃんと答えてあげようと思った。だって、あたしの大好きな人からの質問だから。

「落ち着き、ますよ。博斗さん、あたしが怖がっているのをちゃんとわかってくれてるんですから」

「どうして、そう思うの?」

「だって、あたしが怖くなって強く握ったら少しだけ強く握り返してくれました。だから、あたしが怖がっているのをわかってるんだろうな、って思ったんですよ」

 言い終わってあたしは恥ずかしくなってきた。冷静に考えてみればあたしがさっき言った言葉はすごく恥ずかしいものだったように思う。

「そうなんだ。うん、ありがとう。わざわざ答えてくれて」

「い、いえ、べ、別にいいですよ。あたしが、思ったことを、言った、だけなんですから」

 あたしは博斗さんの顔を見ずに答えた。

「そういえば、沙織も昔は怖がりだったんだよ」

「え?そうなんですか?」

「うん。小学生くらいのときはなんにでもびくびくしてるような感じだったんだよ。だから、幼馴染の僕がほとんど毎日沙織の手を握っててあげたんだ。今みたいな感じにね」

「へえ、意外、ですね」

 沙織が怖がりだったなんて本当に意外だ。今の沙織からは全然そんな感じしないのに。

「そうでしょ?今はあんな感じだからわかりにくいだろうけどね」

 今、なんとなくだけど沙織が博斗さんのことを好きになった理由がわかったような気がする。

 幼馴染だっていうのもあるんだろうけど、それは一番の理由じゃない。一番の理由は博斗さんに優しくしてもらえたからなんだ。

 博斗さんは意識せずにやったみたいだけど、昔の沙織にとってはそれがすっごく嬉しくて安心できたんだと思う。今のあたしだって博斗さんに手をつないでもらえて嬉しいし安心できてる。

 そして、その嬉しさと安心が沙織の中で恋心になった。そういうことなんだと思う。

 そういえば、あたしが博斗さんを好きになった理由も優しくしてくれたから、だ。博斗さんがあたしにしてくれたことは沙織にしたことに比べたらすっごく小さいこと。そんなことでも好きになっちゃうんだな、とあたしは思った。

 よく思い出してみれば博斗さんがあたしと沙織以外に優しくしているのを見たことがないような気がする。

 どうしてだろう、とあたしは考えてみる。その結果、思い浮かんだのが博斗さんもあたしのことが好きだから。

 いやいやいや、それはさすがに都合がよすぎる。だから、別の理由を考えてみる。けど、だめだった。博斗さんがあたしのことを好きだから、だという理由が頭から離れない。

 これ以上一人で考えてたら変な方向に想像が膨らんでしまいそう。だから、博斗さん本人に聞いてみることにした。聞いても問題ないと思うから。

「あの、博斗さん」

「ん?なに?」

 あたしの声に反応して博斗さんはあたしの方を見る。

「博斗さんがあたしと沙織以外の人に優しくしているところって見たことないですけど、何か理由でもあるんですか?沙織は博斗さんの幼馴染だから博斗さんの中で特別扱いされてるんだなってことはわかります。でも、何で、あたしにも優しくしてくれるんですか?」

「あ、僕がゆかりちゃんと沙織にしか優しくしてないことに気付いてたんだ。……ゆかりちゃんにだけ優しくしてる理由か」

 博斗さんは理由を考えているようだ。どうやら、博斗さんは無意識のうちにあたしに優しくしていたみたい。

「たぶん、ゆかりちゃんのことがほっとけなかったからだと思う」

「え?」

 あたしはその言葉に驚く。だって、ある意味あたしが考えてた理由に近かったから。でも、まだこれだけじゃわかんない。あたしの単なる思い込みだってこともあるはず。だから、あたしはもうちょっと詳しく聞いてみることにした。

「あの、どうして、ほっとけなかったんです、か?」

 本当にあたしが考えてた通りだったら、と考えるとすごく恥ずかしくなって言葉が途切れ途切れになってしまった。

「危なっかしい感じがしたから、かな?なんていうか、ゆかりちゃんって目を離したらいけないような雰囲気があったからね」

 それって、どういう意味なんだろ。なんだか、悪い意味にしか聞こえない。

 あたしがそんなことを思っているとは知らず博斗さんは続ける。

「なんというか、放っておけないような気がしたんだ。他の人は放っておいても大丈夫そうだけど、ゆかりちゃんだけはそうじゃない、ってね」

 言葉の意味をそのまま取るとあたしのことをどんくさい、と言われたような気がする。でも、少し意味の取り方を変えれば……。

 と、いきなり、恥ずかしくなってきた。理由は言うまでも無く言葉の意味の取り方を変えたからなんだけど、まさかそんなわけないよね。博斗さんがどんくさいあたしのことを気にかけているうちに好き、になったなんて。

 そんなことを考えていると、沙織の言った、

『これはわたしの憶測だけどー、博斗はあなたのことが好きなんだと思うわー。それも友達としてじゃなくてー、恋愛感情としてねー』

 という言葉を思い出してしまった。その途端に更に恥ずかしくなったような気がした。

 これ以上考えていたらこれ以上に恥ずかしくなりそうだ。だから、あたしは心の中で頭をぶんぶんと振って半ば無理やりに考えるのを中断させた。

「ゆかりちゃん、どうかしたの?」

「え?な、なんでもないですよ」

 あたしは慌てて顔を上げてそう言う。恥ずかしくていつの間にか顔を俯かせてしまっていたようだ。

「そう、ならいいんだけど、下を向いて歩いてると危ないよ」

「大丈夫ですよ、こけないように気をつけてますから」

「いや、下を向いてたら転びにくいんじゃないの?むしろ、どこかにぶつかりそうな気がするんだけど」

「あ……。そ、そうですね。あ、あたし、何言ってるんでしょうね、あはは……」

 あたしは笑ってごまかす。慌てていたせいか変なことを言ってしまった。まあ、でも、そんなに気にすることじゃないよね。

 なんか、博斗さんを信頼できるようになってる。今までのあたしだったら変なふうに思われてるかもしれない、とか思って心配してたかもしれないのに。

「さてと、ここまで来たらもう大丈夫だよね」

 博斗さんの言ったことの意味がわからなかった。けど、博斗さんがつないでいた手を離してあたしは気がついた。

 いつの間にか雑木林に囲まれた小さな道を抜けていたんだ。全然気がつかなかった。それに、博斗さんと手をつないでいたことも今の今まですっかり忘れていた。

 と、ふと手の部分だけが寒くなってきた。たぶん、今まで博斗さんの手に握られていて温まっていたからからだ。

 あたしは冷え始めた左手を右手で温めた。それと同時に、もっとちゃんと博斗さんの手のさわり心地を感じておけばよかったな、と思う。こういう機会がまたあるとは限らないから。

 でも、博斗さんなら頼めばまた握ってくれそうな気がする。まあ、あたしがそんなことを頼めるかっていうと頼めない、ってことになるんだけどね。

 あ、そうだ。お礼、いっとかないと。博斗さんのおかげで何の心配も不安も抱かずにあの暗い道を歩けたんだから。

「あの、博斗さん、ありがとうございます。博斗さんのおかげで何の心配も無く歩けました」

「うん、どういたしまして。……また、不安になったりしたら手、つないであげるよ」

 あたしがさっき思っていたとおり頼んだら博斗さんはまた手をつないでくれそうだった。さっき思ってたとおり頼めるはずなんてないけどね。恥ずかしくって。

「……はい、お願い、しますね」

 でも、なんとかそれだけは言っておいた。

「うん、わかった。いつでも言ってよ」

 博斗さんは微笑を浮かべてそう言った。

 あたしはそんな博斗さんの顔に見惚れていたのだがはっとして我に返る。そして、恥ずかしくなってきたので顔をそらす。

 博斗さんはそれが会話の終わりの合図だと思ったのか歩き始めた。あたしはとりあえず、見惚れていたってことが気がつかれなくてほっとして博斗さんの横に並んで歩いた。

 それからあたしと博斗さんは無言で神社の前に戻る。そして、神社の前の道路につながっている階段を下りる。この階段を下りきったら今日は博斗さんともお別れなんだ。

 そんなことを考えながら下りていたら最後の一段で足を踏み外してしまった。

「わっ」

 倒れる、と思って手を前に出した。倒れたときの痛みと衝撃を想像して目をつむる。

 けど、想像していた痛みと衝撃はなかった。その代わりに、予想外の温かさがあった。

「ゆかりちゃん、大丈夫?」

 耳元で博斗さんの声が聞こえてきた。あたしは状況を確認しようと目を開けた。

 すると、目の前に博斗さんの顔があった。

「わわわ」

 驚きと恥ずかしさでどうすればいいかわからない。とりあえず小さく驚きの声を漏らすことしかできなかった。

「ど、どうしたの?」

 博斗さんも博斗さんであたしのいきなりの行動に驚いたらしく少しうろたえるようにそう聞いてきた。

 あたしは、その声で正気を取り戻す。

「あ、あの、ひ、博斗さんの顔が、ち、近くにあって、ちょ、ちょっと驚いただけです」

 うまく呂律が回らず何度もかんでしまった。少し声が上ずっていたような気もする

「あ、ご、ごめん」

 そういって博斗さんは顔を少し離す。少し離れた程度なのでまだ近いといえば近い。けど、先ほどよりは落ち着きを取り戻せた。

「それで、大丈夫?」

 一瞬、何が大丈夫なのか、というのがわからなかった。数秒ほどして先ほど自分がこけそうになったというのを思い出した。

「たぶん、大丈夫だと思います。よくわかりませんですけど」

 今は半分くらい博斗さんの力で立っているので大丈夫かどうなのかわからない。とりあえず、今のところは痛いところとかは無いけど。

「じゃあ、離しても大丈夫だよね」

「はい」

 先輩があたしから手を離した。少し歩いてみようとする。

 そうしたら、右足の足首に痛みが走った。

「いたっ」

 あたしはしゃがんで足首の辺りを手でおさえる。どうやら、足をくじいてしまったようだ。

「足、くじいちゃったんだ。どう、歩けそう?」

 博斗さんは心配そうな声でそう聞いてきた。あたしは博斗さんにあんまり心配させないようにしよう、と思って無理やり立ち上がる。

「大丈夫です。歩けます」

 結構不自然な口調だったと思う。何故ならまだ痛みがひいてもいないのに立ち上がったから更に痛くなってしまったからだ。

「ゆかりちゃん、無理しちゃだめだよ。僕がおんぶしてってあげようか?」

「い、いいですよ。あたし、ちゃんと自分で歩けますから」

 あんまり博斗さんには負担をかけさせたくない。

「でもゆかりちゃん無理してるでしょ。ちょっと顔がつらそうだよ」

 あたしが自分で歩けない、というのを博斗さんに見抜かれてしまった。

「ひ、博斗さんに迷惑をかけるわけにはいきませんからいいですよ」

「迷惑だなんて思ってないよ。それに、ゆかりちゃんひとりじゃ帰れそうにないよ。ほら、遠慮しないで乗って。家まで運んであげるから」

 そう言って博斗さんはあたしに背中を向けてその場にしゃがみこんだ。博斗さんはなんとしてもあたしを家まで運びたいようだ。

 冷静に考えてみれば確かにあたしが一人で帰るのは無理そうだ。だから、あたしは博斗さんの厚意に甘えることにした。

「じゃ、じゃあ、お、お願い、します、ね」

 そう言ってからあたしはゆっくりと博斗さんの背中に乗った。博斗さんの背中は思ってたとおり温かくてそして、思ってた以上に広かった。

「あの、博斗さん、だ、大丈夫ですか?」

「ん?全然大丈夫だよ。ゆかりちゃんも落ちないように気をつけてね。僕もなるべく落とさないように気をつけはするけど」

「あ、は、はい」

 博斗さんは一回頷き歩き始めた。

 あたしはすっごく恥ずかしかった。もし誰かに見られたら、なんて思うと気が気ではなかった。

 でも、それと同時に安心もしていた。どうしてこんなにも安心できるんだろう。

「ゆかりちゃん、どうだった?感想とかあったら、聞かせてほしいな」

 いきなりそんなことを言われて何のことを聞かれたのかわからなかった。博斗さんは言葉足らずだったと気がついたのか言葉を付け足す。

「今日、僕と一緒にいてどう思ったか聞かせてほしいんだ。それと、無理に楽しかった、とは言ってほしくないな。ゆかりちゃんの本心を僕は聞きたいんだ」

 何故だかその言葉を聞いた瞬間にあたしの胸が高鳴った。どうしてか、というのはよくわからない。でも、しいていうなら博斗さんの声が何かを期待するようにそして、なにかを不安がるように聞こえたからかもしれない。

 そう、あたしが博斗さんと一緒にいてどう思っていたのかを期待して不安がっているように聞こえた。

 どういう思いからそういうことを聞いてきたんだろう、と思う。

 でも、これだけはわかる。博斗さんは他の大多数の人とは違うようにあたしのことを見ている。沙織のような特別な存在としてあたしを見てくれている。

 それがあたしは嬉しかったし恥ずかしかった。だから、博斗さんの質問にしっかり答えようと思った。いつものあたしなら思っていなかっただろうことも今なら思うことが出来る。

 あたしはそれを言葉にして博斗さんに伝えた。なんとなくだが普段なら絶対に言えないようなことも言えるような気がした。

「今日はすごく満足できましたよ。あたしの大好きな猫を触ったり、話をしたりすることが出来ましたから」

「本当?でも、あそこに行くための道を通るときはすごく怖がってたよね」

 少し不安そうな博斗さんの声。博斗さんはあたしが怖がっていたということをすごく気にかけてくれてるんだ。

 やっぱり、博斗さんはあたしのことを特別に見てくれている。そうじゃないとこんなに気にかけてくれたりしないはずだ。

 あたしの心の中は嬉しさでいっぱいになってきた。ちょっと顔がほころんで来る。おんぶされていなかったほうがよかったような気がする。

 なんとなくだけど、博斗さんならあたしのほころんだ顔を見ただけで安心してくれるような気がしたからだ。

 今はおんぶされているのでそれが伝わることはない。だから、あたしはその顔のほころびを言葉にあらわして博斗さんに伝える。

「確かに怖かったですけどでもそんなことはすごく些細なことですよ」

 そこまで言ってあたしは少し息を吸う。これから、今のあたしでしか言えないようなことを言う。その為の前準備。

 そして、あたしは言葉を紡ぐ。

「博斗さん、あたしが怖がってるってわかって最初、星を見せてあたしを安心させようとしてくれましたよね」

「うん、そうだね」

「正直に言ってあたしはあれだけでは安心できませんでした。でも、その後に博斗さんはあたしと手をつないでくれました。あの時も言いましたけどあたし、すっごく安心できたんですよ」

 あのとき、というのは博斗さんが、僕の手を握ってて、落ち着いたりする?、と聞いてきたときのことだ。

「それと同時にあたしはすっごく嬉しかったんです。あたしのことを想ってくれているんだな、って」

 じょじょに顔が赤くなっていくのを感じる。それでも、最後の締めくくりだけはしておきたかった。

「だから、猫と話をしたり触れ合えたこと、あたしが怖がったおかげで博斗さんがあたしを想っていくれているんだな、って知れたこと。それらを合わせてあたしは満足だったんです」

 今のあたしじゃないと言えないことがある、とは思っていたけど自分でもここまで言えるとは思っていなかった。

「そう、なんだ……」

 博斗さんの声は照れているような、恥ずかしがっているような、そんな声だった。

 あたしの言葉を聞いて博斗さん、何を想ったのかな?

「それを聞いて安心したよ。不満じゃなかったんだよね」

「はい」

「うん、よかった」

 博斗さんの声がなんだかすごく満足しているように聞こえた。

 どうしたんだろう?、とあたし思った。だから、なんで満足そうなのか聞いてみようと思った。けど、

「ゆかりちゃん」

 という、博斗さんの声で聞くことが出来なかった。

「は、はい、な、なんですか?」

 質問をしようとしたところで声をかけられたのであたしはすごく焦ってしまう。

「ゆかりちゃん、って僕―――」

 そこで言葉が途切れた。あたしはなんだろう、と思い博斗さんの次の言葉を待つ。

「ごめん、やっぱりなんでもないや」

 けれど、言葉の続きがあたしに届いてくることは無かった。

 博斗さん、あたしに何を言いたかったんだろう?

すっごく気になる。

 とりあえず、博斗さんに関するあたしの見解を聞きたかったんだとは思う。博斗さんは自分のことも言っていたしあたしの名前も言っていた。

 じゃあ、具体的に博斗さんは何を聞きたかったんだろうか。

 あたしが博斗さんといて思うこと?それとも、あたしが博斗さんについてどう思っているか?

 色々な憶測があたしの頭の中でぐるぐる回るけどどれがあっているかなんてわかるはずが無い。それに、博斗さんは言いにくそうだったから聞くのがためらわれる。

 だからあたしは一人で博斗さんは何を聞きたかったんだろう、と考え続けていた。

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