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第十六話 たくさんの猫

「大西さん、猫たちに人気だね」

 先輩はあたしとあたしの膝の上、足元、そして周りにいる猫を見ながらそう言った。

「そうみたいですね」

 あたしは大好きな猫を撫でている、という幸せを隠しもせずに答えた。今まで浮かべたことないくらいに幸せそうな笑顔を浮かべてると思う。

 今、あたしと先輩は雨避け用の屋根が作られた木の長椅子に座っている。いつどんな目的で作られたのかはわからないがポツン、とそれだけ置いてある。

 先輩はここに来るといつもここに座って猫たちの相手をしているらしい。

「次は僕も撫でてー」

 足元からそんな声が聞こえてきた。足元を見てみるとぶち模様の猫があたしの足をのぼろうとしていた。

「うん、わかったから、ちょっと待ってね」

 あたしはそう言って今まで撫でていた三毛の子猫をあたしの膝から降ろす。

「メルは今日はもう終わりだよ」

 この子を撫でながらみんなの名前を再確認したのでもう大丈夫だ。全員の名前を言うことができる。

「えー、もっと撫でてよー」

「だめだよ。他にも撫でて欲しいっていってる子がいるんだから。またこんどやってあげるから今日は我慢してね」

「わかった、我慢するー」

 メルは納得してくれたようだった。

「じゃあ、次はルイの番だよ」

 あたしはぶち模様の猫、ルイを持ち上げて膝に乗せる。それから、あたしはルイをゆっくりと撫でる。

 そうするとルイは気持ちよさそうな声を漏らす。

「ゆかり、って撫でるのうまいねー。博斗も撫でるのは結構うまいけどゆかりの撫で方のほうが僕は好きだなー」

「そ、そう?ていうか、人によって撫で方が変わるものなの?」

「変わるよー」

 気持ちよさそうな声のままルイはあたしの説明に答えてくれる。

「例えば、博斗の撫で方は優しい感じでー、ゆかりの撫で方はやわらかい感じなんだー」

「へえ、そうなんだ」

 あたしはちらっ、と先輩の方を見る。そして、あたしが始めて猫になったときに先輩に撫でてもらったことを思い出す。

 確か先輩はあの時、あたしの正体が分かってなかったんだよね。もしあの時先輩が最初からあたしの正体に気がついてても優しく撫でてくれたのかな?

 今でもあたしはあのとき、先輩に撫でてもらったときの感触を覚えている。あの撫で方は本当に優しくて安心することが出来る。

 出来れば、また撫でてほしいなあ、とか考える。と、先輩はあたしの視線に気がついたのかこちらを向く。

「大西さん、どうかしたの?」

「な、なんでもないです」

 あたしは、なんとなく恥ずかしくなって顔をそらしながら答える。

「あら、博斗はゆかりのことを苗字で呼んでるのね。人間はあまり親しくない人は苗字で呼ぶと聞くけどあなた達は苗字で呼び合うほど親しくないってわけには見えないわね」

 瀬条先輩の膝に乗っている白色の毛に黒色のしま模様を持った猫がそんなことを言う。確か名前はジュリーだ。

「そういえば、ゆかりは博斗のことをどう呼んでるのかしら?」

「え?先輩、って呼んでるけど」

「苗字ですらないじゃない」

 呆れたように言う。

「なんで、ゆかりは名前で呼ばないのよ」

「よ、呼び方を変えるのが、恥ずかしいから……」

 何故かそれを先輩に聞かれるのが恥ずかしいような気がして少し小声になってしまった。

「ふーん、そういうこと」

 ジュリーは何かに納得したようにそう言う。それから先輩の膝の上から降りあたしと先輩の座っている間に立つ。その姿が何かをたくらむ真由美ちゃんと重なったような気がした。何となく何かをしてくるんだろうな、と思い身構える。

「それで、博斗はなんでゆかりを名前で呼ばないのかしら?」

「大西さんと同じ、かな。それと、呼び方を変えるタイミングがわかんないんだ」

「だったら、今、変えればいいじゃない。二人とも別に呼び方を変えたとしても問題はないでしょう?」

 あたしと先輩の顔を交互に見ながら聞いてきた。

 呼び方を変えるのは別に問題ないけど、けど、やっぱり恥ずかしいよ。あたしが猫の姿になって先輩に正体が分かられてなかったときは名前で呼んでたけど、今の元の姿だったら無理だ。

「僕は別に問題ないよ」

 あたしがあれこれと悩んでたら先輩がジュリーの質問に答えていた。

「あ、あたしも問題ないです」

 あたしは何故だか慌ててしまいそう言ってしまった。

「だったら、いいわね。これから二人ともお互いに名前で呼び合うのよ。……このままだと名前で呼びそうにないから今ここでお互いに呼んでみなさいよ」

 もう、先輩を名前で呼ぶしかないようだ。

「うん、わかった。……なんか緊張するね」

 少し照れたように先輩はそう言う。

「いいから、早く呼びなさいよ」

 有無を言わせぬような口調でジュリーは言った。先輩はうん、と頷きあたしの方に向いてきた。

「えっと……ゆかり、ちゃん」

「は、はい、博斗、さん……」

 声が上擦りそうだった。すっごく恥ずかしい。でも、これからは先輩、ではなくて博斗さん、と呼べるのが嬉しかった。

「ゆかり、どうしたのー?顔、赤いよー」

 今まであたしの膝の上に乗っていたルイがいきなりそんなこと言ってきた。

「そ、そんなことないよ。き、気のせいだよ、気のせい」

「そうかなー。気のせいに見えないんだけどー」

「ほ、本当に気のせいだって」

 猫にまでここまでからかわれるとは思わなかった。いや、ルイの場合は純粋にあたしの顔が赤くなってるって言ってるんだよね。だから、邪険に扱えないや。どうすればいいんだろ。

「なんで二人とも呼び捨てじゃないのよ。しかも、ゆかりにいたっては敬称じゃない」

 ジュリーはなんだか不満そうだった。彼女はあたし達に呼び捨てで呼んでほしかったようだ。

 それはさすがに無理。恥ずかしすぎる。でも、呼び捨ての方がいいかな?ジュリーが今ここで呼び捨てで呼べ、と言ったら呼び捨てで呼べるような気がする。というか、そうじゃないと呼び捨てでなんて呼べない。

「ま、いいわ。とりあえず、名前では呼んでるから」

 あたしはジュリーのその言葉にほっとした。でもさっきまで呼び捨ての方がいいとも思っていたのでがっかりもした。

 と、そう思っていたら誰かがあたしの背中をのぼろうとしているのに気がついた。後ろを見てみるとそこにはジュリーがいた。

「ジュリー、どうしたの?」

「あなたとだけ話をしてみたいと思ったのよ。肩に乗せてくれるかしら」

「うん、わかった」

 なんの話をするんだろう、と思いながらジュリーを抱き上げて肩に乗せた。

「ゆかりの肩って博斗の肩よりも狭くて乗りにくいわね」

 乗せた途端にそんな文句を言われた。

「あたしは女でそういう体型なんだから仕方ないじゃん」

「それもそうよね」

 ジュリーは言いながらあたしの耳に口を近づけた。そして、小声で、

「あなた、博斗のことが好きなんでしょ?」

 と言った。

「い、いきなり、な、何言ってるの?」

 ジュリーの発言にあたしはわたわたとしてしまう。

「ととっ……。危ないわね。落ちるところだったじゃない」

 批判的にあたしの方を見る。でも、声はどこか楽しそうだった。

「その反応を見ると、どうやら本当に博斗のことを好きみたいね。……やっぱりいいわね、人間の恋心って。見ていると、とっても楽しいわ」

「な、なんか、ジュリーってあたしの友達に似てるね」

 これ以上からかわれないようにするためにあたしは話題を変えた。

「例えば恋愛の話とかで人をからかうところとかかしら?」

 すぐに、話題は元に戻されてしまった。あたしは、もう諦めて話の受身の体勢に入ろうとした。

「大丈夫よ。もうからかったりなんかしないわよ」

「なんか、信じられない」

 あたしはジュリーに疑いの眼差しを向ける。なんとなく信用ができなかった。

「そんなこというなら博人に聞こえるくらいの声でゆかりをからかうわよ」

「そ、それはだめ!絶対にだめ!疑ったことは謝るから言わないで」

「ふふ、わかったわよ。ほんとにおもしろいわね、ゆかりの反応って。なんか、可愛いわ」

 猫に可愛い、と言われてしまった。当たり前の反応だと思うんだけど。そんなに、おもしろかったかな?あたしの反応って。

「まあ、頑張りなさい、ゆかり。応援してるわよ、あなたの恋が実るように」

 ジュリーはそう言ってあたしの肩から飛び降りた。あたしはジュリーが怪我をしないように受け止めようとしたが少し遅かった。しかし、いらない心配だったようだ。

 ジュリーは音もなく地面に着地をし平然と歩いていた。

 そういえば、猫って高いところから落ちても大丈夫だった。そうだ、あたしも猫の姿で高いところから飛び降りても大丈夫なのかな?まあ、わざわざやりたいとは思わないけど。

 あたしはそんなことを思ってからふと、横に座っている博斗さんの横顔を見てみた。

 博斗さんは猫たちの姿を眺めている。その横顔は少し綻んでいるように見える。たぶん、あたしと同じくらい猫が好きなんだと思う。

 そういう共通点を見つけて嬉しいと思っていると、

「なに?ゆかりちゃん」

 あたしの視線に気がついたらしくこちらに顔を向けてきた。博斗さんの横顔に見惚れていたあたしはびっくりしてしまう。

「そ、そろそろ、帰った方がいいと思いませんか?だ、だいぶ時間もたちましたし」

 とっさにあたしはそんなことを言っていた。

「……」

 博斗さんは制服の袖を少しまくり腕時計を確認する。

「うん、そうだね。七時を少し過ぎたから早く帰った方がいいね」

 そう言って博斗さんは立ち上がった。

 もう、七時すぎちゃってるんだ。あたしの中ではまだ六時四十分くらいだと思ってた。

 急いで帰らないとお母さんが心配するな、と思いあたしもルイを膝から下ろし立ち上がる。

「ゆかり、帰るのー?」

「うん、そうだよ」

「それじゃあ、バイバイ。気をつけて帰ってねー」

「うん、ルイ、ばいばい」

 互いにお別れの言葉を言った。猫に対して一方的に別れの言葉を言うということはあったけど、互いに言うというのは新鮮な気持ちをあたしに与えてくれた。

「じゃあね、みんな。僕たちは帰るからね」

 博斗さんが猫たちに向かってそう言った。あたしもその隣に並んで続ける。

「ばいばい、みんな」

 ちょっと大げさに手を振ってみた。そうしたら、みんなが「バイバイ」とか「さよなら」とか言ってくれた。

 それからあたし達は―――そうだった、この雑木林に囲まれた小道を通らないといけないんだった。

 何かが出るってわけじゃないってことはさっき一回歩いてわかってる。けど、やっぱり怖いよ。さっきよりも暗くなったせいで更に怖さが増幅してる気がする。というか、どうにかならないのかな?あたしのこの怖がりな性格って。

「あの、ちょっと、ゆかりちゃん?」

 少し困惑したような博斗さんの声が聞こえてきた。どうしたんだろう?、と横を見てみる。

 そして、あたしは見てしまった。あたしの左手が博斗さんの右手を掴んでいるのを。

「ご、ごめんなさい!」

 あたしは咄嗟に博斗さんの手を離すと謝った。

 どうやらあたしは、無意識に博斗さんの手を握ってしまっていたようだ。あたし、怖いと近くにあるものを掴む癖があるんだよね。

 普通は服の袖とかを掴んでるはずなのに。怖いからって博斗さんに近づきすぎてたのが原因だと思う。

「別に、僕はいいんだけどね。それに、ゆかりちゃん、怖いんでしょ?だったら、ここに来たときみたいに手、繋いであげるよ」

「じゃ、じゃあ、お言葉に、甘えさせて、いただきます」

 いつもより無意味に丁寧な口調であたしはそう言って博斗さんの手をおそるおそる握った。でも、初めて先輩の手を握ったときよりは落ち着いていたと思う。

「それじゃあ、いこうか」

 博斗さんはあたしが手を握ったことを確認すると雑木林に囲まれた暗い小道へと入っていく。あたしは博斗さんの手をしっかりと握ったままその横に並んだ。


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