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第十五話 暗い雑木林

「この奥に僕が案内したかった場所があるんだ」

「こ、こんなところをとおるんですか?」

 瀬条先輩が指差しているのは雑木林に囲まれた小さな道の奥の方。すでに辺りは暗くなっていて道の先は見えなくなっていた。

 あ、ちなみに今あたし達がいるのは昨日の神社の裏手。今まで必要以上に奥に行ったことがなかったからこんな場所があるなんて知らなかった。

「大西さん、もしかして怖い?もしそうだったら止めようか?」

 気遣わしげに先輩がそう聞いてきた。

「ちょ、ちょっと怖いですけど、先輩がいるから、た、たぶん、大丈夫、ですよ」

 歩いてる途中に雑木林から何か出てくるんじゃないだろうか、とか思ってあそこを通るのは怖いと思ってる。でも、先輩がどこに連れて行ってくれるかっていうのが気になる。それに、先輩にも言ったように先輩がいれば大丈夫な気がする。

「そう。なら、行こうか」

「は、はい」

 少し声を震えさせながらもあたしは頷いてそう答えた。先輩はそれを確認してなのかわからないけど歩き始める。あたしはおそるおそる後ろからついていく。あたしは少しでも怖さが薄れるようにと自分の制服の袖を掴んだ。

 雑木林の道に入ったとたんに空気が少し変わったような気がした。少し冷たくなったような気がする。不安を煽るようなそんな空気だとあたしは思った。だけどたぶん、あたしが怖がってるせいでそう感じてしまっただけなのかもしれない。

 あたしは少しでも不安を紛らわせようと少し先輩との距離をつめる。

 と、いきなり横でガサリ、という音がした。

 あたしはそれにびっくりしたが声は上げなかった。その代わりに、足をもつれさせてバランスを崩してしまった

「きゃっ!」

 そして、勢いで前を歩いている先輩に抱きついてしまった。

「うわっ」

 先輩はあたしに抱きつかれたことに驚いたようでそんな声を上げた。

 昨日から数えて今日で先輩に抱きつくのは二回目。前は寝ぼけてて抱きついたけど、今回はある意味不可抗力。だから、仕方ない。

 けど、このままの状態でいるわけにはいかない。というか、頭が今の状態を完全に理解したようで今更ながらに恥ずかしくなってきた。

「す、すみません、先輩!」

 あたしは慌てて先輩から離れると頭を下げながら謝る。今の今まで先輩に触れていた部分が全て熱くなっているような気がする。

「べ、別に、いいけど。いきなり、どうしたの?」

 暗くてよくわからないが、先輩は慌てているようだった。そりゃあ、そうだよね。いきなり異性に抱きつかれたりしたら誰だって慌てるよ。

「ちょっと、物音が聞こえて、それに驚いて、こけそうになっただけです」

 あたしは先輩に顔を合わせることが出来ずに少し俯いて答えた。

「えっと、大西さん、大丈夫だよ。この辺りには危ない生き物いないらしいから」

 先輩はあたしを安心させるようにそう話しかけてくる。

「それだけで、安心できないなら、ちょっと上を、見てごらんよ」

 上?、と頭の中で首を傾げながらあたしは上を見上げた。

 そこに見えたのは真っ黒な空と明るい、とはいえないけど自分の存在感を示すかのように小さく光る星が見えた。

「どう?」

「綺麗、です」

 満天の星空ではないが、それなりにたくさんの星が見える。先輩はこれを見せたかったのかな?

「ちょっとは不安、なくなったでしょ?」

 不安がなくなったかどうかはわかんない。けど、先輩がどうにかしてあたしを安心させようとしているってことはわかった。

 だから、少しだけ安心してるんだと思う。まだまだ怖いけど。

「はい、少しですけど安心できました。けど、まだ、怖いです」

「それじゃあ、はい」

 先輩はそう言って手を差し出してきた。

「えっと?これは?」

 先輩の意図がつかめずあたしはそんなことを聞く。

「また、大西さんが驚いたときにこけないようにするために手を繋いだらどうかな、って思ったんだけど……もしかして、嫌?」

 先輩がどういう感情を持ってそう思ったのかはわからないけど、先輩は少し残念そうな表情をしていた。

 先輩と手を繋ぐのが嫌なわけがない。ただ、恥ずかしいだけ。だから、あたしは少し勇気を出してこう言った。

「嫌じゃ、ない、です。よろしく、お願いしま、す」

 結局出たのは今にも消え入りそうな声だった。でも、先輩の手を握ることだけはできた。

「うん、まかせて」

 先輩がそう言ってあたしの手を握り返してくれた。

 こうしてあたしは初めて先輩と手をつなぐことができた。


 先輩に手を握っていてもらっていたときのことはあまりよく覚えていない。頭がぽわー、ってしてしっかりとものを考えることが出来なかった。

 とりあえず、覚えていることは何回かこけそうになったこととその度に先輩が支えてくれた、ということだけだ。

 そういえば、何回かガサリ、という音も聞こえたような気がする。それに驚いている余裕なんてあたしにはなかった。

 人とっていうのは心に余裕があると、なんでもいいから感情を植えつけようとするのかもしれない。例えばあたしみたいな怖がりだったら恐怖とかを。

 それで、先輩に手を握られる、ということはあたしから恐怖を植えつける余裕を完全に奪い取った。だから、あたしは物音がしても驚いたりしなかったんだと思う。

「大西さん、そろそろ、目的の場所につくよ」

 先輩のその言葉で今まで内側に向けていた意識を外側に向ける。そして、ふと複数の猫の鳴き声が聞こえてきたような気がした。それは人のざわめきのようで何を言っているのかはわからなかった。

 もしかして、この先に猫がいるのかな?そんなふうに思いながら歩いていると急に視界が開けた。

 そこには十数匹の猫たちがいた。

「ここが、大西さんに見せたかった場所なんだ。どう?いい所でしょ。猫がいっぱいいて」

「はい、こんなにたくさん猫がいるのなんてはじめてみましたよ」

 あの猫たちの中に行きたいと思ってうずうずしているあたしがいる。

「大西さん、本当に猫が好きなんだね」

「え?わかるんですか?」

 あたしは驚く。先輩に猫が好きだっていう事は教えたけどまだ、そういう動作は見せていないはずだ。

「僕の手を引っ張って猫の方に行こうとしてるからね。というか、大西さん気づいてなかったの?」

 そう言われてあたしは手を離してとっさに謝った。

「す、すみません。あ、あたし、無意識にやっちゃったみたいで」

 恥ずかしくて顔が赤くなるのを感じる。

「別にいいよ。無意識でも行動が出来るくらい好きなものがあるっていうのはいいことなんじゃないかな?」

 先輩の好き、という言葉に反応して更に恥ずかしくなってきた。これは、単なるあたしの勘違いというか認識違いというか、それだけのことなのに。

「そうだ、せっかくだから挨拶したら?僕が皆を呼んであげるから」

 一瞬あたしは先輩の言葉を疑問に思ったがすぐに思い出した。そういえば、あたし猫と話ができるようになったんだ。

 それは、先輩が猫になってるあたしと話してたことからそう思っただけでまだ一度も話したことはない。でも、ちゃんと話せる、という根拠もない自信があった。

 あたしがそう思っている横で、先輩が猫たちを呼んでいる。猫たちは一切の警戒心も抱かずに「博斗だー」と言いながら駆け寄ってくる。

 それであたしは確信した。ちゃんと猫と話しが出来るようになってるんだって。

「ねえ、博斗ー。この人間はだれー?」

 三毛の子猫がそんなことを言う。他の猫たちもあたしに興味があるようでみんな先輩に、だれー?、と聞いている。

「この人は僕の友達、なんだ。僕と同じように人間なのに猫と話ができるんだよ。さ、自己紹介して」

 先輩があたしに自己紹介をするように促す。先輩の方に集まっていた猫たちも興味津々といった感じであたしの方を見ている。

「あの、えっと、はじめまして。……ゆかり、っていうんだけど、これからよろしくね」

 そう言ってあたしは頭を下げる。その直後に、こちらこそよろしく、と口々に答えてくれた。

 そして、全員が一斉にそれぞれの名前を言い始めた。当然、覚えられるはずがなかった。


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