第十四話 帰り道
「大西さん、沙織と何を話してたの?」
生徒会室から出て瀬条先輩に最初にかけられた言葉がそれだった。
そういうこと聞かれて当たり前だよね。二十分くらい外で待っててもらったんだから。
沙織が瀬条先輩のことを好きだっていうこと、明日、瀬条先輩に二人で告白をするということは伏せ(というか、そんなこと話せるわけがない)、沙織と友達になったということを話した。その後に、外で長い時間待たせてごめんなさい、と謝っておいた。
沙織と瀬条先輩へ告白をする話をしていたせいかかなりどぎまぎしてたような気がする。けど、相手に内容がわかる程度にははっきりと話すことが出来たと思う。
「そっか、沙織と友達になったんだ。沙織って勘が鋭い人だって思わなかった?」
「はい、思いました。あたしが何も言ってないのに考えてることを当てて会話を進めるから驚きましたよ」
今あたしは先輩と一緒に帰り道を歩いている。瀬条先輩の提案であたしのいつもの通学路を通って帰る、ということになった。
一緒に歩いている、というのはあたしを緊張させ心臓をドキドキさせる。それに、瀬条先輩へ告白するという話をしていたということもあたしを緊張させる要因となっていた。でも、
「そうでしょ?僕も沙織と話してたら驚くことが結構あるんだ」
「あはは、そうなんですか?」
「そうなんだよ。だから、沙織の前だとあんまり嘘をつけないんだよ」
「はい、確かにそうですね」
今日は瀬条先輩と話をしていると心が落ち着く。理由は全然わかんない。一緒に帰ってる、とか明日、告白する、とか思うとやっぱり落ち着かなくなってドキドキしちゃうんだけどね。
ふと、瀬条先輩にあることを聞きたいと思ってしまった。それは沙織に、大西さんのことが好きか、って聞かれたときにどう思ったのか、ということだ。
すごく気になる。もし瀬条先輩がちゃんと答えてくれるんなら瀬条先輩があたしのことをどう思っているのかを知ることが出来るような気がする。
けど、あたしは聞くのを止めた。恥ずかしいっていうのもあるけど、それ以前に卑怯な気がした。
明日、沙織と一緒に告白をするのにあたしが先に結果を知っていたらだめだ。
その代わりに、別のことを言った。
「先輩と沙織って物心つく前から一緒にいたらしいですね。家が近いんですか?」
「うん、沙織の家は僕の家の隣だよ。だから、必然的に一緒にいる時間が結構長かったんだ」
お隣同士だったんだ。瀬条先輩の家と沙織の家って。それだけ近ければ物心つく前から一緒にいるのが当然だよね。
「そういえば、大西さんには幼馴染とかいるの?」
「いませんよ。あたし、小さいころはすごく内気だったのであんまり人と関わったりしてなかったんですよ」
「そうなんだ。でも、たしかになんか人見知り、っていう雰囲気はあるね」
「あ、そうなんですよ。最近は無理をしてどうにか普通に話せるくらいにはなりましたけど、昔はほとんど喋れなかったんですよ」
「ふーん、でも、僕と話してるときはそんな無理してるようにみえないよ。むしろ、自然体って感じがするね」
「え?そ、そうですか?」
瀬条先輩の言葉にあたしはうろたえてしまう。あたしが自然体になっているってことに驚いた。
自分では緊張していて自然体からは程遠い状態だと思っていた。でも、よくよく考えてみればあたしは瀬条先輩と話をしていると落ち着いている。それって、自然体になっているってことになるのかな?
「先輩、どうしてあたしが自然体で話してるって思うんですか?」
あたし一人で考えていてもよくわからなかった。だから、瀬条先輩にあたしが自然体に見える理由を聞いてみることにした。
「どうして、って言われても……。どうしてだろう。……大西さん自身はわからないの?」
「それがわからないから聞いてるんですよ」
「それも、そうだね。……ごめん、僕にもなんで大西さんが自然体で話してるのかわかんないよ」
やっぱり瀬条先輩にもわかんないか。というか、あたし自身でもわからないことを瀬条先輩がわかるわけないか。
そう思っていると、あたしの家が見えてきた。話しながら歩いていると自分の家までの距離がすごく短く感じる。
「あ、先輩、ここ、あたしの家なんですよ」
あたしは立ち止まるとなんの躊躇もなくそう言っていた。今までずっと話していたのでいろんなことを口に出して言いやすくなってるんだと思う。
「そうなんだ。僕、いっつもこの前を通ってるんだよ」
瀬条先輩も足を止める。
「そうなんですか?」
瀬条先輩が毎日あたしの家を通ってることなんて知らなかった。
だとしたら、あたしは今までちょっともったいないことをしていたのかもしれない。通学路が同じ、ということは毎日、瀬条先輩の背中を見ながら帰れていたということだからだ。
あたしは、どうせ瀬条先輩とは同じ帰り道じゃないだろう、とか勝手に思ってていつも生徒会の仕事が終わればさっさと帰っていた。
まあ、でも結局、背中を見てるだけでなんにも行動を起こさないんだよね。毎日瀬条先輩の背中を見ながら帰ってても意味ないか。
あたしはそう思って必要以上に自分をへこませないようにした。
「大西さんっていつも何時くらいに家を出てるの?」
「え?七時四十分くらいですよ」
半分ほど反射的にあたしはそう答えていた。
「あ、僕とおんなじ時間に出てるんだ。だから、おんなじ通学路なのに今まで大西さんの姿を見たことなかったんだね」
瀬条先輩と同じ時間に家を出ていると知ってなんとなくあたしは嬉しくなった。ただ、それだけのことのはずなのに。
「そうだ、荷物置いてきたらどう?邪魔になると思うから」
「あ、はい、そうですね。じゃあ、あたし、荷物を置いてきますから先輩は少し待っていてください」
「うん、わかった」
瀬条先輩のそういう簡素な言葉を背中で聞きながらあたしは家の中に入る。荷物を玄関に置いてすぐに家を出ようとしたがすんでのところで止める。
「お母さん、散歩に行ってくるね!」
昨日と同じようにそう言うと今度こそあたしは家を出た。
「先輩、お待たせしました」
「うん、じゃあ、行こうか」
先輩が歩き始めた。あたしは、それに並ぶように歩く。
「そういえば、昨日は秘密だって言って教えてくれませんでしたけど、どこに連れて行ってくれるんですか?」
「まだ、秘密だよ。でも、大西さんならきっと気に入ってくれると思うよ」
「先輩って意地悪ですね」
本当に瀬条先輩のことを意地悪だと思っているわけではない。なんとなく、先輩が困ってくれるかな、とか思って言ってみた言葉だ。
自分でもこういう言葉が言えたのは意外だった。やっぱり、瀬条先輩の言うとおりあたし、自然体になってるのかな?
「僕は意地悪してるつもりないんだけどね」
あたしの思惑通り瀬条先輩は少し困ったような顔をしていた。また、あたしは嬉しくなった。
「でも、知らないでいるほうが楽しみが増えると思わない?」
「まあ、確かにそうですね。じゃあ、先輩はあたしのためにわざわざ秘密にしてくれたんですか?」
「そういうことに、なるのかな?まあ、どこに行くかは一緒についてくればわかるから楽しみにしててよ」
瀬条先輩はこれから行く場所のことについて全然教えてくれそうになかった。でも、あたしとしては別に答えてくれなくたってよかった。
あたしはただ、先輩と話すための話題がほしかっただけなんだから。
次はどんなことを話そうかな、と考えながらあたしは先輩と並んで歩いた。