第十三話 恋敵への変貌
「…………。なんで、そんなふうに思ったのかしらー?」
寺塚先輩が声を返してくれるまでに少し時間がかかったような気がした。それに、返ってきたのは答えじゃなくて質問だった。
「特に、理由とかは、ないんですけど……。あの、もし間違ってたらすみません。嫌なことを思い出させてしまって」
やっぱり間違ってたのかな、とそう思いあたしは頭を下げて謝ろうとした。けど、それは寺塚先輩によって途中で止めさせられた。
「謝る必要なんてないわー。大西さんの言ったことは本当だからー」
今までの声とは打って変わって暗い感じの声になる。
「でもー、なんで大西さんはそんなことを聞くのかしらー?あなたの言葉を聞いてわたしが博斗に告白しようなんて思ったらどうするのー?」
「だって、悲しいじゃないですか。せっかく好き、って思えるようになるまで大きくさせた感情をそのまま何もないままで終わらせるなんて」
あたしはさっき寺塚先輩の未練を持っているような顔を見て思ったことを言葉にする。
「瀬条先輩が寺塚先輩のことを好きだって言ったらあたし、悲しい、です。でも、だからって、寺塚先輩が自分の想いを伝えないままで終わって欲しいって思わないんです。寺塚先輩も瀬条先輩にちゃんと、好き、って伝えてください」
あたし、何言ってるんだろう。自分の恋敵を後押しするような発言しちゃって。
でも、好きだっていう想いは自ら押さえ込んでいいものじゃないと思う。それに、その好きだっていう想いが向いた人があたしと同じ人だったらずるいって思う。その想いを押さえ込んだ人がだ。
「それに、もしも、ですよ。あたしが瀬条先輩に告白をして瀬条先輩もあたしが好きだってわかって付き合ったとします」
もし、瀬条先輩があたしのことを好きだったらという仮定の話をするけどあたしは不思議と恥ずかしいとは思わなかった。普段のあたしなら少しくらいは顔を赤くしててもいいと思うのに。
たぶん、寺塚先輩のことを許せないんだと思う。だからあたしはこうやってすらすらと話をすることが出来るんだ。
「そのときになんらかの形で寺塚先輩の想いが瀬条先輩に伝わります。たぶん、そのときにあたしはすごく不安になると思います」
「どうして、かしらー?」
「だって、人の本当の気持ちを聞いたら心っていうのは簡単に動いてしまうんだと思います。あたしだってもし瀬条先輩以外の誰かに告白されたりしたら困ると思います。けど、あたしは瀬条先輩だけが好きなのでそんなことないと思いますけど」
「だったらー、博斗だって大丈夫なんじゃないかしらー?」
寺塚先輩の声に余裕が感じられなくなった。今までの寺塚先輩ならここであたしをからかうような発言をするような気がする。けど、今はそれがなかった。
寺塚先輩の声から余裕がなくなったのは何故かはわからないけど、気にせずにあたしは話をするのを止めない。あたしは寺塚先輩の問いに答えるように話を続ける。
「寺塚先輩と瀬条先輩って幼馴染ですよね」
「ええー、そうねー」
「あたし、二人が話してるのを初めて見ましたけどすごく仲がよさそうに見えましたよ。恋人同士、とかには見えなかったですけど。でも、小さいころから仲良くしていた人が恋愛感情として好きだって知ったらすごく大きく心が揺れ動くと思います。たとえ、恋人がいたとしても」
あたしが今言っていることは大体、漫画や小説から取り入れたことをあたしの主観に基づいて考えたことばかりを述べている。現実の話に基づいて考え出したことなんてほとんどない。
でも、これがあたしの考える恋愛のあり方と、
「そうなったら、不安になりますよね。あたしのことを好きじゃなくなるんじゃないだろうか、とか本当は寺塚先輩と一緒にいさせてあげたほうがよかったんじゃないか、とか」
恋愛の中での不安の一部。
「だから、寺塚先輩もちゃんと瀬条先輩に自分の想いを伝えてください」
瀬条先輩が好きなあたしにとって、何でこんなことをいってるんだろう、と思うようなわけのわからないようなお願いを寺塚先輩にした。
「……。大西さんにそこまで言われるとは思わなかったわねー」
寺塚先輩は少し驚いているようだった。その後、寺塚先輩は微笑を浮かべる。どこか悲しげな笑みだ。
「でも、無理よー。博斗が今更わたしに恋愛感情を持ってくれることなんてないわー」
それは、諦めきったような声だった。
「やる前に諦めて寺塚先輩、それで、いいんですか?」
「言ったでしょー。博斗は人との関係が変わりにくいってー。だから、わたしにはもう無理なのよー」
「……寺塚先輩っていつから瀬条先輩と一緒にいたんですか?」
「物心つく前からよー。というか、それがどうしたのよー」
寺塚先輩はあたしのいきなりの質問に戸惑っているようだった。なんだかさっきまでとの立場が逆転してるような気がする。
あたしは後輩で寺塚先輩はあたしの先輩で、立場逆転しちゃってていいのかな?でも、寺塚先輩の気持ちを知っていながら瀬条先輩に告白するのも嫌、だしね。
「寺塚先輩が言った関係の変わりにくい人ってみんな物心がついたあとに知り合った人なんですよね。だったら、わからないじゃないですか。物心がつく前から一緒にいた寺塚先輩は例外、なんですよ。瀬条先輩の中での寺塚先輩が変わらない、とは言い切れないじゃないですか」
「……確かにそうねー」
「だから、寺塚先輩も諦めずに告白してみたらどうですか?瀬条先輩への想い、何事もないままに消えさせたくないですよね?」
「…………大西さんは、いつも年上の人でもそんなに説得するように話してるのかしらー?」
寺塚先輩がいきなりあたしの聞いたこととは全く関係のないことを聞いてきた。
「そ、そんなことないですよ。それに、同じ年齢の人でもあたし、説得するように話すことなんて出来ないですよ」
「そうー。それだけ大西さんはわたしのことを想っていてくれてたってことかしらー?それともー、大西さんがただ単に将来の不安を消しておきたかったのかしらー」
寺塚先輩は首を傾げながらそう聞いてくる。何故だかそんな動作をする寺塚先輩がどこか子供っぽく見えた。
「どっちも、ですよ」
「ふふ、今日初めてこうやって話したのにー、もうわたしのことをそんなに考えてくれるのねー。大西さんってすごく優しいわねー」
寺塚先輩は嬉しそうに笑っている。
「あたしは優しくなんかないですよ。ただ、悲しそうな先輩を見ていられなくなっただけです」
「本当に優しい人ほど決まって自分のことを優しくないって言うのよー。そんなに謙虚にならなくていいわよー。大西さんの優しさはわたしが保証してあげるわー」
あたしは寺塚先輩に褒めてもらいなんだか照れてしまう。性格のことについて褒められたら誰だって照れてしまうと思う。
「そうだわー。わたしあなたのこと、ゆかりちゃん、って呼んでもいいかしらー?」
「え?えっと、いいですよ」
唐突な問いだったので答えるのに少し時間がかかってしまった。
「ありがとー、ゆかりちゃん。それとー、ゆかりちゃんもわたしのことを沙織って呼んでもいいわよー。ちょっと、呼んでみてくれるかしらー?」
「沙織、さん」
「そうじゃなくてー、わたしは呼び捨てで呼んでほしいのよー。わたしはゆかりちゃんの友達になりたいのよー?」
そういうことか、とあたしは思った。寺塚先輩はあたしに友達、として見られてほしいんだ。寺塚先輩と話すのは今日が初めてだけど、先輩とは気が合いそうな気がした。だから、あたしは寺塚先輩――もとい沙織の要求を受け入れることにした。
「うん、わかったよ。沙織」
つい、敬語ではなくいつもの口調で答えてしまっていた。
「あ、す、すいません」
「なにがかしらー?」
沙織はあたしが何のことについて謝っているのかわからないようで首を傾げている。
「敬語じゃなくて普段の口調で喋ってしまって」
「そんなこと、別にいいわよー。むしろ、そうしてくれたほうが嬉しいわー。ついでだから、敬語もなしにしましょうかー」
「そ、そんな、だめですよ。沙織はあたしの先輩であたしは沙織の後輩なんですから」
「そんなもの関係ないわよー。それに、わたし達はどちらかといえば友達で恋敵、なんじゃないかしらー?敬語を使って話すような仲じゃないとわたしは思うわよー」
そう言われればそうだ。もう、あたしと沙織の関係は後輩と先輩という関係じゃないと思う。だったら、敬語じゃなくてもいっか。沙織もいいって言ってるんだから。
「うん、わかった。これからはあたしの話しやすい口調で話すね」
「そう、それでいいわよー」
沙織は満足そうに頷いている。
「……それで、いつ博斗に告白するのかしらー?今日、やってもいいわよー」
「え、も、もうするの?あ、あたしこれから用事があるんだけど。そ、それに心の準備とか全然できてないし……」
あたしは沙織のいきなりの提案に狼狽してあたふたする。
「そういえばゆかりちゃんは博斗との約束があったわねー。ふふ、羨ましいわねー」
沙織にあたしが色々言ったせいかあたしと瀬条先輩が帰ろうとしたときに話しかけてきたときと違い少し妬いているような口調だった。沙織の瀬条先輩への恋心が表に出始めているのは明らかだった。
なんか、沙織に瀬条先輩を取られそうな気がする。沙織はあたしと比べて圧倒的に瀬条先輩と一緒にいた時間が長いからあたしのほうが不利だ。
なんとか、なんないかな、と考えている自分がいる。けど、そこまで真剣じゃないように感じた。もしかしたら、沙織になら瀬条先輩をとられてもいいかな、と思っているからかもしれない。
あたしなんかよりも沙織を瀬条先輩と一緒にいさせたほうがいいのかもしれない。沙織は判断力がありそうだし、色々なことができそうだからだ。
……でも、あたしが瀬条先輩と一緒にいたいっていう気持ちは無視することが出来ないほどに大きい。だから、今は自分に自信がないけど、出来るだけ早く、自分に自信を持ちたいと思った。
「博斗への告白は、明日にしましょうかー」
「え、あ、明日もちょっと……」
「こういうことは早く、済ましたほうがいいと思うわよー」
「そうだろうけど、まだ、あたしには無理だよ」
告白、という単語を聞いただけであたしの心臓の鼓動が早くなってるのがよくわかる。こんな状態で告白なんてしたらどうなるかわからない。
「わたしだって、無理だって思ってるわよー」
「え?沙織が?」
普通に告白なんて言ってるから大丈夫だって思ってた。
「わたしが博斗に告白をしたら今までの関係が壊れるかもしれないのよー?そう思うと、告白をするなんて無理だって思うわー」
そっか、沙織が瀬条先輩に告白をすると、関係が壊れちゃうかもしれないっていう危険があったんだ。沙織はあたしとは違う覚悟が必要なんだ。
「でもねー。だからこそ、早く告白をするべきだと思うのよー。悩んでいるうちに結局告白できませんでした、なんてわたしは嫌よー」
「うん、そうだね」
あたしは頷いてそう答える。沙織の考えには同意できるようなところが多々あった。というか、あたしが沙織にそう言った。
「それじゃあ、決まりねー。どうやって博斗に告白をする場面を作るか考えましょうかー」
沙織のその言葉にもあたしは頷いて、どうやって三人で一緒になるか、どこで告白をするか、そういうことの話し合い始めた。