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楽『市』楽座  作者: 空城
第一章
7/11

第四話 ~尾張統一戦開幕~

父上の葬儀から一年ほどの時が流れた天文二十一年三月。


遂に、尾張統一戦開始のフラグイベントである山口親子の今川家への寝返りが起こりました。


それに対して信長は、津島など商業都市から得られた金銭を使い、浪人を足軽として雇うことで作り出した常備軍である兵800名を即座に動員。


「私の想像ですが、この戦、勝っても負けても兄様に益があるでしょう。

ですから、御武運を、とは言いません。

どうか、生きて帰ってきてください」


「ふん、言われずとも、そのぐらい解っているわ。

爺と共に留守を頼むぞ」


「勿論です。それではお気を付けて」


そんな言葉と共に、電撃的に出陣し、寝返ったばかりで未だ防衛体制が整わぬ鳴海城を目指しました。


結果は、史実通りの引き分け。


常備軍の利点である動員の速さを最大限に利用した電撃的な侵攻作戦で、まだ準備の整わぬ相手に対して有利な体制で戦を始めることには成功したようです。


ただし、その後に、金で雇われた浪人達の忠誠心の無さが浮き彫りになり、士気を維持できず、相手側が引くのと同時にこちら側も引かざるをえなくなった、そういうことらしいです。


800名(織田):1500名(今川)で引き分けたことは十分に凄いことなのですが、そもそも、兄が取った電撃的な侵攻作戦のおかげで、今川兵1500名の内、実際に戦闘に参加できたのは600~800名であったことを考えれば、現状での信長式常備軍の優位性はかなり微妙なところです。


まぁ、それでも、これからの尾張統一戦にて、多勢力と戦わなければならない信長にとって、動員が圧倒的なまでに速いという利点は、何よりも優先されることなので、そういう意味での優位性は十分にあるのですがね。


とりあえずは、これから兵士の皆に猛訓練が待っているそうです。


多少のことでは逃げ出さなくなるように、訓練で慣れさせておくのだとか。


合戦に連れて行ってもらえず、ふて腐れていた犬千代君がそう言っていました。


因みに私は「次の戦いには参加できると思うわよ」と史実の知識に基づいてそんな彼を慰めつつ、文官たちの仕事の手伝いをしています。


ええ、何故か未だに文官たちの仕事の手伝いをしているのですよ。


末森城からの文官引き抜きが済んだので、私が部長格の仕事をすることはなくなりました。


しかし、信長式常備軍の設立や、諜報組織(といっても、各地から送られてくる情報を分別する程度の小さな組織ですが)の再編など、文官が不足気味なことは変わりません。


その上、一時的に文官に転用していた武官を戦の為に元に戻してしまったので、私が人の足りなくなった部署に助っ人として赴くことになったのです。


私みたいな子供に仕事を手伝ってもらうことを嫌う人も多く、私もそれが当然だと思うのですが、やはり、猫の手も借りたい現状ではそんな事を言っていられません。


そして、そんなことが続いているうちに、何時の間にか、私は文官の皆さんに、困ったときの助っ人さん、と認識されるようになってしまいました。


何処で間違ってしまったのでしょうか?



さて、そんな私の状況など関係なく、遂に、尾張下四群の守護代であり、形式上は信長の主君である織田信友が動き出しました。


まず、彼は、信長に対して、今川家から鳴海城を奪還できなかった責任を追及。その責任を取って、織田信行に家督を譲るよう迫ります。


これに対して信長は以前より友誼のあった守山城主織田信光を味方に引き込むと共に、織田信友の介入を快く思っていない信行派に積極的な工作を仕掛けました。


信行派にとっても、ここで織田信友の命令と言う形で信長が信行に家督を譲ることは、自らの家が完全に織田信友の支配下に入るということであるのを理解しています。彼らは苦虫を噛み潰しながらも、信長の工作に乗る形で、織田信友の行動を批難し、一時的にですが、信長と手を組むことを選びます。


ここまできて、漸く、織田信友は、信長を追い込もうとした自分が、逆に政治的に追い込まれていることに気が付きました。


しかし、今更、後には引けなくなった織田信友は挙兵。松葉城と深田城を占領。城主であった織田一族を人質に取り、再度、信長に信行へと家督を譲るように迫ります。


これに対して、信長と織田信光は、囚われた人質を救出するという名分で挙兵。織田信行も、柴田勝家を当主である信長への援軍という形で派遣します。


そして、両軍は萱津で激突。兵力で勝っていた信長側がそのまま押し切り、勝利を手にしたようです。


その後、松葉城と深田城を奪還した信長は、清洲城に立て篭もった織田信友に対して、兵を引く代わりに、人質を解放することを要求。


如何に信長と言えど、織田信光や柴田勝家などが居る手前、織田信友の傀儡であるとはいえ尾張守護である斯波義統を擁する清洲城を攻めることは出来なかった、ということらしいです。


織田信友はその要求を呑み、信長は名分通り人質を救出することに成功して、那古野城に凱旋しました。


「ご勝利、おめでとうございます」


凱旋したにも係わらず暗い表情の兄が気になった私は、そう挨拶しながら、兄の自室へと入りました。


「ふん、めでたいものか。

まさか、あの織田信友が、俺が挙兵した時点で人質を殺さぬほどの臆病者だったとは。

おかげで、清洲城を攻略する名分を失ってしまったわ」


苛立ちを隠さずに、そう吐き捨てる兄、信長。


「またそんなことを言って、元々そうなる可能性が高いと言うことぐらい解っていらしたのでしょう?

織田信友殿の名声を失墜させ、その影響力を大幅に減じることが出来たのです。

いまだ試行錯誤の域を超えていない軍制を改良するための時間を得ることが出来た、と喜んでも罰はあたりませんよ」


「たわけ、今川が尾張へとその勢力を伸ばし始めているのだ。

現状では、時間が経てば経つほど、状況は悪化していく。

このままでは、手詰まりとなってしまうのが解らんのか」


いや、普通の五歳児はそんなこと解りませんから。私は解りますけど。


でも、やっぱり、言われたままなのは癪なので、私も言い返すことにします。


「やはり、妻の父に死んでもらうことには、抵抗がありますか?」


「!

………どうやら、まだ俺はお前を過小評価していたようだな。

その年で、そこまで考えるか。

そのような抵抗はない。が、それは博打となる。何時沈むか解らない船に乗りながら、戦をするようなものだ」


うわ~。鎌をかけてみたのだけれど、見事に当たっていたようです。

史実で、正徳寺の会談後、急速に道三(この時はまだ利政だけど)と義龍の仲が冷え込んだのは、やっぱり、信長が一枚咬んでいましたか。

ただし、予想よりも早く義龍が道三を討ったものだから、信長自身も窮地に陥ってしまったと。


「斉藤利政殿に一時的に従属し、その兵と名声を借り受けることで尾張の平定を進めつつ、美濃において斉藤利政殿と斎藤義龍殿の仲を悪化させる風評を撒き散らし、義龍殿に利政殿を討たせる。

その後、義父である利政殿を殺した義龍殿と敵対すれば、尾張から斉藤家の影響力を取り除けます。

むしろ、美濃を手に入れる大義名分さえ手に入るでしょう。兄様の正室である帰蝶様は、斉藤利政殿を父に、土岐氏の流れを汲む明智一族を母に持っていますからね。

あの親子の仲が、すでに最悪に近いのは周知の事実ですから、策自体は成功する可能性は高いでしょう。


ただ、兄様が心配する気持ちもわかります。

何時、義龍殿が利政殿を討つか、こちらではその時間を決めることが出来ません。

もし、今川と戦っている最中に、利政殿が討たれ、尾張の反抗勢力が一斉蜂起でもすれば、その時点で終わってしまいますからね。

そもそも、義龍殿が利政殿に勝てるとは限りませんし」


確認の為に、そう口にする。


「そうだ、マムシから力を借りた場合に最大の問題となる、やつの影響力が尾張で増大するということも、マムシが死んでしまえば関係がなくなる。

そして、マムシから力を借りれば、今川と戦いながら尾張を平定することも可能だ。

だが、危険が大きい。

マムシが生き残れば、尾張からマムシの影響力を取り除くことが困難となる。

マムシの死が速すぎれば、周囲の勢力すべてを敵にすることになる」


「怖いのですか?失敗することが」


「たわけ、爺が煩そうだからな、何時始めるべきか悩んでいただけだ」


ああ、そういえば、平手政秀が自害した原因とされる一つに、斉藤家との同盟を巡った信長との対立というのがありました。

なら、ここで私が頑張れば、彼の自害を阻止することに繋がる可能性もありますね。


「ならば、兄様は手詰まりではありません、そう暗い顔をする必要はないでしょう。

勝利の後なのです。今は喜ばないと死んだ者達が報われませんよ。

お爺様への説得は私も手伝いますから。

彼の説得はいかに兄様といえども難しそうですしね」


「ふん、勝手にするがいい」


こういうのもツンデレって言うのでしょうか?


まぁ、とりあえず、言質は取りました。


平手政秀自害フラグを破壊するためにも、彼への説得を頑張るとしましょう。



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