第2話 お嬢ちゃんとか、勘弁して
村は遠かった。
もう日も沈みかけてるよ。
グルド村(仮)に到着したんだけどさ。もうね、ゲームと違うんですよ!
こう飛行してここまで来たんだけどね。空気抵抗で痛んだこれが。しかもだよ! どんどん寒くなるんだこれが。神人って、天空に浮かぶ島に住んでるって設定だけど、そんなに高くないところを飛ぶだけでこんなに寒いのに、天空に浮かぶ島ってあそこだろ? 空を見上げて、ゴルフボールくらいにしか見えないそれを確認してみた、生活できるのかおい?
それよりさあ翼が有るからって、あんな所まで自力で飛んでいけるのかと。
まあいい、そんな事よりもお腹がすいたし、暖かい物を食べてこの冷え切った体をいたわってあげたい。
「そうと決まれば宿屋だな、うん」
ゲームと同じなら宿屋は食事処としても活用できるはず、違ったらそのとき考えればいいのさ~。
宿屋に向かおうと思って、改めて入り口から眺めてみたんだけど、な~んか違う気がするのよね。
村を囲むように等間隔に木の杭が打ってあって、それを繋ぐように薄っぺらい板が2枚づつ申し訳程度にある。この貧弱な柵は見覚えがある。
その中に建ち並ぶ家とかの数が少ないような……
「この村って、こんなに寂れてたっけ?」
そんな事よりご飯だ、いい加減に何か食べないと、お腹の減りすぎで倒れたとか恥ずかしすぎるぞ。
「たしか宿屋はこっちの方だったかな~」
あいまいな記憶を頼りに、宿屋を探すわたしであったのだ。
「あったよ宿屋」
でかでかと存在を主張する【Inn】の文字。
「英語かよっ!」
おっといかん、今度は三村ツッコミが出てきたよ。
いやだってさぁ、ゲームと同じなんだよね、煙突付きの家の形の看板の中にパンの浮き彫りがあってその下に【Inn】の文字があるのが、ゲーム内の宿屋なんだけど、もうそのままの看板が目の前にある訳で……わたしとしては、もしかしてここって異世界なのかな~? なんて、考え始めてたわけですよ。それがこの看板だよ?
看板の裏には【Inn】の代わりに【子熊亭】の文字。今度は漢字だよ。これもゲームと一緒だよ。しかも【子熊亭】って、グルド村に有った宿屋とおんなじだし。
やっぱりこれって、ゲームの中でバグが発生してるだけかもって、希望を持っちゃうじゃないの。 ねぇ?
ちょっとだけ希望が出てきたけど、たまたま同じような看板ってだけだったら悲しいな、なんて考え始めて、入ろうか、やっぱ止めようかなんて考え込んじゃったよ。
いやいやっ、女は度胸だっ! 入れば判る。
記憶にある宿屋と比べて、やっぱり小さいような気のするそこに入ってみた。
結果から言おう。やっぱ、異世界なんじゃね?
うん、だってさ……中にいる人が談笑したり、料理を口にしたり、テーブルを片付けたりしてるおばさんが居たりするんですよ。ゲームだと、その場で動かないでこっちから話し掛けないと反応しないとか、近づくと勝手に話し掛けてくるかなんですよ。
こんな人の営みまでは再現されてないんだよね。よく判んないだけど、ユーザーの脳に装備とかモンスターの動きとかを投影するのに、かなりの負荷がかかってるから、NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター:PCに対する、中に人がいないキャラクターの事)の行動までは、あんまり設定されてないらしいんだよね。ゲームではね。
それがこんなに動いてる=現実なんじゃない?
こんな公式が当てはまるわけだ。
「おや、神人さんじゃないか、珍しいねぇ」
そんな事を考えてたら、ここの女将っぽいおばさんが、話しかけてきた。
「あっ、あの、ここって宿屋でいいんですか?」
考え事をしてたから、ちょっと慌てて返事をして噛んじゃった。
女将(?)が、『あっはっはっはっ』と豪快に笑ってから答えてくれた。
「おもての看板に【Inn】って書いてあったろう?」
やっぱり、宿屋であってた。
じゃあと、とりあえず1泊と夕飯を頼もうと思ったら、大変な事に気が付いた。
『ゲーム内通貨って通用するのか?』
先ずはポーチに手を入れて、幾ら持ってるか確認してみる。えーと、10M以上はあるな。Mは百万の事でつまり10Mは10×百万=1千万って事。ゲームだと通貨の単位はcと言ってCrystalの頭文字から取られてるんだって。1cが透明の大豆くらいの大きさのクリスタルで、それを10個まとめて手に持って念じると、何故かうっすら赤味がかって1cよりもちょっとだけ大きくなり、中に『10』と言う数字があるクリスタル1個になる。それが10c。同じ手順で、赤味が少しづつ強く、サイズが大きくなって行って、100c、1000cって感じになる。ゲームでは1億cまで確認されたらしいよ。
確か10c以上のクリスタルなら、手に持って念じれば分解も出来たはず。試しにポーチから10cを取り出し念じてみる。おおっ、分解されたよっ!
「お嬢ちゃんどうかしたのかい?」
そんな事をしてると、女将(仮)が心配そうに話し掛けてきた。
いかんいかん、まずはこのお金が使えるかどうかだ。
「えっと……お金ってこれであってますか?」
そういいながら、ちょうど分解した1c10個を見せてみた。
(たぶん)女将は、わたしの手を覗き込んでから、顔をほころばせて答えてくれた。
「やっぱりお嬢ちゃんは降りて来たばっかりなんだね。お金はそれで合ってるよ。そんだけ有ったら、1週間は泊まれるよ」
ん? 1週間て、わたしの感覚と同じなのかな?
ゲームだと現実の1時間がゲームだと1日だったから、初めのお金のない時はよく宿屋を利用したけど、10cじゃそんなに泊まれなかったぞ? たしか一番安い初心者の村(多分ここなんだけど)でも、一晩で20cはしたはずなんだけど。物価が違うのか?
「どれ位なんですか?」
判らないなら聞けばいい。『聞くは一時の恥聞かぬは一生の損』なんて名言もあるんだしね。
「ああ、1泊2食で2c、1週間なら割引が付いて10cだよ」
1日2cって、安すぎでしょう? まてまて、1週間は何日なんだ?
「えっとすいません、1週間て7日であってますか?」
「何言ってんだい? そんなの当然じゃないかい」
またも、『あっはっはっ』と笑われちゃいましたよ。
とにかくどうするか決めないといけない。多分ここは異世界(?)なんだから、絶対寝る所が欲しい。1日でどうにかなる可能性は低い気がする。1週間なら割引がある。キラ~~ンッ
『割引』なんて美しい響きなんでしょう。
「じゃあ、1週間で」
「はいよ、部屋の準備もしなきゃならないから、先に夕飯を食べとくれよ」
「はい」
はっ!
『割引』の麗しい響にうっとりしている間に、気が付いたら空いているテーブルの椅子に座ってた。 恐ろしい子!
あれ? 椅子に座ってると足が届きませんよ?
多分一番低身長のわたしだけど、それでもゲーム内ではぎりぎり足が届いたはずなんですけど……やっぱりここは異世界で、いろんな事が違うのかもしれない、なんて考えてたら、ご飯がきましたよ。
「はいよ、お嬢ちゃん」
「わあ、いただきま~す」
いつもの癖で、手を合わせて礼をしてから食べ始めます。
内容はゲームと同じ感じで、現実にある食べ物と大して変わりません。中世風(?)にシンプルですけどね。ジャガイモとタマネギとニンジンと何かのお肉(多分牛肉?)のシチューとパンです。味も結構いける。
お腹も減ってたから、自分でも顔が微笑んでるのを自覚しながらご飯を堪能してた。
「お嬢ちゃんは小さいのに、よく降りてきたねえ」
女将(っぽい人)がまるで小さな子供にでも話すように、そんな事を言って来た。
失礼な! こう見えても、リアル16歳(ゲームを始めた頃は15だったけど、誕生日を過ぎたから16なんだぞっと)、キャラクター年齢なんか…年れ……あれ?400歳を越えてるはずなのに、脳内に216歳って出るぞ?
えーと………自分を見下ろしてみる。よく見てみる。よくよく見てみる。それはもう穴が開くほど見てみる。
なんか変なんですけどー?
1.微妙に短剣が大きく見える
2.ウエストポーチも大きく見える
3.さっきも気が付いた事だけど、椅子に座ってるとちょっとだけ足が届かない
4.脳内に表示された216歳って言う年齢
たしか神人の成長は人間換算で、初めの10年で3歳ぐらいの外見まで成長。そこから50年で10歳くらいの外見になって、400歳の時に15歳くらいの外見まで成長する。その後は銃もうせ死ぬまでゆっくり、もう本当にゆっくりと成長して行って、老人と言われるような外見になるのは最後の10年程度って設定のはずだから……わたしの外見って12、3歳くらいなのかっ?!
ちょっ、待てよっ!(キ○タク風)
それでもわたしは、16歳! 神人年齢でも216歳!!
この世界の成人は15歳だから大人だ! 身長は低いけど、お・と・な。
よし、納得(自己暗示)した。
「こう見えても216歳なんですけど?」
(暫定)女将が目を見開いて驚いてる。 ふふふっ
「ひゃぁ、神人さんは長生きだって聞いた事はあるけど、それで200歳こえてんのかい。こりゃ驚きだねえ」
神人がいるのは知っていても、詳しい事は知らなかったみたいですね。
「それじゃあ、お嬢ちゃんなんて呼んだら、失礼だねぇ。なんて呼んだらいいんだい?」
もちろん即答です。
「カリンって呼んでください」
「へぇ、カリンちゃんかい。わたしゃこの宿の女将のルーザってんだ。女将でもおばさんでも、好きに呼んどくれよ」
「はい、ルーザさん」
よかった。そろそろ『仮』とか『おそらく』とか『暫定』とかの言葉が思い付かなかったんだよね。
「やだよぉ、カリンちゃんみたいな可愛い子にさん付けされるなんて、こっちの方が気恥ずかしいじゃないかい」
そっちも、ちゃん付けは止める気が無いんですね。わたしは大人(お・と・な、なんて甘美な響き)、それくらい譲ってあげましょう。
「それなら、おばさんで」
「ああ、そうしとくれ」
またもや、『あっはっはっ』と笑いながら、さらにとても弾力のありそうなお腹をポンポンと叩いて答える。おばさんであった。
さわり心地よさそうだなぁ。
そんな感じで夕食を食べ終わったころ、おばさんが部屋の準備が出来たと教えてくれた。
「娘のシンシアが案内するから、ついてお行きよ」
ゲーム内キャラの見た目として、大体14,5歳くらいのおばさんとは血が繋がってるのかと聞きたくなるような、可愛い女の子が案内してくれた。いや、そんな事失礼だから聞かないけどね。
「お部屋はここです」
「ありがとう」
いや~、可愛いねえ。あんな可愛い妹が欲しかったね。え? わたしは1人っ子なのだよ。その分、VRマシンなんて高い物を買って貰えたりしたんだけどね。
部屋に入って、家具を確認してみる。
ゲームと同じような、切り出して鉋で表面を平らにしただけの木材で作られたベッドに、スプリングの入ってなさそうな、まあ、布団だね。それの上には毛布かけられてる。
その横には、ベッドと同じくらいの高さの、ちょっとした物入れになってる棚があって、その上に、皿に何かの油を入れて芯にする為の何かの紐の先に火が灯ってる。
壁には、洗面所と浴室を兼ねたユニットバス(ゲームの宿屋と同じなら多分そう)に続くドアと、外に面した壁にはガラスの入った窓がある。カーテンが空いていたので、閉めてから防具になってる服を脱いだ。
「お風呂でありますようにっと」
そんな事を言いながら、ドアを開けてみる。うん、暗い。
『ライト』
ライトの魔法を使って中を見てみると、ユニットバスだよ!やったね○えちゃん!
うん、ごめん。
田舎の村なのに水道完備かよっ! なんて考えながら中を確認する。
洗面台があって、浴槽はユニットバスらしく浅めだけどあって、洗い場もあるし、シャワーも見える。あ、鏡が無いな。ん~と、石鹸とシャンプーとリンスもある。
つくづく世界観がおかしい。
ちょっと高い所に、さっきの火皿を置くらしきへこみがあって、多分水で消えない為の表面がビニールっぽい光が透けそうなカーテンがあった。
もういい、入浴が先だ。
あ・・・バスタオルがない。と思ったらドアの浴室側にタオル掛があってそこにバスタオル1枚、タオル2枚があった。
「どこのホテルよっ!」
あっと、つい声に出してツッコミをしてしまった。
まあいい、わたしはお風呂に入りたいんだ。とにかく下着を脱ぐ……そう言えば、キャラクター製作の時だって下着を着ていたから、裸になるのは初めてなんだ。
鏡が無いのがちょっと悔しいぞっと。
いいお湯でした。うんお湯。
灯りは油なのに、電気も無いのに、こんな中世風なのに、水道があって、お湯も出るって……
まあ、入浴できるなら無問題だね。
何かパジャマの代わりになる物ないかな~って、ポーチに手を入れてアイテムをじっくり見てたら、何故か下着が10枚づつ入ってるのを見つけた。疑問は残るが、ありがたく着替える。パジャマは初期に手に入れた見た目装備の、白い袖なしのAラインワンピースが有ったから、それにする事にした。
このワンピースは倉庫に入れてた気がするんだけどなぁ。
そうだそうだ、倉庫ですよ倉庫。街中じゃないと開けない倉庫があるんだけど、それは使えるのかな?
実験あるのみっ!
『倉庫認証』
コマンドを脳内で選択すると、わたしの目の前の空間に石版が現れた。
「おぉ、出るじゃないの」
その石版に右手を添える。実は静脈認証みたいな感じで、右手の何かを検査してるらしい。
『ピッ』
電子音が聞こえると、何もない空間なのに石版を中心とした1メートル四方がドアのように開いていく。その先には真っ暗な何も見えない空間があった。
「倉庫は使えるんだ」
その空間に手を入れると、脳内に流れる倉庫内のアイテム情報。
「うん、あるある」
情報を見ているうちに、思い出した事があったから、目的のアイテムを探す事にした。
「えっと、なんて名前だったかなぁ?」
テスト中だったこともあって、MEOには用途不明なのや機能が未実装で使えないアイテム、アイテムが未実装で作れない装備なんてのがあったのだ。その中で、マイハウス機能が未実装で、最後まで結局使えなかったアイテムを探してる。
例の『狂った光の妖精』が時々ドロップしたんだよね。あったあった。
「白縁のすーがーたーみー」パララッパッパパ~ン(ド○エ○ん風に)
これは、後ろにスタンドがあるから、そのまま床に置いて使える優れものなのだ。
ちょっと自分の姿を見てみようかと思っただけだよ。
てなわけで、見てみましたとさ……………
いやいやいや、ゲームの時より3割り増しで可愛いんですけど。
身長は悲しい事に、多分140センチを切ってる。わたしが中学校に上がった頃と同じくらいだ。12,3歳だから神人の肉体年齢と同じってことかな。
そして髪の毛が、水色のショートヘアで瞳も緑なのは同じ、卵型で目鼻立ちのはっきりした西洋人風の顔立ちに、ほんのり桜色の頬。ゲーム内とそんなに変わってないはずなのに、妙に可愛く見える。やばいこんな可愛い娘がいたら、ふらふらと付いていく自信があるぞ。
なんかスタイルも気になってきたから、ワンピースを脱いで確かめてみた。
…………うん、やばい。鏡の前でいろんなポーズをとってみちゃったりしてしまった。
そんな生温い目で見ないでっ!
仕方ないのよ!
もうね、年齢のわりに存在感のある胸(でも大きいってほどじゃないのよ)、脂肪のかけらも見当たらないスラッとしたウエスト周り、かわいいピップライン。こう、峰不二子みたいな、ボンキュッボンじゃないのに、ほのかな艶があるよっ!
ああやばい。こんな可愛い子がいたら、後先考えずに抱きしめる自信があるよ!!
そんな自信いらない? ええいっ、聞く耳もたんっ! 女子高生は可愛い物がすきなのじゃーっ!
あーやばい。このハイテンションで最後の気力がなくなった気がする。
とにかく寝よう。せっかく倉庫が空いてるんだから、最後に狩ってた分の『狂った光の妖精』のドロップアイテムを倉庫に仕舞っとこう。
よし。ポーチと倉庫の整理もしたし寝よっと。
もしかしたら、目覚めたら元に戻ってるかもしれないしね。
「おやすみなさ~い」