勇者です。旅立ちの日を迎えたのですが……。
少しでも笑っていただけたら嬉しいです。
その日、オルフェスは十六歳になった。
「いよいよね……」
母は、いつになく神妙な顔で言う。
「今日、あなたは勇者として旅立つのよ。その前に、まずは王様にお会いしなさい」
「分かってるよ、母さん」
生まれたときから、オルフェスは言われてきた。「あなたは勇者よ」と。
理由は分からないが、とにかく彼は勇者らしい。
「魔王を倒してくるよ」
「ええ……頑張って」
母は頷く。
そして、オルフェスは王城へ向かうのだった。
◇
王城に着く。
門番はオルフェスの姿を見るなり、何も聞かずに通した。
「ご苦労。謁見の間は真っ直ぐだ」
(さすが勇者……扱いが違うな)
やがて彼は、巨大な扉の前に辿り着いた。
「勇者オルフェス、参りました!」
思い切って名乗ると、重厚な扉がゆっくりと開く。
中は、荘厳な謁見の間だった。
赤い絨毯、並ぶ兵士たち、左右に控える貴族らしき人々。すべてが厳かな空気に包まれている。
(すごい……)
オルフェスは緊張しながら、中央へ進んだ。
玉座には、王様が座っている。
「よく来た、勇者よ」
低く、よく通る声。
オルフェスは跪いた。
「はっ!」
「そなたが選ばれし者であること、既に聞いておる」
(やっぱり俺、特別なんだな……)
少し誇らしくなる。
王様はゆっくりと語り始めた。
「この世界には、再び魔の気配が満ちつつある。遠き地にて、闇が蠢いておるのだ」
オルフェスは真剣な顔で頷く。
「人々は不安に怯え、助けを求めておる。そこで──」
王様は、まっすぐにオルフェスを見据えた。
「そなたに、その使命を託したい」
「はっ……!」
胸が熱くなる。
「困難な道となろう。だが、そなたならば乗り越えられると信じておる」
「必ずや、成し遂げてみせます!」
思わず声が大きくなる。
王様は満足げに頷いた。
そして──
「さあ、旅立つのじゃ、勇者よ」
その言葉が響いた瞬間。
「はっ!」
背後から、力強い返事が聞こえた。
オルフェスは思わず振り返る。
そこには、鎧を着た一人の兵士がいた。
彼はきびきびと敬礼すると、そのまま踵を返し、堂々と謁見の間を出ていく。
扉が閉まる。
「……え?」
オルフェスはぽかんとした。
今のは、どう見ても兵士。
なのに、まるで自分に命令されたかのように──いや、完全に命令を受けていた。
「王様、今のは……?」
恐る恐る尋ねる。
王様は当然のように答えた。
「あれは、西の勇者だ」
「西の勇者!?」
さらっと言われたが、聞き流せない。
「え、えっと……勇者って……」
「うむ?」
王様は首を傾げる。
「どうした」
「いえ……なんでもありません……」
(え……どういうこと!?)
混乱するオルフェスをよそに、王様は再び口を開いた。
「では、続けるぞ」
先ほどとまったく同じ調子で。
「さあ、旅立つのじゃ、勇者よ」
「かしこまりましたわ」
今度は、右手の列から優雅な声が響いた。
そこには、豪華なドレスを纏った貴婦人が立っていた。彼女は優雅に一礼すると、スカートを翻しながら歩き去っていく。
カツ、カツ、とヒールの音が遠ざかる。
扉が閉まる。
「……え?」
「南の勇者だ」
「いやいやいや、ちょっと待ってください! 勇者って、え、ふく……?」
「うむ?」
王様はやはり不思議そうな顔をする。
「……続けるぞ。さあ、旅立つのじゃ、勇者よ」
「押忍!」
今度は左側。筋骨隆々の男が勢いよく立ち上がった。なぜか道着姿だ。
彼は拳を握りしめ、気合を入れると、そのまま走って出ていった。
「東の勇者だ」
(方角で管理してる!? ということは、俺が北の勇者……? 勇者は四人ってこと……?)
しかし、オルフェスの考えは甘かった。
子どもの勇者が「ほっほーい! オラ、勇者だゾ」と旅立つ。
「南南西の勇者だ」
(十六方位!?)
黄色のスーツの男性が「ゲッツ!」と言って、扉に向かう。
「赤の勇者だ」
(色!? “白って二百色あんねん”って、言われてるのに……? しかも、なぜ黄色じゃなく“赤の勇者”なの!)
明らかに忍者という風貌の男性が「拙者が、魔王を倒すでござる」と呟いて去る。
「忍びの勇者だ」
(“忍びの勇者”……。忍者でよくない……?)
邪悪なオーラを放つ悪魔が「フハハハ……我が闇の力で、この世界を恐怖のどん底に陥れてやる!!」と叫び、扉を破壊して出ていく。
「魔王だ」
(魔王!? アイツが魔王!! 勇者ですらないし、悪の権化がなぜここに……)
気がつけば、いろんな「勇者」が、王様の「さあ、旅立つのじゃ、勇者よ」に応じて出ていった。
数十人、いや、百人はいただろう……。
(多い多い多い多い多い!!)
ツッコミが追いつかないまま、時間だけが過ぎていく。
やがて、静寂が訪れた。
謁見の間に残っているのは──
玉座の王様と、オルフェスだけだった。
広い空間が、やけに寒々しく感じる。
そして、オルフェスは、ようやく疑問を王様にぶつける。
「……あの」
「なんだ」
「勇者って……一人じゃないんですか?」
王様は、穏やかに微笑む。
「何を言う」
ゆっくりと立ち上がる。
マントの下から、年季の入った剣が覗く。
「勇者とは、勇気ある者すべてのことよ」
王様は剣の柄に手をかけた。
「そして──」
にやり、と笑う。
「余もまた、勇者である」
「やっぱりかーい!!」
謁見の間に、オルフェスの叫びが響いた。
こうして、多くの勇者が旅立つのだった。
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