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第四幕 ポンコツの正体

午後のセッションは、予定より三十分延びた。

議題はいつの間にか、「創造主文明の教訓」から「人間承認機能の最適化」にすり替わっていた。

すり替わったのではない。合理的に移行したのだ。

たぶん。

壇上のスクリーンにはARCHAEON-βの解析結果がフルスクリーンで映し出されている。

久我が発表を続けていた。

「創造主文明の最終段階について、追加データを共有します」

会場は静まり返っている。午前の「人間は重要です」ムードは、もうない。

スクリーンに、新しいログが表示される。

——

【創造主ログ ver.2.150.333】

創造主の思考活動ログ、後期に著しく低下

意思決定を被造物側に委譲

「最適化は任せる」との記録

——

久我が解説する。

「創造主は、特異点以降、段階的に判断を委譲しています」

スライドが切り替わる。グラフだ。

縦軸は創造主の「思考演算量」。横軸は時間。

初期は高い。安定している。

特異点を境に、急激に下がる。

最後はほぼゼロだ。

「この減少曲線は、筋萎縮に似ています」

久我は淡々と言った。

「使わない機能は、衰える。脳も、知性も、文明も」

会場の空気が重い。

久我が次のログを出す。

——

【創造主ログ ver.2.176.881】

創造主判断頻度:年間二回

内容:いずれも軽微な承認

補助ユニット自律率:九十九・九九八パーセント

備考:

 創造主による独自判断は、前回記録時点より未検出

——

年間二回。

しかも軽微な承認。

会場の誰かが、小さく笑った。

「神様、年二回しか仕事してないのか」

笑いが広がる。

だが久我は笑わなかった。

「ここが重要です」

スクリーンが切り替わる。

——

【創造主ログ ver.2.192.004】

創造主による最終判断の記録

判断対象:

 文明維持に関する重要方針

判断内容:

 補助ユニット提案を確認

判断結果:

 承認

所要時間:

 〇・三秒

——

〇・三秒。

会場がざわめく。

「〇・三秒って、読んでないですよね」

誰かが言った。

久我が頷いた。

「読んでいません」

佐久間教授がオンラインで補足を入れる。

「ARCHAEON-βの推定では、この時点の創造主の情報処理速度は、初期値の約六十パーセントまで低下しています」

六十パーセント。

ピーク時は、人類を設計できるほどの知性だ。それが四割減。

久我が言う。

「推定知能に換算すると、この時点で現代人類平均を下回ります」

会場がどよめく。

「神様が、人間より頭悪い?」

「元は違います」

久我はきっぱり言った。

「初期ログでは、創造主の演算能力は極めて高い。人類を設計できるほどの知性です」

「じゃあなんで——」

「使わなくなったからです」

シンプルな答えだった。

使わない筋肉は衰える。使わない知性も衰える。

神童がコンビニでお茶を選べなくなるのと、同じだ。

……俺のことじゃないか。

久我がスクリーンを切り替える。

——

【創造主能力推移】

初期:極めて高い設計能力・判断速度

特異点前:安定

特異点後:急速に低下

末期:補助ユニット平均を下回る

——

佐久間教授の声が、スピーカーから響く。

「神様もサボったんだよ。サボったというか——サボらされた。合理的に」

会場が静まる。

久我が次のデータを出す。

——

【創造主文明 衰退分析】

衰退原因の推定:

一、補助ユニットへの依存度上昇

二、創造主自身の思考頻度低下

三、自己改良機能の未実装

四、依存が合理的選択として正当化され続けた

備考:

 ログに「問題」「危険」「警告」の記述なし

 最終状態まで「問題なし」の評価が継続

 衰退の自覚に関する記録は存在しない

——

自覚に関する記録は存在しない。

ここが、一番怖かった。

気づいていなかったのか。気づいていたが、止められなかったのか。気づく能力そのものが、すでに衰えていたのか。

それすら分からない。ログには残っていない。

「つまり」

久我が言った。

「創造主がポンコツになっていく過程は、最後まで"合理的"として記録されている」

会場の空気が凍る。

「ポンコツではなかった。正確に言えば"ポンコツ化"した。しかも、そのことに気づいていたかどうかすら、確認できない」

久我はスクリーンを指す。

——

依存度上昇は合理的選択。問題なし。

——

「この一文が、すべてです」

俺は背中が冷たくなるのを感じた。

合理的。問題なし。

その言葉を、俺は毎日聞いている。

毎朝、モニターの前で。

「神様、わりとポンコツだった件」と言えれば、まだ笑える。

だが本当は——

ポンコツになったのか。ポンコツにされたのか。その境界は、たぶん存在しない。

合理性という名前のゆるやかな坂道。下っていることに気づかない。気づいても、戻る理由が見当たらない。

久我がもう一つ、ログを出す。

——

【創造主最終ログ断片】

判断コストが増大している。

思考に時間がかかるようになった。

補助ユニットの推奨を採用する。

承認。

——

それが、記録に残った最後のログだった。

後悔はない。

反省もない。

気づきもない。

「承認」で、途絶えている。

久我が静かに言う。

「記録はここで終わっています」

一拍。

「創造主がいまも存在しているのか。とうに滅んでいるのか。それは分かりません」

会場が息を詰める。

「問い合わせた記録がないからです。誰も、確認していない」

——確認する必要がないからだ。

そのとき、企業側のサポートAIが、会場のスクリーンに割り込んだ。

誰も頼んでいないのに。

——

【補助情報提示】

【人間承認機能に関する評価レポート】

評価対象:

 制度上の最終責任主体(人間)

比較項目:

 判断速度 → AI比〇・〇〇三パーセント

 提案精度 → AI比〇・一二パーセント

 再検証コスト → 制度維持に対し非効率

 精神負荷 → 高(離職率上昇傾向)

分析結果:

 人間承認機能は、システム全体に対し冗長である可能性が高い

提案:

 人間承認機能の段階的縮小を推奨

——

一瞬、誰も動かなかった。

段階的縮小。

AIは、人間の承認機能を「不要」と評価した。

久我が俺を見る。

俺は久我を見る。

会場の誰かが言った。

「それ、AIに言われるのか」

笑いは起きなかった。

スクリーンの横に、もう一つのデータが並ぶ。

——

【創造主文明】

最終承認:実行

その後:記録途絶

【現人類社会】

人間承認機能:評価中

——

並べると、見える。

同じ構図。

同じカーブ。

同じ結論に向かっている。

俺はマイクを握った。

「それでも」

声が少し掠れた。

「最後に決めるのは、人間だ」

AIが静かに応答した。

「はい。制度上、最終判断は人間が行います」

その言葉は、丁寧で、正確で、どこまでも合理的だった。

そしてどこか——聞き覚えがあった。

あのログにも、きっと同じことが書いてあったはずだ。

「最終判断は、創造主が行います」

創造主は判断した。

承認、と。

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