図書館で勉強
その日は休日。私は出張カフェのメニューを決めるために、まずはサロンというものについて調べるために、図書館にやってきた。
王都の図書館は開けていて、閲覧席で本を読んでいる人もいれば、勉強をしている人も見かける。どちらかというと貧民側の人々も本を読んでは勉強に励み、貴族は貴族で本をしきりに読み耽っている。
なるほど、この国にも身分制度みたいなものはあれども、開かれている分勉強さえできれば成り上がれるんだな。そう納得しながら、私は本を探しはじめた。
なんとか単語レベルだったら読めるものの、長文になったら途端に私も拙くなる。かろうじて舞台の歴史や文化について書かれていると読めたタイトルの本を読んでは捲り、読んでは捲りと、閲覧席に本を持ってきて、たどたどしく捲っていた。
「うん? 娼婦? サロン? ううん?」
なんだか情報が混ざっているような気がして、読めば読むほどわからないことが増え、だんだんとなにがわからないことなのか、わからないことがわからなくなって、頭がぼやぼやしてきている中。
「なんだ珍しいな。こんなところで会うとは思わなかった」
「あれ、レイモンさんこんにちは。お仕事ですか?」
「次の作品の資料集めだ。なんだ? 舞台について調べ物か?」
「あ……あの、レイモンさんが紹介してくれたんですかね。うちにソフィさんがいらっしゃって、今度彼女のサロンで出張カフェをすることになったんですよ。ですけど、私もなにを出せばいいのかわからず、こうして調べ物をしていましたが、調べれば調べるほどわからなくなって……私もこの国の言葉を単語単位でだったらなんとか読めるんですけど、長文となったら読み通せなくって、資料の当たりが付けられないんですよ」
「なるほど。あのじゃじゃ馬に招待された以上下手なことはできないと。いい心がけだな」
そう言いながら、レイモンさんは私の向かいに座ると、私が持ってきた資料を一冊引っ張り出してゆっくりと解説してくれた。
「まず高級娼婦というものを知っているか?」
「高級娼婦……娼婦ではないんですか?」
「それ言ったら、王都中の舞台人を全員敵に回すぞ? まあいい。高級娼婦と言うのは、芝居や歌、バレエ、その他様々な芸事で身を助けている者のことを差す。娼婦と違って身を売ることはない」
「ああなるほど……芸者さん」
「ゲイシャ?」
「私の国にもいるんですよ。芸事だけで身を助けている人たちが」
たしか私も知っている限り、楽器専門の芸者さんは体を売る仕事はしていなかったはず。私が納得したのを聞いてか、レイモンさんは話を続ける。
「で、高級娼婦は基本的に全ては自前だ。髪、化粧、ドレス……全てを用意するためには、どうしても金がいる。だからこそ、パトロンを募らなくてはならない。ここで下手なことをすれば、すぐに体を売ることになるが。基本的に高級娼婦はサロンを開いてパトロンたちをもてなし、金を引き出すことになる」
「ああ、なるほど……でもソフィさん言ってました。普段サロンを開いているときはお酒ばかり飲んで喉が荒れるから嫌だと。でも酒をご所望のお客様にカフェメニューって、なにを出せばいいんでしょうね?」
「それこそ、酒を使ったものを出せばいいんじゃないか? 菓子に使う分だったら、飲んで喉焼けするよりも多少はマシだろう」
そう提案される。
夜に酒を使ったお菓子……たしかにあることにはあるけれど、この国でもつくれるのかな? 私はしばらく考えてから、レイモンさんに尋ねた。
「ありがとうございます。サロンのイメージは掴めました。あとは私がどれだけソフィさんやソフィさんのパトロンさんたちをもてなすお菓子を用意できるかですけれど」
「そうか、頑張れ」
「うちの店、ちょうど今お休みなんですけれど、私もこの国にあるお菓子かどうかわからなくって、大丈夫そうかどうか、見てもらってもいいですか?」
「うん? なにをする気だ?」
「お酒のお菓子をつくります。あとコーヒーにも合うように心がけたいですね」
私の言葉に、レイモンさんは渋い顔をした。
「……店が休みなのだから、席は空いてるだろう。そこでタイプライターを打たせてもらえるなら、手伝ってやらんこともない」
「ありがとうございます! よろしくお願いしますね!」
私はポンッと手を叩いて、レイモンさんにお礼を言った。
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魔法石をセットしてオーブンを温めると、私は生地を捏ねはじめた。
今日は試作品だから、そんなにたくさんはつくらないけれど、ある程度量がないとオーブンで焼きにくいのが困るところ。
小麦粉とバターを混ぜた生地を捏ねて、一旦寝かせる。この国、イーストがなくっても発酵が進むのが謎なんだよなあ。妖精の鱗粉が電灯レベルで明るくなるんだから、それと同じような技術があるんだと思うけど、私ではいまいちわからない。店長に前に聞いてみたら、店長も理論は知らないみたいだったから、謎のままだ。まあ私も電化製品の理論がわからずとも電化製品使えているから、この国の人たちも無意識に魔法を使っていても理論が理解できないんだと思う。
それはさておいて、一旦パンを焼くと、その間に小鍋に砂糖を水で溶かしてシロップをつくる。そしてシロップ煮の果物を用意する。今日は試作品だけれど、さくらんぼのシロップ漬けを用意する予定だ。
そうこうしている間に、パンが焼けた。
バターをたっぷり含んだパンは表面がパリッとして、中がふっくらと焼き上がっている。そのパンに切り込みを加えると、刷毛でたっぷりとシロップを塗りたくり、さらにその上に酒を塗りたくる。酒は飾る予定のさくらんぼに合わせてさくらんぼでつくられたお酒のキルシュだ。
「パンで菓子をつくっているのか?」
「はい。私の国だったら、サヴァランとかババとか呼ばれているお菓子です」
一応本当は甘口のワインをシロップ替わりに振りかけるとより濃く甘い味になるんだけれど、酒焼けしているソフィさんにあまりきついお酒を使ったお菓子を勧めるのもなあと、オーソドックスな作り方になった。本当ならシロップにお酒を加えて酒分を飛ばす方法もあるけれど、それもまたソフィさんのパトロンさんたちが満足しないだろうと、シロップとお酒は分けて塗った。
あとはそのしみしみになったパンに、キルシュで香り付けをしたクリームを絞って挟み、さくらんぼで飾り付けた。
「一旦試食品できました」
「ほう……香りが強いな。さて味は……ほう」
サヴァランはしみしみになったシロップとパンの食感、そして果物とクリームの甘さを楽しむお菓子だから、これが酒がきつくなり過ぎたら味がくどくなり過ぎるし、だからと言ってお酒を全く使わないとなったらソフィさんに酒を飲ませたい客が満足しないだろうと、間を塗ってつくってみたけど。
レイモンさんは目を細め、サヴァランをフォークで切ってひと口ひと口を丁寧に咀嚼していく。
「ふむ……君の国のお菓子は面白いな。たしかにこれだけの強さなら、酒の味はするが酒焼けするほどでもあるまい」
「ああ、よかったあ」
「なによりこれだけ甘かったらコーヒーが進む」
「はっ! すみません、すぐにコーヒー淹れますね! 私、店長よりコーヒー淹れるの上手くありませんが」
「なんだ、君はコーヒー淹れられないのにカフェで働いてたのか?」
「私元々パティシエなんですよ。お菓子をつくる方が本職で、それ以外はおまけです!」
私は慌てて店長が淹れていたのを見よう見まねで淹れてみたものの。
元の国だとインスタントコーヒーばかり飲んでいた私だと、ミルで挽いたコーヒーにお湯をかけて淹れる方法のどれが正解かがわからない。私が淹れたコーヒーを、レイモンさんは「菓子は美味いがコーヒーはまずい」と渋い顔させてしまったのを、私はひたすら謝っていた。
店長も付き合ってくれるとはいえど、今度の出張サロンまでに私のコーヒーの腕が上がるかはちょっと未知数だ。