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劇作家の憂鬱

 王城勤めのドナさんが同じような文官さんたちに触れ回ったのか、比較的王城勤めの人たちが夜にやってくるようになった。

 その人たちは仕事上がりで糖分に飢えているのか、思っている以上に甘いものが消えていく。その日よく消えたのは、シュー・アラ・クレーム。夜用にわざわざシューを焼いてクリームを絞って用意していたものだけれど、全部綺麗になくなってしまったのには、私も唖然としてしまった。


「王城勤めの皆さん、思っている以上に糖分に飢えてますね?」

「というよりもまあ、王城勤めほど警戒して酒の席に行かないから、ストレスの吐き出し先が甘味になるんだろうなあ……」

「とおっしゃると?」

「酒でうっかりと口が滑って情報機密なんて漏らしてみろ。自分の首ひとつで済めばいいが、最悪爵位剥奪お家断絶だ」

「ヒエッ……」


 そうだった。この人たち、あまりに社畜が過ぎて大丈夫かと接客しながら心配になるものの、全員国を動かしている人なんだから、家に帰って酒を飲むんだったらいざ知らず、出張しているような人たちはそれもできないんだから、甘い物食べるしかないんだ。

 情報大事。本当に大事。

 そう考えると夜カフェを開いてよかったなあと思うけれど。

 私は「ごちそうさまです、本当においしかったです。どうぞアンリさんにもよろしくお伝えください!」とものすごく満足げに帰っていくお客さんを見送り、皿を片付けつつ、私は少しだけしょんぼりとする。

 ここも普通に女性が夜にも働いてるから、夜に女の人がひとりで入れる店があったらいいなあと思ったのがはじまりなのに、蓋を開けたら男の人ばっかり来て甘い物をたくさん食べて帰っていくからなあ。


「この国って、女の人は甘いもの夜に食べないんですか?」

「そんなことはないがなあ。ただ、夜に店に入るって習慣は全然根付いてねえからなあ。夜に酒を飲むっていうのが、基本は王都の発想だから、酒のない店には基本的に用がない」

「そうなんですか。うーん……」

「なんだ、元々女客が夜に入れる店があればいいと思ったのが、あてが外れて城勤めばっかりでつまらねえか」


 店長に指摘され、私は俯く。


「私、元々元の国では、女の人たちが毎日幸せに甘い物食べられるようにと思って、お菓子を焼いてましたから。疲れてたりしんどかったりしても、ご褒美で甘いもの食べたらもうちょっとだけ頑張れますから。この国は私の国とも似て女の人たちが楽しそうにしてますから、そんな人たちがもっと楽しくなればいいなって思ったんですよねえ……」


 女の人が夜にひとりで入っても平気な店って、なかなかないから。ひとりでお酒を飲んでいたらナンパ目当てかと声をかけられたとか、ひとりでご飯を食べてたら寂しそうだからと誘われたりとか、ひとりの時間を大事にしてもらえない。

 この世界は私の国と同じで、女の人も普通に働いているし、魔女の偏見があるせいで下手なナンパはないものの、女の人がひとりでいて楽しそうな店はまだまだ少ない。だから、そんな店の一号店ができたら、もっとそんな店が増えないかなあと思ったんだけれど。

 あてが外れてしまったなあ……。

 私がショボンとしていても、店長はあっさりと言う。


「まあ、まだわからねえだろ。それにお前が言ってる客って、なにも貴族ばかりとは限らねえだろうしなあ」

「豪商とかもでしょうか? すみません。この国だと女の人は既婚が一般的だったら、私の見当違いなんですけども……」

「そんなことはねえ。普通に一日メイドとかもいるからなあ」

「なるほど……」


 まだメイドを永続して雇うことができないような新興貴族やら成金やらが、一日だけメイドを派遣サービスを使って雇うということがあるらしい。その人たちは基本的に流動的にあちこちの現場で働いているから、たしかにそんな人たちだったらうちの店を見つけたら来てくれるかもしれない。

 問題はそんな人たちにどうやって宣伝するかだけれど、夜カフェのサービスの説明からだから、なかなか難しいよなあと、考え込んでしまっていた。


****


 週に一度の夜カフェ。

 最初の一ヶ月は見事に城勤めばかりで客席が埋め尽くされてしまっていたけれど、そんな中でもポツポツそれ以外のお客様が来るようになった。

 その日も、テーブルいっぱいに紙とタイプライターを広げて作業している人が目に留まる。


「あの……ご注文は……」

「コーヒー。ブラック」

「他はどうなさいますか?」

「ならば眠気が覚めるようなものを」

「眠気が覚めるようなものですか……」


 この世界にもノマドワーカーっているんだなあと感心してしまった。

 灰色の髪を乱暴にひとつにまとめ、丸眼鏡をかけた人だ。ラフなシャツにベストにパンツというスタイルで、常にタイプライターでなにやら打ち込み続けている。

 私もこの国の言葉は短いものだったらかろうじて読めるようになったものの、長文になったらてんで駄目で、なにをそこまで真剣に打ち込んでいるのかがわからない。

 ついでにこのお客様、口を開くと屁理屈や神経質なことばかり言うから、出すものには常に気を付けないといけなかった。

 眠気の覚めるもの、ブラックコーヒーに合うもの……あれだけ夜にもずっとタイプライターを打ち込み続けていたら、きっと目がしばしばになってしまう。だとしたら、ベリーを使ったお菓子がいいだろうか。

 悩んだ末に、既に焼けているタルト生地に甘さ控えめのカスタードクリームを詰め、その上にベリーのコンフィチュールを載せることにした。この国だと、季節以外の果物はコンポートやコンフィチュールにして一年中楽しむのが一般的。うちの店でもその手の瓶詰めは常備していた。ブラックベリーやカシスを混ぜて載せてから、店長の淹れたコーヒーと一緒に持っていくことにした。


「お待たせしました。ベリーのタルトとブラックコーヒーになります」


 私がそう言って運んでいくと、お客様は目を細めた。


「ちなみにこれを用意した意図はなにかね?」

「お疲れのようでしたから、目を労れるお菓子になればいいと思いました。本当ならばブルーベリーが一番よかったんですが、残念ですが本日はブルーベリーのコンフィチュールを切らしておりまして」

「ブルーベリー?」

「私の国だと、目に優しい食べ物として知られておりますから。残念ながら私はまだこの国に流れ着いて一年も経っておりませんので、未だにこの国の体にいいもの悪いものという知識には不得手です」

「ああ……たしか君は訪問者だったね」

「はい」


 お客様は興味深げにこちらをじぃーっと見た。常に神経質な言動と叩き付けるタイプライターの音で印象がかき消えてしまうけれど、この人は比較的端正な顔つきをしている。でもこの人、ずっとタイプライター打ち込み続けているけれど、未だに私は何者か知らなかった。


「接客のついででいい。たまに聞かせてくれないかな。君の国の話を。私もネタ出しに付き合ってもらえたらありがたい」

「はあ……夜カフェ時間でしたら、城勤めの皆さんの満席でない限りはお付き合いできますが」

「かまわんよ。あの連中は急いで食べたら急いで帰るだろうし、その後でいい」

「ですけど、そもそもネタ出しとは……ご職業は?」

「一応私はレイモン・ビュシエールと言ってね。王都じゃ名の知れた劇作家なのだけれど、訪問者だったら知らなくて当然か」

「劇作家っていうと……」

「芝居の脚本を書いている」

「なるほど?」


 劇作家と脚本家と、同じものなのかな。違うものなのかな。

 ひとまず私は、自分だと面白いと取り立てて思っていない話を、レイモンさんにときどき話を聞き出されながら答えていたら、非常に食いつかれてしまった。

 変な常連客ができたなあと思いつつも、あまりにもお疲れな人ばかり相手をしていたおかげで、少しだけ楽しくなっていた。

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