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いちパティシエの主張

 カフェテリアの朝は早い。

 私の場合はそもそもカフェテリア【ルミエール】の二階の住居スペースに住まわせてもらっているものの、三時には店の厨房に入ってお菓子を仕込みはじめないといけないのだから。

 ここのオーブンは私の住んでいた世界のものよりも温める時間が長いため、温まるまでに生地を仕込まないといけなかった。

 この世界、ガスや電気は当然ながらないものの、エネルギーは全て魔法石と呼ばれるもので使われ、ほとんど私たちの世界と変わらない生活水準を誇っている。そう聞くと私たちの世界よりもクリーンなイメージになるけれど、その魔法石もピンからキリまでなのだ。

 特にカフェテリア用に使っている魔法石。魔法石は定期的に月の光を当てて魔力を充電しないといけない上、魔法が発動するまでに一時間ほど時間がかかる。即発動したり半永久的に使えたりする魔法石は高価で、王侯貴族しかそんなに持っていないし、職人でもひとつあればいいほうだ。

 ちなみにうちの半永久的な魔法石を使っているのは、冷蔵庫だったりする。この世界、私みたいな異世界から迷い込んできた人間の知っている技術をどうにか魔法を使って再現できないかと研究して発展した世界なため、物を冷やしたり凍らせたりする便利なものがあったら食べ物の保存のときに助かるじゃんと、結構早い段階で広がったとのこと。ただ、それに使える魔法石は相当高級品なため、ちょっとやそっとじゃ手に入らないからと、一部の店では魔法使いしか雇わないみたいなことにもなっているらしい……ちなみにこの世界では、魔法石を買えないなら魔法使いを雇って魔法石の代替品にすればいいじゃないみたいな、変な逆転現象が起こっているらしい。人間より魔法石のほうが高いんだと、微妙にしょっぱい気持ちになる。

 それはさておいて。私は手早く前日に焼いておいたパンと汲み置きしていた水で朝ご飯を済ませると、一階の厨房に降りていった。


「おはようございます!」

「おはよう。今日のメニューだが……」

「はいっ!」


 基本的にカフェテリア形式の店だから、焼き菓子が中心。でも注文してくれたら生菓子もつくって出すというスタイルだけれど、途中まではつくっておかないと出せない。

 一時間後にはオーブンが温まるから、それまでに生地を用意しておかないといけない。

 その日のランチに出せるよう、昨日から寝かせておいたパイ生地を使って、キッシュを焼く準備をする。キッシュはその日手に入る材料によりけりだけれど、その日はベーコンにきのこを切り刻んで卵液に加える。ちなみにこの世界のきのこはほとんどわからないから、店長に選別を任せている……とてもいい匂いだし、多分食べられるんだろうけど。私の世界だと派手な色のきのこは食べるなって教えられるけれど、この世界だとあんまり関係ないみたい。

 他にタルトが三種類。

 今日は洋梨のタルト、ベイクドチーズタルト、ベリータルト。

 タルト生地がつくるタルトによって違うから、それぞれ生地をつくって寝かせて焼き分けないといけないから大変だ。

 それにしても。

 カフェテリアスタイルだから、いつもたくさん焼いて慌ただしく、それを店長がいともたやすくやっているから、少しばかり気になることがある。


「あの、店長」

「なんだ」

「前々から思ってたんですけどね、カフェテリアスタイルが悪いとは思いませんけど、もうちょっとだけ落ち着いた雰囲気にはできませんかね?」

「客がピーク時にたくさん来て、嵐のように去って行くのはいつものことだろうが。そもそもサエはかなり慣れてるだろうが」

「そりゃ慣れますけど」


 これでも元の世界でひいこら言いながら毎日オーブンの前と厨房を行き来していた生活を送っていたんだから、経験はものすごくある。でもそうじゃなくって。


「なんと言いますかね、折角ここの店ってお酒出さないんだから、そのお酒を出さない店のよさってもうちょっと出せないかなと思ったんですよ」

「まあ、たしかにどこの店も酒を扱いたがるがなあ」

「はい」


 この世界、ぶっちゃけどこの店に行っても酒を扱うのだ。カフェテリア形式のこの店だと、客の回転数が早いものだから、こんなところで酒飲んで時間潰されたら営業妨害だから出さないけど、他の店ではカフェですら酒を出す。

 一応元の世界でも、酒を出す喫茶店は存在していたらしいんだけど、昼も夜も酒の匂いが漂うのは落ち着かないし、困る。

 なんでお酒を出さない店が欲しいかっていうと、カフェテリア【ルミエール】の客層はもっぱら女性だからっていうのがある。この店は基本的に夕方には営業終了だけれど、夜になったらどの店も酒を扱うから、女性がひとりで落ち着いて食事ができる場所がなくなってしまうのだ。

 この世界、せっかく女性が観劇して感想戦できるっていういい文化が育っているのに、お酒のある場所しかないっていうのがもったいない。そりゃディナーだったらレストランとかビストロとかで食べるだろうけど、時間が時間だから晩ご飯はちょっと、でもなんか食べたいって店がないんだよなあ。

 私は思いついたことを言ってみた。


「うちの世界って、夜カフェって文化があったんですよ」

「夜カフェ? 夜にカフェメニュー食べるのか?」

「はい。夜にちょっと甘いものが食べたい、お酒飲み飽きたから締めに甘いもの食べて終わりにするって感じの。それがお酒飲まない人や飲めない人には好評だったんですよね」


 見ている限り、この世界にも下戸って人はいるんだよなあ。

 カフェテリアに常連になっている人をつぶさに観察していたら、観劇帰りの女性以外に、男性が甘くないお菓子をがっつきながらコーヒーを飲んでいるのが目に入る。

 また、店を閉めて居住スペースに移動して窓から下を眺めていたら、店が閉まっていてしょんぼりして立ち去っていく観劇帰りの女性たちも何人か目に入った。

 なるほど、甘いものが好きな男性や下戸の人、夜にカフェに入りたい女性っているんだなあと思ったんだ。

 店長は私の離しに「ふむ」と言う。


「だが、夜にまで店を開けるとなったら、材料や経費が嵩む」

「まあそうですよねえ。だから私も提案だけで、実行までは……」

「だから七日間に一度の様子見って形ならば、ありかもしれん」

「……はい?」

「試しにやってみろ。ただ、俺はカフェメニューつくるだけで、店を回すのはお前だぞ」

「えっ……! 私メインでやってもいいんですか!?」

「そこまで喜ぶことかね」


 私からしてみれば、週に一度とはいえど、店長をさせてもらえることになったというのは大出世だ。元の世界だったら自分の城を持つまでに、実績積んで-、借金つくってー、なんとか賃貸料安い物件探してーと、あまりにもちまちまとした作業を繰り返さなかったら駄目で、即無理と諦めてしまったんだから。

 まさか異世界に来て、やらせてもらえるなんて思ってもみなかった。


「頑張ります!」


 こうして、夜カフェまでの段取りができたのだった。

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