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庶民区画の何でも屋

 私が悶々としながらも日常は続く。

 その日は夜カフェは休み。カフェテリアにやってくるお客さんを捌いていく。ランチタイムはほとんどはレストランに行ってしまうから人は控えめだけれど、それでもサンドイッチやコンフィを目当てに人がやってくるから、それを一生懸命差し出す。


「なんだか人が戻ってよかったですねえ」

「そりゃあな。新メニューも増えたし」

「夜カフェ限定ですけどねえ」

「おかげで人が増えただろうに」


 まあそりゃそうか。

 パンデピスは夜カフェ限定とはいえど、他のもの目当てでも人がやってくる。コンフィなんかは特に人気で、ランチタイムになったら人がやってくる。

 ちなみにコンフィとは油煮込みのことで、油にたっぷりきのこやベーコンを入れて煮込む料理のことだ。油を食べるそれは、一緒に出すバケットを浸すために存在している。ベーコンやきのこの味の染み込んだバケットを囓るのは、なかなか昼の贅沢なごちそうだ。

 その日のコンフィは鴨肉と玉ねぎで、それは飛ぶように売れていった。今度ソフィさんの舞台を見に行くけれど、それまでは比較的目玉の演目はないため、お客さんの数はまばらだった。


「あの……」

「はい、いらっしゃいませ! あれ……?」


 最後のお客さんを見送ったあと、入口に見覚えのある灰色の髪の男の子が、こちらをじっと伺っていた。


「君はたしか……」


 庶民の区画で引ったくりから助けてくれた男の子だった。その子は私のことを覚えていたらしく、三白眼を少しだけ見開いた。


「……あんたここで働いてたのか」

「はい、従業員ですけど……どうかしましたか?」

「……ここのメニューの買い出しを依頼されたんだが、ここの店は持ち帰りは大丈夫か?」

「あれ、誰かからのお使い?」

「……何でも屋をやってるんだ、うちの区画で」

「まあ……」


 あそこの区画は騎士団に通報されたら困る人しか住んでいないんだったら、そりゃ買い出しは誰かに頼むだろうに。でもカフェテリア【ルミエール】のものをわざわざ買い出しだなんて、誰が言い出したんだろう。

 私は困った顔で店長を見上げたら、店長が口を開いた。


「一応持ち帰りはできるが。なにを注文だ?」

「サンドイッチ。ここではサーモンと玉ねぎのサンドイッチが人気だと」


 たしかにうちのランチでも定番商品だ。

 スモークサーモンと玉ねぎをピクルス酢とピクルスで味付けし、それを挟んだものは、比較的皆が面白いほどに買っていく。

 店長は「どれくらいだ?」と尋ねると「五人分」と男の子が答えるので店長は私に促した。


「サエ。お持ち帰りの用意を」

「は、はい……!」


 五人分って男の人五人分かな、女の人五人分かな。ひとまずはひとり分をバケット一本分で換算するとして……。

 頭で計算しながら、バケットに切り込みを入れピクルスとピクルス酢で和えたスモークサーモンと玉ねぎを挟んでいった。それを五本分用意して紙袋に入れたら、男の子は「ありがとう」と小さく言いながらお金を支払うと、そのまま去って行った。

 私は「ありがとうございましたー」と送り出すと、店長は「ふうむ」と唸り声を上げた。


「店長?」

「いや、あの坊主ちゃんと食べられているかと思ってな。あの年頃だったら、もっと肉が付いていてもよかったのに、ちょっと細過ぎてな」

「そういえば……」


 私だと王都に住んでいる人たちの実年齢を当てるのは難しい。周りは私のことを子供扱いしたりするから、私が二十代半ばだと言うと驚くのと一緒で、私だと王都の人たちの年齢がよくわからないんだ。

 思春期だったらあれくらい細い子もいるだろうけれど、どうもあの子はもっと年を取っているっぽい。


「あの子どれくらいの年齢でしょうかね」

「十八、十九ってとこだろ」

「え……」


 それはいくらなんでも細過ぎるんじゃ。シャツから覗く腕が筋張ってるなと思ったけれど、あれは筋張ってるんじゃなくって肉がなくって骨が浮いていたんだ。

 私はそれに「アギャギャ……」と言うと、店長は私を半眼でねめつけた。


「あの坊主と知り合いか?」

「知り合いと言いますか……ちょっと助けてもらったんで、気にしていると言いますか……」

「あの魔女のヴァネッサの件と同じく、お節介を焼く気か?」

「お節介を焼くと言いますか……せめてご飯食べさせたいって思っただけですよ……」


 それに呆れた顔をする店長。


「庶民の区画はピンからキリまででなにかと物騒だろ。首突っ込むなら、男手呼べ。普通に危ない」

「店長は行ってくれないんですかぁ~!?」

「馬鹿言え、俺が行ったら貴族の地上げと勘違いされるだろ。庶民の区画に出入りするにしても、決まりってもんがあるんだよ」

「ああ……なるほど……?」


 最近になって知ったけれど、王都住まいの貴族の特徴として、金髪ってものが相当物を言うらしい。店長は煤けているとは言えども金髪だから、それが原因で庶民の区画の人たちを怖がらせかねないらしい。

 私は「わかりました……なんとかします」とだけ言った。


****


「そりゃ着いてきてもいいが、他に人選はなかったのか……」

「すみませんすみませんすみません。私の知り合いの男性軒並み金髪なんで、金髪じゃなかったのはレイモンさんだけだったんです……」


 レイモンさんは呆れ返った顔で、仕事道具一式を入れた鞄を持って、こうして私と一緒に庶民の区画を歩いてくれた。

 すぐついてきてくれそうだったのはドナさんだけれど、あの人は典型的な金髪な上に若いから、それこそ店長の言っていた「地上げ」「家賃増額」と脅えさせてしまいそうだから速攻で却下した。

 私が持ってきたのは、すぐに食べられるようにとフラン。プリンと蒸しケーキの間くらいのお菓子で、それを蒸して蓋をすると籠の中に入れてきた。

 私が迷い込んでしまった区画に入ると、周りの人たちは「訪問者?」「訪問者……」と遠巻きにこちらをちらちらと見てくる。今まで店で働いていて、そんな無遠慮に見られたことがなかったから、それに少しだけ困ってしまう。


「あのう……ここに住んでる人たちからしてみれば、訪問者も珍しかったり嫌がられたりするものなんでしょうか?」

「そうだな。元々訪問者が異界からやってくるときは、大概は魔物狩りを行っていたからな。今はそんな時代でもないが、魔物の血族からしてみれば普通に怖いと思うが」

「わ、私。昔の訪問者だったらいざ知らず、戦うとかって全くできませんが、それでも怖がられてしまいますかね?」

「ゴキブリ」

「はいぃ?」

「ゴキブリやネズミ、いきなり見かけたらびっくりして悲鳴を上げるだろ」

「……まあ、上げますね。料理中に現れたら、普通に悲鳴を上げます」

「そうだろ。恐怖や嫌悪感は、理屈はわかってもそう簡単に拭えない。私だって普通に魔女や魔物の血族は怖いからな。知識を持ってもなお、その手のものはなかなか払拭できない」

「……レイモンさんも、やっぱり偏見ってあるんですか?」


 日頃からなんでもかんでも首を突っ込み、知識に長けている人だけれど。私がおずおず尋ねると、「私は一般的なことを言っているだけだ」と言われた。


「私は偏見や先入観は誰にだってあると言っている。それがないって言う人間のほうが、よっぽど信用できない」

「そりゃまあ……そうかもしれませんが」

「まあ、君はすごいよ。そこまでしてその少年を探すなんてな」

「うーん、私の場合、偏見とか先入観とかと優先順位が違うと言いますか」

「ほう?」


 私はレイモンさんほど立派な人間じゃないし、店長ほど人生経験豊富でもない。

 ただ、嫌なものが嫌なだけだ。すぐふにゃふにゃへなへなしていて、流れに身を任せる性分だけれど。


「お菓子を食べるっていうのが、私にとっては最高の贅沢ですから……それができないっていうのが、なんだか許せないだけなんですよ」

「……そういえば、君。異界に家族は?」

「母がいますがねえ。母も私が独立してから再婚しましたし、まあ元気なんじゃないですかねえ。相手の方、無茶苦茶いい人ですから」


 特に男の子を探しながら語るほど面白い話でもないけど、まあいっか。


「私がパティシエになったのは単純な話、早く就職しないといけなかったんで、製菓学校卒業後に即就職した。それだけなんですよねえ」


 この世界の就職事情はあんまり知らないけれど、私にとっては早く自立しなきゃ独立しなきゃというのがはじまりだった。

 今時大学を出ないと駄目とか、やりがいや夢とかいろいろ言われているけれど。

 私のはじまりなんて、そこまでキラキラしたものじゃなかったしなあ。

 だからこそ、あの男の子のことを放っておけなかったというか。

 レイモンさんは黙っていたから、多分話しても大丈夫なんだろうと、私は続きを口にした。

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