表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/32

砂糖漬けは幸せの味

 ヴァネッサさんの家にお邪魔させてもらい、その内容に私は少なからず興奮する。

 絵本や児童アニメを見て想像していた魔女の家そのものの内装だったのだ。フレッシュハーブを麻紐で括り付けて干している様とか、瓶にたっぷりと詰められている薬草やスパイスの数々。ミツロウとかハチミツとかも瓶ごとに内容が違うようだ。


「すごい……養蜂しているのは伺ってましたけど、ここまで細かくしてたなんて」

「はい。オレンジの花のハチミツは、料理だけでなく化粧品などにも使われますからね。アカシアのハチミツはよく王城などに買い求められますね」

「わかります……」


 百花蜜はいろんな花を満遍なく使ったものだけれど、あれはピンからキリまでで香りが一定になったことがない。

 アカシアのハチミツは癖がないから万人向け。柑橘類のハチミツは香りが華やか。料理でハチミツを使わないと、ここまで奥深いものとは思わないもんなあ。

 これも魔法でなのかな。魔法すごいなあ。

 私がひとしきり感心している中、「それで」とヴァネッサさんに切り出される。


「どのハーブで砂糖漬けをつくりますか?」

「それを悩んでいるんですよね。ミントは砂糖漬けにしてしまったら、あの清涼感が消失してしまうような気がして」


 ミントキャンディーはこの世界にもあるけれど、ミントキャンディーはミントキャンディーだけで存在感があるから、それをケーキの添え物にしては、ケーキの味わいを壊しかねないんだ。ましてやパンデピスは相当甘いケーキなんだから、そのケーキに飾ってしまうと、甘い上にくどい。

 それでヴァネッサさんは「なら」と言う。


「レモンバームはいかがですか? あれは柑橘に似た匂いがしますから、パンデピスに飾るにしても邪魔にはならないかと思いますよ」

「ああ……たしかに」


 レモンバームはレモンによく似た芳香を放っている。その癖レモンほど主張が激しくなく、香りや味わいもマイルドだ。甘ったるいパンデピスにレモンバームの砂糖漬けを飾るのだったら、そこまで邪魔にはならないかもしれない。


「たしかにいいですね」

「そうですね。タイムやセージだと少々えぐみが出てしまうかもしれません。季節だったらバラの花が一番味わいも華やいでおいしかったと思うんですけど……」

「さすがに季節外の花を咲かせる魔法は……」

「こればかりは王城詰めの魔法使いでなかったら難しいですね。あそこは温室なんて贅沢なものを持っていますから」

「贅沢……!」


 どうもこの世界でも温室を使っての栽培っていうのは贅沢品らしい。

 そりゃそうだ。果物とかも生のものは季節でないと出回らない、ほぼほぼコンフィチュールやコンポートで賄っているのだから。

 それはさておいて、ヴァネッサさんの家のキッチンにお邪魔させてもらうと、早速教えてもらった。それにしても。

 うちでは魔法石のおかげであれこれと家事がはかどるようになっているけれど、この家にはその手のものがない。これ全部ヴァネッサさんの魔法でなんとかしてたのかな。

 私の思考がちらっと彼女の家事について飛んだものの、彼女がエプロンをかけて教えてくれるものだから、こちらもきっちりと学んで帰らないといけない。


「それでは卵を用意しますね。卵の黄身を取り除いて、白身だけ使います」

「黄身はどうされるんですか?」

「あとでカスタードクリームをつくって、わたくしの晩ご飯ですね」


 出来たてのカスタードクリームをパンに塗って食べる贅沢は、カスタードクリームをつくったことのある人間でなければ知らない。その贅沢を知っているとは、ヴァネッサさんたち魔女は本当の贅沢を知っているということだ。

 そして用意したレモンバームを庭から千切ってよく布で拭いてから並べると、その上に卵の白身を刷毛で塗りはじめた。


「砂糖は白身でくっつける感じですか?」

「そうですね。そしてここからが肝心なんですが」


 ヴァネッサさんはそう言いながら、ふわりとハーブを浮かべた。彼女は手を光らせると、温風を起こして白身と砂糖をよく塗り重ねたレモンバームを乾かしはじめたのだ。

 おお、これが魔法。魔法を使っているのは初めてみたけれど、人の手から温風が出るのは面白い……じゃなくって。


「これ私だとできませんよね!?」

「はい……本来ならこれ、オーブンで低温乾燥させるんですが、わたくしの場合はそれを自分では上手くできなくって魔法に頼ってしまい……」


 あれだ。元の世界だったらこれは手動でやってられないってものを電動で行ったりする奴だ。電動ミキサー、この世界にはないもんな。泡立て器はあるのにな。

 でも低温乾燥かあ。

 私は少し吹きかけてくる風の温度に神経を研ぎ澄ませた。多分、真似できると思う。


「……だいたいわかりました。自分でも温度調整頑張ってみますね」

「この教え方でよろしかったですか?」

「充分です! そもそもヴァネッサさんのすみれの砂糖漬けをいただかなかったら突破口は思いつきませんでしたし。それに、広告塔についてもなんとなく当たりが付けられそうですので」

「まあ……サエは頑張り屋さんですね?」

「あはははは……お菓子に関してはそうなのかもしれませんね」


 そう言っている間に、砂糖漬けの感想が終わった。

 砂糖がぴっちりと固まり、表面だけならいい感じだ。ハーブも低温乾燥でなかったら色が褪せてしまうのだけれど、ヴァネッサさんの魔法温風のおかげか色落ちも全くしていない。

 それを私はひと口食べてみた。飴がけとは種類の異なるさっくりとした感覚。そして囓るごとに口の中に溢れてくるレモンバームの優しい香り。完璧だ。たしかに甘ったるいパンデピスの味わいを殺すことなく、むしろ生かす方向で食べられる。


「ありがとうございます、ありがとうございますヴァネッサさん! これでなんとかなりそうです!」

「お役に立てたのでしたら。むしろわたくし、あなたがわざわざ魔女の偏見改善に取り組むなんて思ってもみなかったんですけどね?」


 ヴァネッサさんにそう言われ、私は「そうですねえ……」と言った。


「そう考えたのは、私の国でも偏見ってものが蔓延していたからだと思います」

「どの国だってそうなんでしょうね」

「どうなんでしょうね。勝手にカテゴリーの中に放り込まれて、そのカテゴリーから溢れた人たちを攻撃してくる。そういうのが蔓延していてうんざりしていたことがありましたから。この国って、すごくいいところだと思うんです。なのに私の国みたいに偏見がずっとこびり付いていて我慢ならなかったというか。私はこの国に来てずっと少数派側なのに保護されているのに、この国にずっといた人が偏見の目で見られるのがなんだか嫌だったというか……なんだかふわふわした説明ばかりですみません」

「いいえ、ちっとも」


 私の長々しい言葉にも、ヴァネッサさんはふんわりと笑ってくれた。


「どの国にだって悩みは尽きませんし、楽しく見える人だって、どこか悲しいところはありますから。でも、サエはそれが楽しいから、この仕事をしているのでしょう?」

「……はい」


 どうしても背景だからって、その他大勢だからってないがしろにされない訳じゃないけれど。私がパティシエとしてお菓子を焼き続けるのだって、結局は食べている人たちを幸せにしたいからだ。

 それで誰かが悲しむのが嫌なんだ。

 こうして私は、ヴァネッサさんから大量にレモンバームを買い取ると、それを使ってオーブンで実験をはじめることにしたのだ。


****


 オーブンはどれも癖が付いている。

 その日の気温、天気によってオーブンの温度を変えないといけないのは、私の国のオーブンも魔法石を使ったオーブンも同じことで、私は何度も何度も確認しながらオーブンで低温乾燥をしていた。

 一回目は乾燥し過ぎて色が飛んでしまったし、二回目は乾燥が甘くて手で触った途端に砂糖が剥がれ落ちてしまった。三回目四回目と重ねて、もう魔女を雇って魔法温風流してもらうしか方法がないんじゃとくじけそうになっていたところで、私の砂糖漬けづくりを見ていた店長が声をかけてきた。


「ケーキの試作か?」

「ああ、店長。ヴァネッサさんと話し合いをして、フレッシュハーブは怖がられるかもしれないけれど、砂糖漬けだったら大丈夫かもということで、ケーキに飾る砂糖漬けをつくっていたところなんですよ」

「ほう……まあたしかに食感が変わるし面白いとは思うが」

「はい……ですけど、なかなか温度管理が上手くいかなくって」


 ただでさえ魔法石は温度調整が私が元の国で使っていたオーブンより管理が難しい。何度調整してもなかなかいい感じの温度にならなかったんだけれど。

 それを見ていた店長は、私の失敗作を眺めた。


「ふーむ。サエ。成功作はあるのか?」

「ええ? ええっと……ヴァネッサさんがくれたお土産のスミレの砂糖漬けだったら……ここに並んでるのは全部レモンバームなんですけど」

「それ、ひとつ寄越せ」

「あっ、はい」


 店長は私からお土産をひとつ手に取ると、それを障ったり千切ったりして硬さを確認してから、ひと口食べはじめた。


「ふむ……魔女の場合はおそらくは魔法の温風で乾かすが、これを一般人が真似するとなったら、途中で温度を変えるしかないな」

「あれ、これ変えられるんですか?」


 ちなみにオーブンでケーキを焼くとき、途中で温度を変えるというのはザラにある。

 途中まで高温で焼いたあと、オーブンの温度を変えて弱火でじっくりという奴だ。私の国のオーブンだったら、開けっぱなしにして温度を下げるけれど。

 まさか魔法石のオーブンでも同じ手法が使えるとは思っていなかった。

 店長は頷く。


「おう、変えられるぞ。サエは元の国の技術もあるんだから、こっちの技術がどうのこうので怯むな。ちゃんとやってみろ」

「あ、ありがとうございます! やってみます!」


 私は店長に言われたことで、何度か温度調整をかけてみることにした。

 温度を下げ過ぎると砂糖が上手く定着しない。でも下げないままだと色が褪せる。何度も温度を変えるタイミングを調整し、だんだん買ってきたレモンバームが消えて、いよいよもう買い足さないと無理というタイミングになったとき。

 やっと出来上がった。

 表面の緑が色褪せずに艶やかで、砂糖も固定されてしっかりと付いている。

 実食してみると、表面の砂糖がしっかりとくっつき、なおかつレモンバームの香りが囓った瞬間にふわっと口の中で広がった。


「店長~! できました! できましたよぉ!」

「おーおー、よかったな」

「はいっ!」

「ところでこの大量に残った卵黄、どうするつもりだ?」

「あ……」


 大量に卵白を使ったため、その分卵黄がたくさん残った。

 どうしよう。たしかヴァネッサさんは卵黄でカスタードクリームつくってたけど。私は考え込んでから言った。


「アイスクリームつくろうかと」

「そうか」


 卵黄に砂糖を加えて湯煎にかけ、泡立てた生クリームと混ぜて冷凍庫で固めると、ふんわりおいしいアイスクリームになる。

 今度これもどうにかして、夜カフェのメニューにしたいなあと考えた。

 まずは、パンデピスをどうにかしなきゃなんだけど。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ