ハーブ園と躓き
その日のカフェテリアも営業終了。
片付けをしながら、私はうきうきとする。
「新メニュー開発は順調か?」
店長に尋ねられ、私は「はいっ!」と笑顔で返事をする。
「今度ヴァネッサさんのハーブ園に行くんですよ」
「ほう? ハーブか。なにに使うんだ?」
「夜カフェの飾りですかねえ。できたら昼のカフェテリアでも使えたらとは思っていますけど」
「ふうむ……」
普段はなんでも許してくれる店長が、珍しく渋い声を上げた。
「店長?」
「何度も言ったかと思うが。一般人の魔女に対する偏見ってそう簡単に払拭できるもんじゃねえ。特に生のハーブっていうのは、魔女からもらったってわかりやすいからな」
「えー……だから基本的にドライハーブしか使ってなかったんですか?」
「まあ、王城勤めのときは、普通に城内にハーブ園があったし、宮廷魔法使いがそれを育ててたがな。外はそうじゃねえ。魔女に対する偏見は何度も払拭しようと条例を掲げたり、舞台を使って魔女は怖くないと宣伝したが、なかなかいい結果が生まれなかった」
これだと、本末転倒だ。
魔女と共同開発したお菓子を食べてもらって、魔女に対する偏見を潰したいって考えなのに、まず見た目で怖がって食べてもらえないなんて。
私は「んーんーんーんー……」と腕を組んで考えた。
単純に見た目があまりに地味なのをどうにか払拭したくって、見た目を少しでも華やかにしたかっただけなのに、これじゃあ意味がない。でも。
他にどうしたらいいんだろう。
「この辺りもまた、ヴァネッサさんと相談してみたいと思います」
「そうか。それがいい」
こうして、店の閉店作業を終わらせると、私は二階の居住スペースに帰っていった。
簡単なスープと店の残り物のキッシュで夕食を済ませて、考える。
できれば見た目を華やかにしたい。でもお客さんから恐怖を払拭させたい。でもどうしたらいいんだろう。私は「んー……」とずっと考え込んでいた。
****
ヴァネッサさんの家は、王都の中でも不思議な区画に存在していた。
平民の多い区画と観光地の区画……つまりは【ルミエール】のある区画だ……の間に、くねくねとした細道が存在し、そこを突き進んだ先に存在していたのだ。
「わ、わあ……! すごい!」
ここは本当にひとつ、村みたいな場所になっていた。
水車小屋があり、その周りに小さな家が点々と存在している。
「こんな牧歌的な場所が王都にあったんですか……」
「意外とそんな場所は多いですよ。王都の貴族邸宅でも、畑をやっていたり酪農をやっていたりしますからね」
「なんでちと?」
「でも【ルミエール】でも乳製品はよく届くでしょう? 貴族邸から買ったものが多いはずですよ」
「そういえば」
いくら冷蔵庫があるとは言えども、牛乳も生クリームも、売っていなかったら買えないんだ。チーズだったら、クリームチーズでもない限りは買えるはずだけど、他のふたつは生で買えないと意味がないもんなあ。
私は妙に納得していたら、ヴァネッサさんのハーブ園を見せてもらえた。
「うわあ、本当にたくさんのハーブ!」
「はい。花が咲いているものは匂いが弱まっていますが、それ以外のものでしたら採れますよ」
「ありがとうございます。一度見てもいいですか?」
「どうぞ」
本当に驚いたのは、ミントが直植えされているのに、他のハーブを浸蝕する気配がない。多分根っこの部分に魔法を駆使して、他に無意味に生えないようにしているんだな。
生えているのはミント以外だったら、タイム、レモンバーベナ、レモンバーム、セージ、ローズマリー、チャイブ……どれもこれも綺麗で少し香りを嗅がせてもらうといい匂いがする。
チャイブは少しケーキに飾るとちょうどいいんだけどなあ。
うーん。
私が考え込んでいる中、「どうかなさいましたか?」とヴァネッサさんに尋ねられた。
「はい……店長に生のハーブ使うのは止めた方がよくないかって止められたんです」
「まあ、そうでしたか」
「魔女がいるって教えているようなものだからって」
「ハーブは本来、庭先でも鉢植えすれば育てられるものですから、そんなにむやみに怖がらなくてもいいんですけどね。わたくしたちが怖がられるのは仕方ありません。人間と揉めてしまった魔女がいたのは事実ですから。ですけど、カフェの皆さんの料理方法まで制限してしまうつもりはありませんでした」
「そりゃドライハーブだって使いますけど。ドライハーブとフレッシュハーブって、もう全然別物ですから……特にミントは、ドライハーブだと匂いがきつくなり過ぎますし。やっぱりフレッシュハーブ使いたいです」
「そうですか……とりあえず今は一旦ハーブを選ぶのを止めて、お茶にしませんか?」
そう言いながら、ヴァネッサさんは小屋からお菓子とお茶を取ってきてくれた。
レモンバームを使ったハーブティーは、レモンによく似た香りと一緒に、ほっとする青々しい匂いがする。
そして持ってきたお菓子を見て、私は首を傾げた。
「これは……」
「砂糖漬けですよ。スミレの砂糖漬け」
「スミレの砂糖漬け!?」
私は思わず叫んでしまった。
スミレの砂糖漬けはヨーロッパの有名菓子店がつくったとされるお菓子だ。有名な皇妃も食したとされる贅沢なお菓子で、花の砂糖漬けは古今東西あちこちであるけれど、スミレの砂糖漬けは特に高級品として位置づけされている。
口にしてみると、砂糖をコーティングしていることで、シャクッとした感触と一緒にほろりと解けていく甘味と花びらの味が続く。そして香りが一気に鼻の奥まで突き抜けていく感覚。香水を食べているような感覚に陥る。
「おいしいし、すごいです……」
「バラの香油だってお菓子に使いますしね。そりゃ花のお菓子だってつくりますよ」
そうニコニコしてヴァネッサさんが言う。
でも、これ……。
私はヴァネッサさんの手を取った。
「あの、これ」
「はい?」
「ハーブで砂糖漬けってつくることができませんかね!?」
「……パンデピスに飾るとしたら、少々甘くなり過ぎませんか?」
「仕上げに飾るのならば、問題なしです!」
「ハーブですか……ハーブと花だと少々勝手が違いますけど、やってみるだけやってみましょうか」
「はい、お願いします!」
もしハーブの砂糖漬けに慣れてもらえたら。フレッシュハーブを使うことの抵抗を減らしてもらえるかもしれない。
私は祈るような想いで、ヴァネッサさんとハーブの砂糖漬けをつくることになったのだ。