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魔女のパンデピス

 たくさんのドライフルーツをラム酒に漬け込み、それを生地に加えることにした。ドライフルーツを使った焼き菓子はどうしても見た目が地味になってしまうため、せめてもの抵抗として、レモンピールやオレンジピールと一緒にドライチェリーを加えることにした。ラム酒に漬けこんで戻したドライチェリーは艶やかに光っていた。これで断面に華が添えられただろう。


「まずはラードを湯煎で温め、そこにハチミツを加えます」

「この手のケーキって油分はだいたいバターですけど、ここではラードなんですねえ」

「はい。元は保存食であり、旅の道中に少しずつ切って食べるものでしたから」


 保存食って、ますますシュトーレンと近しいなにかなんだよな。シュトーレンも元は冬仕事を楽に終わらせるための保存食だったんだから。

 でも砂糖じゃなくってハチミツを使ってつくるというのはなかなか面白い上、混ぜるときに既に油分とハチミツの華やいだ匂いがしておいしそうなんだ。

 そこにふるった小麦粉に、香辛料を加えていく。香辛料はナツメグ、シナモン。どれもこれも焼き菓子には欠かせない香りで、それがハチミツと混ざることで、得も知れない甘い香りへと変わっていく。


「いい匂い……」

「でもサエはたくさん甘くておしゃれなお菓子をつくっているでしょう? 特に香りは生のフルーツにどうしても負けてしまいますけど」

「私、甘いものに貴賤はないと思ってますんで」


 そりゃ経営スタッフからしてみれば、もっと安い材料費でたくさん売れてくれたほうが嬉しいんだろうけど、私はそんなこと考えたことないし。

 ただ自分が手がけたお菓子をできる限りいろんな人が食べて、いろんな人がおいしいと行って欲しいだけだ。もちろん、売れてくれるのが一番だけれど、それだけでは駄目なんだ。


 私の言葉に、ヴァネッサさんはクスクスと笑った。


「あなたは本当に不思議な方ね」

「ええ……私、そこまで面白いこと言った覚えはないですよお」

「ええ、ええ。それでもかまいません。それじゃあ、生地を型に流して成形しましょう」

「はあい」


 魔法石をセットして温めたオーブンに、生地を流し込んだ型を入れて焼き上げる。

 その間にアイシングの準備をはじめる。

 粉糖に果汁を加えて溶かしておくのだ。これを焼き上がった生地に一気に上からかけて冷ますことで、表面をコーティングする。


「これであとは焼き上がれば終わりですけど……私、あれだけハチミツだけ使って生地を焼いたことないんで、どうなるかそわそわしてます」

「そうね、王都だったらもっとさっぱりしたお菓子のほうが持て囃されますけど、パンデピスはどちらかというとしっとりとしたケーキですからね。最初はびっくりするかもしれません」

「そうなんですか……これって、魔女は普通につくってらっしゃるんですか?」


 ヴァネッサさんに尋ねると、彼女はニコリと笑った。


「はい、元々このケーキは、魔女が森に住んでいた頃から伝えられているものですから」

「森で、ですかあ」

「魔女に薬の処方方法を尋ねに来たり、解呪の方法を聞きに来たりした方に振る舞うお菓子でした。魔女はだいたい森の中に猫の額ほどに庭を持ち、そこで養蜂をしてたんです」

「養蜂までしてたんですか……」

「はい、蜂はハチミツだけでなく、ミツロウ、蜂の巣、蜂の子まで、なんでも薬の材料になりえましたから。そしてたくさん採れたハチミツは、こうしてお菓子にしていたんですね」



 なるほどなあ……。元々香辛料もハーブもこの国で採れるんだったら、その使い方を研究する人だっているだろうしな。それにそもそも私の国で使っている香辛料だって、場所によっては薬として処方されるものだってある。

 二日酔いに聞くウコンはターメリックとしてカレーに使われるし、胃薬に使われる桂皮だってシナモンとしてお菓子の香り付けに使われるしね。それと同じようなことを、魔女はずっと行っていたんだろう。

 しゃべっている内に、甘やかな匂いが漂ってきた。


「ああ、そろそろ完成しそうですね」

「はい。久々ですので楽しみです」

「そりゃそうですよねえ」


 焼き上がったケーキは、たしかに冷まさないとしっとりとし過ぎて崩れやすく、しばらくは型に入れたまま冷まし、型が触れるくらいになってから、やっと型から外して冷ましはじめた。その中で、一気にアイシングをかけてしまう。


「これで一応完成ではありますけど……やっぱりちょっとだけ地味ですねえ」

「ですけど、これはこれで充分素敵だと思いますよ」

「そうですねえ……」


 パウンドケーキだって、バターと砂糖と小麦粉だけで焼き上げた完璧なケーキだから、下手に弄ると味が落ちたり油っぽくなってしまうんだ。

 パンデピスもまた、完璧なドライフルーツケーキだから、下手に触ることができない。


「なら、出す際にはハーブ添えればなんとかなりますかね。フレッシュハーブ、手に入るかなあ」

「フレッシュハーブ……生の乾かしてないハーブでよろしいですか?」

「はい。ミントとか……」

「まあ、素敵。大丈夫です、用意できますよ」

「はい?」


 果物は基本的にコンポートやコンフィチュールにするのが基本だから、まさか生のハーブが手に入るとは思わず、私はたじろいだ。

 もし生のハーブが手に入ったら、夜カフェだけでなく、カフェテリアにだってグンとバリエーションが増える。

 そりゃドライハーブだって香りが強いし、特に焼き菓子に入れても香りが逃げないのが素晴らしいとは思うけど、生のハーブでなかったら出せない存在感があるし。なにより。

 お菓子のデコレーションの際に、お皿にチョコンと置いておくだけで、存在感と香りを放つんだから、やっぱり必要だと思う。

 まさか生のハーブがヴァネッサさんから手に入るとは思ってなかったけど。

 私は頭を下げた。


「お願いします、ものすごく欲しいです」

「でしたら、今度わたくしの庭にいらっしゃいな。分けて差し上げますから」

「はい! あれ、でもミントって……」


 ミントは庭で育てるのは基本的にNGのはず。繁殖力が強過ぎて、あっという間に他の植物を枯らせてしまうからだ。

 それにヴァネッサさんはクスクスと笑った。


「なんのための魔法?」

「そのための魔法でしたね!?」


 すごい。魔法すごい。ミントを直植えして余計な場所に繁殖させないのは普通にすごい。

 ひとあず試作品のパンデピスを食べながら、私はもらいに行くハーブについて算段を考えた。いざとなったら、あれも欲しいこれも欲しいと出てくるから欲張りだ。

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