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魔女との共同作業

 いつになったら魔女さんは来てくれるかなと思っていたある夜。

 その夜は雨で、さすがに車なしだとお客さんが来られないせいか、あまり人が来なかった。この辺りに住んでいるらしいレイモンさんはタイプライターを携えてやってきては、なにやらいつものようにキーボードを叩きながら原稿をつくっていたものの、それ以外のお客さんは来なかった。


「今晩はあんまり来ませんでしたねえ」

「まあ、仕方ない。雨だと夜は滅多に客が来ないからな」

「そうですよねえ……」


 店長としゃべりながら、私は溜息をつく。

 どうも王都の人たちは、傘を持ち歩く習慣がない。日傘も貴族の中でも本当にお嬢さんが使用人に持たせているものであって、本人は持たない。こんなんだから、雨が降ったら出歩かないっていうのが身についているようだった。

 だから雨が降ると夜カフェにも人が来ないんだ。

 私はどうしたもんかなあと思っていた中。


「こんばんは、席は空いてらっしゃる?」


 その声に私はピンと来た。

 魔女さんだ。相変わらずスパイスのいい匂いを漂わせている。私は「いらっしゃいませ!」と言いながら、急いで注文とお話しをつけに席に寄る。


「こんばんは、今日はご相談があるんですが……」

「まあ、わたくしに?」

「はい……魔女さんは香辛料やハーブに精通しているとお聞きしまして。私も前住んでいたところのものについては詳しいんですが、ここで使えるものについてはさっぱりで。できましたがご教授願えないかと……端的に言ってしまえば、私と一緒に、お菓子レシピの開発をしませんか?」


 そう言って頭を下げると、彼女はキョトーンとした顔をした。どうも思いもかけない提案だったかららしい。

 私は頭を下げながら、背後でタイプライターを打ち続けていたレイモンさんを見た。彼は手を休めると、腕を組んでこちらを見物していた……見世物じゃないやい。でも店の客足取り戻すのに、一緒にレシピでもつくってみろと提案してくれたのはレイモンさんだしなあ。

 私が頭を下げている中、しばらく魔女さんは黙っていたものの、だんだんクスクスと笑い出し、とうとう口に手を当てて大笑いしはじめた。


「あ、あのう……?」

「いえ! いえ! あなたみたいな面白い方に初めて出会いましたから!」

「そ、そこまで面白かったですかね、私の提案は!?」

「今まで訪問者の方で、私に対して偏見のない方々は普通にいらっしゃいましたし、私の力をどうにか活用できないかと誘ってくださる方もいらっしゃいましたが。まさかレシピの共同開発しませんかなんて誘い文句をくださったのは、あなたが初めてですもの!」


 そりゃもう、魔女さんはびっくりするほど大笑いしているのに、私は店長のほうに振り返って口パクする。

 これって、誘いに乗ってくれたんでしょうかねえ?

 店長は口パクで返してきた。

 多分、乗ってくれたんじゃねえの?

 とりあえず魔女さんの大笑いが終わるのを待つことしばし。彼女はやっと丸めていた背筋を伸ばしてこちらに振り返ってくれた。


「でも、わたくしあなたのお名前知らないわ。わたくしはヴァネッサ。ヴァネッサ・ロシャンポー。あなたのお名前は?」

「ええっと……」


 魔女は言葉を重んじ、名前を聞かれたら、相手が教えてくれない限り答えたら駄目らしい。悪用されるからだ。私は店長に「いいんですかね」と口パクしたら、店長は「さっさと答えてやれ」と口パクで返してくれたので、私はそれに応じることにした。


「私はサエです。サエ・マエシバ」

「サエ。わかりました。でも今晩は雨ですし、今から開発というのも時間がかかりますね。いつでしたらよろしい?」


 私はひとまず、七日に一度の夜カフェ以外の夜を、一緒にレシピ開発しないかと誘い、結局は週に二回、レシピ開発のためにうちの店の厨房に来てくれることになった。

 ヴァネッサさんはどんな香辛料の知識を教えてくださるか、私も楽しみだ。


****


「まあ、香辛料はそんなことになっていたんですね?」

「はい。なんでも香辛料で会社が起きたり、一気に億万長者になっていたらしいんです。でも、まさかこの国だったらそんな民間療法レベルで広がっているものとは思ってもみませんでした」

「元々この国も、コーヒーやカカオなど、これを飲んだら無限に元気が湧いて戦えるってところから起きた国ですし、そこからカフェ文化や菓子文化が発展した国ですからねえ」


 どうもこの国、私の元の国の歴史よりも遙か昔から香辛料が普及していたし、コーヒーやカカオの文化も発展していたらしい。私の知っている限り、スパイスもコーヒー豆カカオ豆が獲れるのも暑い国なんだけれど、植物の生態が違うのか、はたまた似た効用の違う植物なのか、四季が存在して私の住んでいた日本よりもカラッとしているこの国原産のものだったらしい。

 なんだかこの国、私の知っている世界史の歴史がまるっと変わりそうなんだよなあ。もちろんこの国は私の元の世界とは違うし、普通に魔法が存在している時点で同じ歴史を辿りようがないんだけれど、それでも知れば知るほど違う部分が発見できて興味が尽きない。

 それはさておき、ヴァネッサさんの教えてくれたハーブや香辛料の使い方は、私だと全然出てこないものも多い。


「バラの匂いをそのまんまタルトにしちゃうんですか……」

「はい。バラの香油は気持ちを華やかにさせますから、昔からお菓子の最後に香り付けとして振りかけることが多いんです。最近はバラの香油をそのまんま食事に使うことは減りましたけど、それでもお祭りごとのお菓子には振りかけますね」


 バラの香りって食欲減退させないのかなと、試しにパウンドケーキに振りかけてみると、ケーキの香りが一気に華やいで、意外と悪くない。多分バターとかの乳脂とバラの香りの相性がいいんだな。

 他にもラベンダーをクッキー生地に混ぜ込んだり、セージをパンケーキに加えてみたり。たしかに一品料理だと結構いい感じのものができるけれど。でもカフェテリアの新作として出すには、いまいち決め手に欠ける。


「味はかなりおいしいんですけど、見た目をどうにかできたら、多分跳ねると思うんですよね……」

「そうですね、たしかにハーブや香辛料を使うと、香りは一気に飛び抜けるんですけど、見た目が地味なのは否めません。ただハーブや香辛料は、果汁や果実の華やかさやフレッシュさの前には霞んでしまうのでメインにはなりにくいんですよ」

「ですかあ……それだったらいっそのこと、アイシングで飾りを付けて、ハーブも香辛料も一気に詰め込んだ焼き菓子を焼いてしまえば、香りも見た目もワンランクアップするかなあと思いますけど……」


 ただ、きちんと味を組み立てなかったら、一気にバランスを崩しそうなんだよなあ。

 なんでもかんでも足せばいいってものじゃなく、相乗効果でおいしくなるように組み立てないといけない。でもどうやってそうしようか。


「焼き菓子で、見た目自体はアイシングと……ならそういうケーキがありますよ」

「あるんですか?」

「はい。パンデピスと言います」

「あら……」


 私も聞いたことはあるけれど、つくったことのないお菓子だ。この世界にも流れてきてたんだなあ。

 ちなみにこれ、フランスの郷土菓子であり、作り方や材料などはシュトーレンに近い。たくさんのドライフルーツと香辛料、蜂蜜を使ったケーキだ。

 食べたことあるけど、あれはかなり素朴だけど奥深いお菓子だ。彼女はどんな味付けでつくるんだろうと、俄然興味が湧いてきた。

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