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涙の夜のカフェテリア─王都に灯る優しい光─  作者: 石田空


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偏見に対する考察

 実際に私は、王都にやってきてからというもの、生活に慣れようとするあまり、結構この国だと常識的なことを知らないままでいたりすることが多い。

 最近になって、レイモンさんの書いた脚本を読めるようにと、なんとか頑張って長文を読めるようになったものの、未だに専門書を読み通すことができず、この国の常識非常識をどうやって勉強すべきか悩んでいた。

 一応店に出すお菓子については、国の慣習的にアウトなものは店長が止めてくれるからいいとしても、私はこの国にうっすらと存在している差別や偏見についてもよくわかっておらず、それをどうにか勉強してみたくても、なにをどうすればいいのかがわからなかった。

 結局は休みの日、ひとりで図書館に出かけて、本を読むので精一杯だった。


「なんだ、またレシピ開発か?」

「あれ、こんにちはレイモンさん」

「こんにちは」


 その日も資料集めに来ていたらしいレイモンさんに出会い、私はお辞儀をした。レイモンさんは今日も分厚い本を何冊も持っていた。


「これも脚本に使うものですか?」

「そうだな。少し書いただけで、中途半端な知識を持つものに突っ込まれるから、なら突っ込まれないようなものを書くしかないだろうと、それより上のものを突っ込んでいたところだった」

「……舞台の脚本って大変なんですねえ」

「普通はここまで大変じゃないんだ。単に下手くそな批評家に意味不明な講評をされるだけで」

「はあ……大変ですね」


 ひとつの舞台でそこまで考えたことないけれど、脚本家って大変なんだなと感心する。そこでレイモンさんが私が読んでいるものをちらりと見た。

 絵本でこの国の歴史を書いてあるものを読んだものの、日頃から店長やらレイモンさんやらが教えてくれるような情報は載っておらず、途方に暮れていたところだ。


「ところで、君はなにを探していた?」

「ええっと……私も七日に一度とはいえど、店長を任されるようになりましたので。ちゃんとこの国のことについて学んだほうがいいかなと。この間の魔女さんのこともありますし」

「そうか……あれから、客層に大きな変化はあったか?」

「うーんと。昼間のカフェテリアは相変わらず人が多いですね。ただ」

「うん」

「……やっぱり夜カフェの人が減った気がして、店長にも申し訳ないなと思ってました。魔女さんが悪かったとは思えないんですよ。でも、どうしたらよかったんだろうと考えて、勉強しようと思いました」


 前にイヴェットさんも教えてくれたけれど。魔女と人間の恋愛に対する偏見は今でも根強いみたいだし、そのせいで魔女のことを知らないお客さんたちは怖がって夜カフェには寄ってこなくなってしまった。

 でも不思議なことに、王城で働いていた人たちは相変わらず無視してやってくるし、レイモンさんも普通に缶詰中以外のときは夜カフェにやってきてはコーヒーとお菓子を頼んで仕事に明け暮れている。

 きっときちんとしたことを知っているかどうかで、魔女の差別や偏見がなくなるはずなんだ。だから勉強したかったんだけど。

 私の言葉に、レイモンさんは「そうだな」と頷いた。


「たしかに生きていたら、誰だってなにかに対して偏見を持つし、差別を持つ。そしてそれに対してだいたいの人間は後ろめたく思って、『自分は差別をしない』と言い訳し、自分の差別を正しい差別なんだと言い訳する。先に、人間は差別をするものだからはじめなければいけないんだけどな」

「……レイモンさんって、結構難しいことを考えて生きてますよね?」

「そもそもその手のことに関して神経磨り減らさなかったら、脚本なんて書いてられん。それのせいで公演禁止になったら、依頼先に申し訳がないし目も当てられん」

「たしかに……」


 いろいろ考えている人だ。レイモンさんは私の隣に座った。


「それで、なにを困っているんだ?」

「……元々私が夜カフェをはじめたいって思ったのは、この国が治安がかなりよかったから、女性がひとりで通えるカフェがあったらいいんじゃないかと思いました。でも、魔女さんを追い出すのが正解とも思えず、どうしたらよかったのかと」

「でも、王城勤めは特に逃げてはいないな?」

「そうですね……そういえば、王城勤め以外では、全然レイモンさん逃げませんし、昼もカフェテリアで普通に仕事なさってますね?」

「私も一応その手の勉強はしているからな。それで、なにが聞きたい?」

「……私も、夜カフェに人が来なくなった理由である、魔女さんの偏見をなんとかしたい、までは考えてるんですけど。なにをどうすれば偏見がなくなって、魔女さんや他のお客さんが普通に夜カフェでお菓子を食べられるかなと思ってます。どうすればいいのかと」

「ふむ……」


 レイモンさんは私の話を聞きながら、腕を組んだ。


「普通に考えたら、難しいとは思う。この国の魔女に対する偏見は、魔法の恩恵に預かっている今でも根深い」

「それは……はい、そうですよね」


 魔女さんが来た途端に慌てて会計済ませて帰ってしまった人たちのことを思い、私は落ち込む。でも魔女さんは普通の人だった。

 レイモンさんは「だが」と言う。


「君はそもそも魔女に対して無知だろう? 王都の人間は幼い頃から、魔女に近付くんじゃないと教育されてきているから、その偏見を払拭するのが難しい」

「そんな……小さい頃からですかあ」

「ああ、だが君はそうじゃない。そして知識のある人間は、特に偏見がない。ならば、いっそのこと、魔女のことがどうでもよくなるようなものをつくればいいんじゃないか?」

「……魔女のことがどうでもよくなる……」

「彼女たちは、基本的に薬草の使い方に精通している。ふたりでメニュー開発でもしてみたらどうだ?」

「あ……」


 そういえば。前に来たときの魔女さん、スパイスの匂いがした……シナモンみたいな匂い。たしかに、誰もかれもが魔女の偏見を考える暇もないくらいにおいしいものができたら……それを魔女との共同開発レシピだとしたら。


「ありがとうございますレイモンさん。少し道が開けたような気がします」

「そうか。試食のときは私も呼んでくれると嬉しい」

「はい、もちろん! なんとかしてみます!」


 私は腕まくりをした。

 そうと決まったら、あの魔女さんを探さないといけないなと、考えることにした。


****


 しかし、夜カフェの日になっても、魔女さんは現れなかった。

 ドナさんは久々にやってきたと思ったら、人が減っているのをキョトンとした顔で見ていた。


「なんだか今日、寂しいですね?」

「そうですね……」

「また魔女に対する偏見でもありましたかね?」

「魔女が来たら人が減ってしまうとは、皆忠告くれましたけど……」

「あれ、ものすごく困るので、辞めてほしいんですけどねえ。我々、思っているよりもずっと魔女の恩恵を受けてますから」

「それって、魔法石とか、今の魔法が精通している国のことですか?」

「そうですよ。一部の技術は、魔力のない人間では再現できません」


 一応、私の国の科学の場合、レシピやら作業工程やらを残しているから、ある程度知識さえあればって前提だけど、どの技術も再現は可能なんだ。

 でもこの国だったら、一部の技術はそもそも魔力を持っていて、それをコントロールできないと再現不可能らしい。魔法と科学の発展と普及って流れは近いのに、再現率についてはかなり差が開いてるんだなあ。

 私がそう考えている中、ドナさんは続けた。


「正直、王城でも普通に魔女は働いてますからね。たしかに大昔、魔女と人間は揉めました。ですが、それだけじゃないんです」

「……それは前にちょっとだけイヴェットさんからも伺いましたけど……」

「はい。ですから、考えてほしいんですよ」

「ええっと」


 私はドナさんに聞いてみた。


「うちの店に出す新メニュー、魔女さんと開発したいんですけど……やっても大丈夫だと思いますか?」

「おお! 魔女のレシピ! すっごくいいですね!」


 おろ、意外といい食いつき。ドナさんはうきうきした様子で続ける。


「よくうちで働いている魔女さんから差し入れの焼き菓子もらうんですけど、ハーブが使われているのはわかるんですけど、どうやってつくってるのかさっぱりわからないお菓子多いんです。クッキーもマドレーヌも、とてもいい香りがするんですけど」

「はあ……やっぱりハーブやスパイスの使い方が無茶苦茶いいんですね」

「元々、医療分野においても一家言ある方々ですからね」


 そっか。ハーブもスパイスも、元々は薬として使われていたんだっけか。この国だったら、魔女はその辺り精通している分、食べるものにも使ってるのかもな。

 あの魔女さん。

 また会えるといいなあ。その日は結局、訪れてはくれなかったけれど。

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