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涙の夜のカフェテリア─王都に灯る優しい光─  作者: 石田空


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魔女の占い

 魔女さんが注文したクグロフは、元の国だと朝ご飯から三時のおやつ、お祝いの品としても重宝された、斜めの溝の入った王冠のような型で焼くケーキだ。

 つくり方も国によって若干異なるものの、王都では私も知っている発酵生地を型に流し込んで焼き固めるのが一般的なようだ。

 うちの店で出す場合は、ひと切れ切った分に粉砂糖を振って出す。生地にはオレンジピールやドライフルーツをふんだんに刻んでいるので、香りもよく、発酵させた生地のために、夜も外はしっとり、中はふんわりとした食感を楽しめるはずだ。

 私がそれをコーヒーと一緒に出しに行こうとする中、「おい」と声をかけられた。

 イヴェットさんとおしゃべりしていた店長だった。私が魔女さんの注文を出しに行ったことで、声をかけたらしい。


「あのう……さっきレイモンさんにも止められたんですけど……この国だったら魔女にお菓子を出してはいけないんですか?」

「そうだったな。最近は魔女があんまりこの辺りを歩いてないから、あんまり説明してなかったからなあ……これは俺の落ち度だ。すまん」

「あの?」

「魔女は基本的に、招かれなければ店に入ることもできなければ、居着くこともない。そのまま無視したら出ていくとされている」

「あのう……それって、私の国だったら、吸血鬼の撃退法なんですけど……」


 どれだけすごい吸血鬼も、人に招かれなかったら家に入ることができず、吸血されないとされているんだけど。私のおずおずとした物言いに、店長は「そうか」と息を吐いた。


「お前の国でもあるか。一応言っておくが、これ全部迷信だからな。それを未だに信じる都民が多いだけで」

「なんでですかあ……だって魔女さん? あの人なんにもしてないじゃないですかあ」

「前にも言っただろ。女のひとり客に誰もわざわざ声をかけないと。魔女に呪われてひどい目に遭ったっていうのは、結構よくある話だからな。だから未だに女ひとりだと怖がられる」

「あのう……私全然怖がられてないんですけど……」

「そりゃあれだ。サエがあんまりにも訪問者としてわかりやすい顔立ちをしているからな」

「……なるほど、そうですか」


 たしかに純日本人という顔をしている私は、この国だとあまりにもわかりやすい異世界から来た迷子だと思う。訪問者からの技術提供で育ったこの国の人からしてみれば、訪問者に対してそこまで悪印象がないんだろう。

 でもなあ。私はもにょもにょとする。


「それで……私は結局魔女さんの注文出していいんですか。駄目なんですか……」

「いや? 一応警告しただけだ。お前の場合は、一度目なら無知で済むからな。魔女のことを知らない訪問者として。ただ二度目からは無神経扱いされる。それを覚えておけばいい」

「……それって、魔女さんを差別しろってことですか? だって……魔女さん、本当になにもしてないじゃないですか。ただ、うちの店に来ただけ。夜にカフェが開いてるのが珍しかったから様子見に来ただけでしょう? それを魔女だからって追い出すの……なんだか嫌です」

「……そうだな。俺もそう思う」


 そういえば。イヴェットさんも店長も、別に彼女が来たことで逃げ出したりはしてないんだよな。それに今日は王城で働いてるドナさんたちみたいな文官さんもいないし。

 もしかして、これがただの偏見で差別だっていうこと、王城勤めの人たちは普通に知っているから、それを無視していなしていたのかもしれない。

 私は頭を下げてから、店内に出ていった。相変わらず魔女さんは丁寧な佇まいで座っていた。


「お待たせしました、クグロフとコーヒーになります」

「あらぁ……ありがとうございます」


 彼女は優雅に笑うと、チョコンと座ってコーヒーを傾けはじめた。そしてクグロフを丁寧に切って食べると、嬉しそうに目を細めた。

 本当に普通のお客さんだよな。なんでこの人がこんな偏見に遭っているんだろう。私が茫然としている中、彼女は口を開いた。


「訪問者の方はもしかして驚いてしまいましたか? 魔女の偏見について」

「え、ええっと……」


 言葉を詰まらせていると、魔女さんは優雅に笑う。


「いえ。つい数十年ほど前店……それこそ母の代までは、魔女と人間の争いは頻繁にありましたから」

「……それは……ええと……そんな最近まで?」

「はい。最初はただの痴話喧嘩だったと思います。婚約をしていた男女が、家の都合で勝手にそれぞれ結婚を取り決められたがために、それを打開したい一心で駆け落ちを慣行してしまった……それは当事者たちからすると、それしか幸せになる方法がなかったものですが、それぞれの家族からしてみればたまったものじゃありませんでした」


 これじゃまるで『ロミオとジュリエット』だ。もっとも。あれの場合は駆け落ちをミスした挙げ句に、当事者ふたりはどちらも死んでしまい、それが原因でそれぞれの家同士の諍いが終わるというバッドエンドでありながらも、ひとつの争いの終着の話だったんだけれど。魔女さんの話を聞いている限り、駆け落ちが成功してしまったがために大惨事が起こったように聞こえる。

 魔女さんは歌うように話を続ける。


「それはもう、魔女の家系は裁判にかけられて、族滅させられそうになりましたが、魔女からしてみればたまったものじゃなく、魔女は魔女で、いい血筋の娘を魔力のかけらもない貴族の息子に奪われてしまったのですから、呪っても呪い足りず。争いは長々と続きました」


「それ……国とか大丈夫だったんですか?」

「その争いに、どちら側からも被害がたくさん出ましたからね。その争いを知っている方々からしてみると、魔女がおそろしく見えて仕方がないんですよ」


 それ、偏見どころの問題ではなく、実害出てるから怖がられているんじゃ。

 私がガタガタ震えている中、今日もサヴァランを食べていたイヴェットさんが優雅に口を挟んできた。


「あらあら。わたくしからしてみれば、あれは貴族がさっさとふたりの婚姻を認め、裁判なんかにかけるべきではなかったと思いますけどねえ。恋と結婚は別物って考え方は今でものさばってはいますが、協力し合えない相手と結婚しても、互いに不幸になるだけですから」

「あら、そうマドモワゼルは認めてくれますか?」

「はい」


 イヴェットさんはイヴェットさんで、店長と身分の問題で結婚できなかったからこそ、結婚するしないは協力できるかできないかの問題。協力できる相手となら問題ないけど、できない相手と結婚しても無駄って考え方なんだな。

 私がそうしみじみと思いながら「ええっと……」と口を開いた。


「やっぱり私の国の話でも、なかなかないです。強制的な結婚の末の駆け落ちって。うちの場合、駆け落ちってイコール心中みたいなところがあって、なかなか一般的な解決方法ではなかったんで」


 それには魔女さんやイヴェットさんだけでなく、黙って話を聞いていた店長まで凍り付いたような顔をしていた。

 うーんうーん、そもそもうちの国の場合も、駆け落ちは本当に最終手段だったし、駆け落ちした場合の刑が結構厳しかったから、最終的に心中してあの世で一緒になりましょうみたいなところがあったんだけど、この国だったら「そんな……」とドン引くことだったのかもしれない。

 うん、お国柄!

 皆が固まっている中、己を取り戻した魔女さんは、やがてクスクスと笑いはじめた。


「あのう……」

「いえ。そんな考え方もあるのだなと思って。少しだけ知見が深まりました。知見が深まったついでに。訪問者のあなたのこと、占ってもよろしいですか?」

「ええっと……」


 魔女についてはほとんど差別と偏見に塗れているらしいけれど。私にはやっぱり彼女のことが悪い人には見えず、彼女の席に座って占ってもらうことになった。彼女は興味深そうに、私の手を見ていた。この国にも手相占いってあるんだろうか。


「なにかわかりましたか?」

「いえ。あなたのマナは面白いと思いました」

「まなですか?」


 マナってなんだろうな。この国には魔力がいろんなことのエネルギー源になるらしいけど、マナはまた違うんだろうか。漠然とそう思っていたら、彼女は続けた。


「あなたは中心人物になることはありません。所謂舞台における脇役としての生涯を真っ当するでしょうね」

「はあ……」


 まあ、自分が主役と言うにはおこがましいけどなあ。私は思わず息を吐いたら、魔女さんはにこやかに続けた。


「ですが、あなたが傍にいることで、運命が好転する方々が現れます。この店を開いたときから、それは変わりつつあります」

「あれ?」


 この店は店長が開いたものだし、私が訪問者だってことは、彼女も知っているはず。私がここに来て、七日に一度だけ夜カフェ開いていることなんて、特に言ってないのに。

 彼女は会計でお金を置くと、「ごちそうさま、また来ますね」と立ち去っていった。

 私がポカンとしている中、店長が短く「おい」と言った。


「店長?」

「これ……旧硬貨じゃねえか」

「はい?」


 きゅうこうかって、旧硬貨? 使えないものなの?

 それを見てイヴェットさんが「あらあらまあまあ」と言った。


「これ、前王家の出してた金貨ねえ」

「あのう、これって使えないんですか?」

「使えないことはないけれど……これ、今の普通の硬貨の十倍の値段よ。換金しないと駄目ねえ」

「へあっ!?」


 私が思わず悲鳴を上げていると、それらを一部始終見届けていた店長が、ボソリと呟いた。


「……ずいぶんなものに好かれたな、お前も」

「私、特に面白いことしてませんけど!?」


 とりあえず旧硬貨は、イヴェットさんが伝手を使って換金してくれることになったのだった。

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