カフェテリア【ルミエール】
王都には大雑把に別れて三つの区画がある。
王城の通りは観光地と同時に、各地に住まう貴族の行き来がしやすいように大通りがつくられ、それに合わせて各地の王侯貴族をもてなすための高級店が並ぶ区画。当然ながら一般庶民が手出しできる値段ではない。
いろいろあって王都に流れてきた庶民が辿り着く区画。店もピンからキリまであり、ひたすら安物だけ並ぶ店もあれば、ぼったくりとしか言い様のない値段の店まであり、そこに住まう人々はなんとかくささくれ立っている印象がある。
そして高級区画と一般区画の間。ここが一番ごたごたしている。
観光にやってきた人々をもてなすための舞台が並び、毎日のように演劇や歌、バレエなどが公演されている。身分や出身地関係なく、どこかの劇団に飛び込み、一躍エトワールとして王都でも輝く称号を得られた人は、ひとりやふたりでなくいる。
そんな舞台の客をターゲットにした店やアパートメントが並ぶのが、私が暮らしている区画である。
「サエ、あちらのお客様にクグロフとコーヒー」
「はい、かしこまりました!」
今日も舞台が終わる頃、うちの店にも一気に客が押し寄せてくる。舞台を見に来て、その感想を言い合いにカフェや喫茶店に押し寄せるのは私の世界でも見たことあるけれど、こちらにもいるんだなあと感心する。
豪商の人や学生、観光客など、客層は様々だ。その中、私は店長に言われたクグロフの用意をしはじめた。クグロフは発酵させた生地にドライフルーツやナッツを加えて焼き込んだケーキであり、ふかふかとした食感が楽しめる。
うちの店では、クグロフを出す直前に粉砂糖を振りかけ、生クリームとラズベリーをトッピングしてお出ししている。綺麗になるように整えてから、私は急いで出しに行った。
「お待たせしました。クグロフとコーヒーになります」
「ありがとうございます」
観劇のために目一杯おめかししたのだろう。ミモザの花があしらわれた春めいたドレスの女性はにこやかに会釈をして、おいしそうにクグロフをいただきはじめた。
うちの店長のつくったクグロフ、私がレシピを聞いて試しにつくっても、いまいち同じ食感にはならない。発酵が足りないのか、はたまた生地の混ぜ具合が違うのか。とにかく店長のつくるお菓子はどれもこれも絶品で、観劇直後の客は夕方まで途切れることがない。
カフェテリア【ルミエール】。
それが王都のとある区画で営業している、私の職場だ。
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私、前芝佐枝がこの店で働きはじめてから、かれこれ三ヶ月になる。
……私の元いた世界ではどれだけの時間が経っているのかはわからないから、考えたことがない。
私は元々地元のカフェでパティシエとして働き、毎日馬車馬のようにお菓子を焼いて焼いて焼きまくっていたところで、いきなりこの世界に辿り着いてしまったのだ。
はじめは混乱したものの、この世界では概ねそういうことは「ありえる」らしかった。困り果てて彷徨っていたら、王城勤めの騎士がたまたま見つけてくれて、事情を聞き出してくれたのだ。
「ああ、王城に勤めている魔法使い殿がときどきおっしゃっています。ときおり異世界から訪問者が現れると」
「訪問者ですか……」
「稀に異世界の穴が空いてしまって、そこから人が紛れ込んでしまうと。別の国でしたら、妖精の取り替え子とか、神隠しとか言われてる現象ですね」
「ああ……」
神隠しと称される行方不明事件はときどき耳にする。妖精の取り替え子というのは、今はじめて聞いたけれど。つまりはこの国では、そんな異世界からの迷子がたびたび現れるらしかった。でも困る。
「でも困ります。帰れるんですか?」
「帰還できた例はあまり聞き及んではいませんが……一応こちらで身分証明書を発行して、しばらくの間働くことはできますよ」
身分証明書。それはかなり重要。どうやって帰ればいいのかは全然わからないけれど。私がうな垂れている中「ところで」と騎士さんから聞かれた。
「先程から甘い匂いをさせていますが、あなたはもしかして菓子職人かなにかですか?」
「ええっと……はい。元の世界で毎日お菓子焼いてる仕事をしていました」
「なんですと! あのう、さすがに異世界の方に王城で働かせるのは駄目なんですが」
まあ、そりゃそうだよね。どこの馬の骨ともわからん奴を王様たちのお膝元で働かせたりはしない。でも騎士さんは、とびきり素敵な提案をしてくれたのだ。
「元々宮廷料理人だった方が、ちょうど王都でカフェテリアを営んでましてね! 場所がちょうど観光地なため、人出が足りずに困ってらしたんですよ! よろしかったら、そちらで働きませんか!? いえ、むしろ働いてくださいお願いします!」
「えっ? そりゃ私としては渡りに舟なんですけど……そんなにいい店なんですか?」
「はい、そりゃもう!」
どうも騎士さん、王城詰めで働いている中、毎日の楽しみがその人のつくる食後のデザートだったのに、その人が王城働き辞めてしまってしょげていたら、店を開いていたので嬉しかったらしかった。そこが廃業の危機となったら、そりゃ人出を送りたくもなる。
こうして私は身分証明書と紹介状を持って、人に聞きながら目的の店へと出かけはじめた。
それがカフェテリア【ルミエール】との出会いだった。