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きのこたけのこ戦争

作者: さば缶

 振り返れば、すべては些細なきっかけだった。

ある日、棚に並んだ「きのこの山」と「たけのこの里」のどちらを買うかで、友人同士が軽い言い争いを始めたのが始まりだった。

それがいつの間にか街中を巻き込む宗教戦争のような内乱へと発展するなんて、誰も予想していなかった。


 最初は冗談半分だった。

「きのこ」の形が愛らしいと笑い合い、「たけのこ」の食感がたまらないと語り合うだけで、笑顔が絶えなかった。

ところが、その小さな嗜好の違いを取り繕えなくなった人々が、知らず知らずのうちにそれぞれの“派閥”を作り始めた。

きのこの山派は「頭のチョコの甘さこそ至高」と主張し、たけのこの里派は「サクサクのビスケットこそ唯一無二」と声を張り上げる。

そうして派閥間の火花は常軌を逸して大きくなっていった。


 やがて街には、きのこの山派とたけのこの里派のシンボルが至る所に掲げられるようになった。

旗にはそれぞれの形を模した紋章が描かれ、通りでは支持を明らかにしない者は冷たい視線を浴びる。

いつしか人々は「どちらの菓子を支持しているか」を聞く前に警戒の目を光らせるようになり、相手によって態度を露骨に変えるようになった。

少年たちは親から「あの家はきのこ派だから近づくな」と教えられ、恋人同士ですら対立する派閥に属していれば険悪になる。

一緒に食事をすることさえも気まずく感じられる世の中になり始めていた。


 私の友人である真司と美咲は、まさにそんな運命に翻弄された。

もともと何年も付き合っていた二人は仲睦まじく、些細な趣味や好みの違いを補い合っていた。

ところが、あるとき美咲の方が「私はたけのこの里派だ」と意を決したように言い、真司は「俺はずっときのこの山派だったんだ」と声を荒らげてしまった。

ほんの一瞬の行き違いが、二人の間に深い溝を生む。

それはちょっとした喧嘩で済むようなものではなかった。

「じゃあ、もう一緒にはいられないね」と美咲が冷たく告げたとき、真司の肩が震えていた。


 内乱が激化するにつれ、政府も自警団も当てにならなくなった。

あちこちの通りではきのこの山派とたけのこの里派が武器を手に衝突し、家々のガラスは割れ、火の手が上がる光景が日常と化していく。

それぞれの派閥は仲間を増やそうと躍起になり、時には無理やり相手を捕えて自分の陣営のお菓子を食べさせ、「味を理解させろ」とばかりに洗脳まがいの行為を行う。

「ほら、頭のチョコの豊かさが分かるだろ」と迫る声もあれば、「サクサクの生地を噛んでみろ」と低く脅す声も聞こえてくる。

聞くに堪えない悲鳴が路地裏から幾重にも響き、人々は外を歩くことさえ恐ろしくなった。


 私自身はどちらの派閥にも加担せず、荒廃していく街をひそかに見つめていた。

「そんなに大きな違いがあるのか」と問うても、どちらの陣営も妥協を許さない。

まるで神の教えをめぐる宗教戦争に似ていた。

外見や口当たりの違いなど、当事者からすれば存在そのものを否定されるような重大事なのだろう。

けれど、その選択は命を左右するほどの重みを持ち始めていた。


 ある日、真司と偶然再会した。

彼はきのこの山派の下級兵士として、半ば強制的に戦いに駆り出されているという。

「美咲を見なかったか。

あいつはたけのこ派の前線にいるらしいんだ」

そう呟く真司の瞳は充血していた。

傷だらけの頬や乾いた血痕を見れば、どれだけの修羅場をくぐり抜けてきたか一目で分かる。

「会えたとしても、もうお互い敵同士なんだろう。

でも……」

そこで言葉を飲み込んだ真司の唇がかすかに震えていた。


 両陣営にはスパイが入り乱れ、鞍替えする者も後を絶たなかった。

うまい具合に取り入って、相手陣営の弱点を探る。

時には和解を装って菓子を取り替え、相手に毒を混ぜ込んだチョコを食べさせるという悪質な手段まで横行した。

互いの疑心暗鬼は高まり、人間関係はますます綻びを見せていく。

中には家族同士でも裏切りが起こるほど、争いの根は深く広がっていた。


 そんな狂気を目の当たりにしながら、私は町外れの廃工場に身を隠すようになった。

そこで出会ったのは、久しぶりに会う姉だった。

姉はきのこの山派に家を焼かれ、逃げてきたらしい。

「何もかも焼き尽くされたわ。

もう二度とあのお菓子なんて見たくない」

姉の目には絶望が張り付いていた。

それでも彼女はたけのこの里派に与することはなく、「どちらにも属さない」と言い続けていた。


 夜がふけると外ではまた銃声や爆発音が鳴り響く。

空にはオレンジ色の炎が灯り、人の叫び声が混ざる。

その騒音の合間に、小さく泣きじゃくる声があった。

見れば幼い子どもが独りで震えている。

子どもの両親は、きのこの山派とたけのこの里派に分かれて殺し合い、どちらも帰ってこなくなったという。

姉はその子を抱きしめ、「大丈夫よ」と耳元で繰り返す。

だが事態を収める術は、私たちにはなかった。


 これほど多くの犠牲を払ってまで、人々は何を求めているのか。

真司と美咲のように、ほんの少しすれ違っただけで離ればなれになってしまう人々を、私は他にもたくさん見てきた。

多くの血が流れても、もはや止まる気配はない。

「俺たちは本当に、菓子の違いで殺し合っているのか」

真司が最期にかすれ声でそう呟いたことが耳から離れない。

けれど夜明けとともに、街のあちこちで爆発が起き、また新たな地獄絵図が広がっていく。


 炎で赤く染まる空を見上げながら、私は何もかもが崩壊していく音を聞いた。

甘くて小さなチョコレート菓子をめぐる戦争は、すでに多くを破壊し、多くを絶望に突き落とした。

いつの日か、きのこの山派とたけのこの里派が手を取り合う未来が来るのだろうか。

そう願う人間すら少なくなってしまったこの街で、ただ、生き延びることだけを考えるしかない。

ちなみに、私はコアラのマーチ派だが、今の状況でそんな事は口が裂けても言えなかった。

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