シグナルコード - 未来の共鳴｟Signal Code: Resonance of the Future｠

第1話：目覚めのシグナル

「ロボット掃除機が、また私の靴下を食べてしまった…」

　かつては未来都市の象徴とされたネクサスシティ。

　その輝かしい名声も、今やハルカ・アオバにとってはただの灰色の風景に過ぎなかった。

　高層ビルのガラス窓が冷たく反射し、無機質な広告が目まぐるしく映し出される。

　行き交う人々も、まるで感情をプログラムされたロボットのように無表情だった。

　ハルカはこの都市の中で孤独感に苛まれながら日々を過ごしていた。

　幼い頃に親友を失った経験が、彼女の心を深い孤独で満たしていた。

　あの日、手を伸ばせば届く距離にいた親友を、自分は救えなかった。

　その無力感が、ハルカの心を今もなお締め付けていた。

　心臓の奥底に、鈍い痛みが走る。

　今日もまた、あの記憶が蘇る。

　幼いハルカは、親友と手をつないで笑い合っていた。

　しかし、次の瞬間、親友の姿は車道に飛び出し、無情なタイヤ音と悲鳴が響き渡る。

　ハルカは手を伸ばすが、届かない。

　親友の笑顔が、血に染まり、永遠に閉ざされる。

　その光景は、ハルカの心に深い傷を残し、彼女を孤独の淵へと突き落とした。

　高層ビルが無限に連なる街並みの中、都市の中心を走る無人列車に揺られながら、彼女はイヤホンから流れる静かな音楽に耳を傾けていた。

　束の間の平穏。

　どこか遠く、儚い夢のような時間。

「また、今日も学校か…」

　ガラス越しに映る自分の姿に向かって小さくつぶやくハルカ。

　鏡のように反射するガラス窓に映る自分の顔は、どこかぼんやりとしていて、瞳の奥にある輝きも失われているように感じた。

　髪を指でくるくる巻きながら、いつもの癖が出てしまう。

　ネクサスシティの巨大なスクリーンに映し出される広告や鮮やかな色彩の光が、彼女にとってはただの背景ノイズだった。

　彼女が感じた違和感は、周囲の音や視覚情報がかすかに歪んで聞こえることから始まり、その孤独感は深まっていった。

　ハルカは日常の中で常に孤独を感じ、心の奥底で何かが変わりつつあることに気づき始めていた。

　彼女の心臓は時折、不安定なリズムを刻んでいた。

　まるで、何かを訴えかけるかのように。

　しかし、その日、すべてが変わった。

　学校の授業が終わり、いつも通りの帰り道を歩いていた時、ハルカは胸の奥に奇妙な感覚を覚えた。

　心臓の鼓動が不規則に早くなり、体温が急に上がったような感覚。

　何かが起きている。

　得体の知れない恐怖が、ハルカの心を覆い尽くす。

「変だな…」

　ハルカは足を止め、額に汗をにじませながら自分の体に起きている異変を確認した。

　突然、視界が揺れ始め、周囲の景色がぼやけたかと思うと、まるで頭蓋骨を内側からこじ開けられるかのような、強烈な頭痛が襲ってきた。

　彼女は思わずしゃがみ込み、両手で頭を抱えた。

「何、これ…誰か…誰か助けて…」

　すると、まるでその苦痛に応えるかのように、頭の中に言葉が響いた。

『シグナル・コード、目覚めし者よ』

　シグナル・コードはただの力ではない。

　各コードには特定の象徴的な意味が込められており、ハルカのコードは「共鳴」をテーマにしている。

　彼女の感情の波動は、周囲の世界と共鳴し、時に思いもよらない現象を引き起こす。

　しかし、感情のバランスが崩れると、その力は制御不能となり、全てを飲み込む破壊の渦と化す。

　その瞬間、ハルカの体は太陽よりも眩しく、全てを焼き尽くすかのような白さの光に包まれた。

　耳をつんざく轟音と共に、視界が白く染まり、無数の針が刺さるような激痛が全身を貫いた。

　焦げたような、何かが燃える匂いが鼻腔を満たし、口の中には、鉄のような、恐怖の味が広がった。

　ハルカは叫び声を上げることさえできず、ただただ光の中に意識を飲み込まれていった。

　次の瞬間、ハルカの意識は、光の中を漂っているようだった。

　安らぎと恐怖が入り混じった、不思議な感覚。

　そして、彼女は一つの光景を目にした。

　それは、幼い頃の自分と親友が、楽しそうに遊んでいる姿だった。

　しかし、次の瞬間、光景は一変する。

　親友が事故に遭い、助けを求める声が聞こえる。

　ハルカは手を伸ばすが、届かない。

　親友は、彼女の目の前でゆっくりと消えていく。

「いやだ…！」

　ハルカは心の底から叫んだ。

　そして、その叫びと共に、光がさらに強さを増した。

　再び意識が戻った時、ハルカは自分が立っている場所に見覚えがないことに気づいた。

　そこは、まるでデジタルアートの世界に迷い込んだかのような、奇妙で美しい空間だった。

　地面は青白い光を放ち、空にはオーロラのように揺らめく光が流れていた。

「ここは…どこ…？」

　ハルカは戸惑いながらも、ゆっくりと立ち上がった。

　すると、足元から青い光が波紋のように広がり、彼女を包み込んだ。

「これが…私の力…？」

　ハルカは驚きながらも、自分の中に眠っていた力が目覚めたことを実感した。

　しかし、同時に、あの光の中での光景がフラッシュバックする。

　親友を失った時の無力感、そして、今の自分の力への恐怖。

　ハルカの心は、再び孤独と不安で満たされていく。

「誰か、助けて…！」

　再び心の中で叫ぶハルカ。

　すると、遠くから足音が聞こえてきた。

　スーツを着た男たちが、無言でこちらに向かってくる。

　彼らの目には異様な冷徹さが宿っていた。

　一人は、まるで獲物を品定めするかのようにハルカを見つめ、もう一人は、微かに震える手を拳に握りしめていた。

「なんで、私を追ってるの…？」

　ハルカは直感的に、その男たちが自分に害を加えようとしていることを感じ取った。

　逃げなければいけない。

　しかし、体は鉛のように重く、動くことができない。

　恐怖がハルカの心を再び支配し始める。

　その時、男たちの背後から、聞き覚えのある声が響いた。

「お前が『シグナル・コード』の覚醒者か…」

　冷たい声が背後から響いた。

　ハルカが恐る恐る振り向くと、そこには見たこともない謎の男が立っていた。

　その顔には無機質な笑みが浮かんでいる。

　男の瞳は、獲物を狩る獣のようにハルカを射抜いた。

「君を、孤独から解放してあげよう」

　ハルカは思わず後ずさった。

「解放…って、どういう意味？」

　男は不気味に口角を上げた。

「すぐにわかるさ。さあ、余と一緒に来たまえ。君が本当に求めている世界へ」

　男の言葉に、ハルカは戸惑いながらも、かすかな希望を感じた。

　もしかしたら、この男は本当に自分を孤独から救ってくれるのかもしれない。

　しかし、その直感的な恐怖は消えない。

　希望と不安が入り混じる中、ハルカは男に向かって一歩を踏み出した。

　その瞬間、男の顔が歪み、不気味な笑みが広がった。

「残念だが、君を解放するのは余ではない。真の解放は、絶望の果てにこそあるのだよ」

　その言葉の意味とは？

　そして、この男の正体とは？

　ネクサスシティの冷たい光が、ハルカの小さな影を飲み込もうとしていた。

　果たして、彼女は自分の力を受け入れ、この街に光を取り戻すことができるか。

　そして、彼女を待ち受ける運命とは？