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第7話 悪巧みの光

 バチバチバチバチバチ



 そんな音を立てて光が弾ける。



 久しぶりの花火は夜の浜辺の闇を背後にして、とても綺麗だった。



「はぁ……」



 綺麗に光が炸裂する様子を見て、自然とため息が出てしまう。



 そう、光が強ければ強いほど闇も濃くなるように、花火の美しさを見ると自分の中にある暗闇も顔を出すのだ。



 自分は18歳だ。本格的な冬を手前にして家出をしているが、今は大事な大学受験を見据えた勉強をするべき時期である。自分の将来が不明瞭で嫌気が差してこんなことになっているが、それは他の人だって同じだ、それでもみんな頑張っているはずだ。自分だけ遊んでいて良いのか。両親に心配させてしまっているな。そう考えてしまう。



 バチバチと散る光の中に、楽しい思い出が見えるようで、それが自分を強く攻め立てる。



 早く帰らないといけないのに、帰りたくない。ふわふわとしたまま生きているのが恥ずかしくて、情けなくて、答えが欲しいと嘆く自分がロクでもない悪党に見えてしまう。



 光は未だに輝いている。



 突然のことだった。頭に軽く衝撃が走る。



「こらこら、綺麗な物を見て感動したって言うタメ息なら良いけれども、君のタメ息は違うものだろう?それは駄目だ。」



 どうやらヴァンスが私の頭に軽くチョップを落としたようだ。



「誰かさんが立ち入り禁止って言葉を無視して、花火をやらせてることに、ため息が出ないと思ってるの?」



 つい嘘を吐く。彼にはどうも素直になれないし、なりたくない。



「はぁーーー………良いかい?よく聞きなさい。君に楽しんで欲しくてこんなことをしてるんだ。楽しんでくれないと困るよ」



「私の気持ちを無視して楽しめって理不尽じゃない?」



「そんな気持ちは忘れてしまえば良いだろう?」



 簡単に言ってくれる。彼は私の性格を分かってるのに、そんな言葉をよく言えるものだ。



「ひどい人」



 つい、言ってしまった。しかし彼はそれを受け入れた。



「そうだね、私はひどい人だね。…だからこそ酷い大人として言うけれども、未来なんて考えるだけ無駄だよ。」



 頭の中が沸騰する。考えてきた言葉が、積み重ねてきた不安が燃え盛る。



「私が考えてきたことを否定しないで!未来は大事だよ!後悔なんてしたくないし、嫌な思いもしたくない!」



 強く言って、ハッとなる。彼は怒っていないだろうか?



「馬鹿だね本当に馬鹿だね。今を楽しめない奴が未来だって楽しめる訳がないだろう?」



 彼はいつものクツクツとした笑みを浮かべては居なかった。本気で一人の大人として私を見ている。それはとても怖かった。



「良いかい?未来って言うのは地続きの今なんだ。今の延長線上にある事実だよ。良い未来を願ったら過去が変わるのかい?触れるのかい?」



「未来なんて絶対的な物じゃない。こうすれば後悔する。なんて誰にも分からない。ならばなぜ後悔しないように、痛い思いをしないように、と周りの大人が言うのはなぜだと思う?」



「沢山後悔してきたから」



 そう答えるとヴァンスはやれやれと首をふる



「間違いではない。彼らは後悔しただろう。しかしそれは自分で選択し、自分で行動した。それで痛い思いをしたんだ。そこにはきっと納得がある。自分の人生に対してね。」



 今の君には無いものだよ。ヴァンスは無慈悲にそう言った。



「でも、それでも彼らは後悔したんです。それに習うべきじゃないですか!」



「確かにそれはそうだよ。だけどね、君の明日を決めるのは君であるべきだ。」



「それが分かったら苦労しないよ!」


「そう!だから考えるだけ無駄なんだ!」



 ヴァンスは私の言葉に被せるように言った。



「未来なんて今の延長線だ。だからより良い未来のために今努力する。その姿勢は正しい、偉い子だね。だけども、いつまでそうやって見えもしない、見たことのないものに取り憑かれないといけないんだい?」



「いったいいつまで、今を犠牲にし続けるつもりなのかな。」



 でも、でも、と頭のなかが言うが、なにも反論が出てこない。



 より良い未来のために今を犠牲にする。それはいつまで続くのか分からない。



「それが、自分で選択した未来ならば納得もできるだろう。けれども君は納得していないんじゃないのかい?」



「…人生は大きいキャンバスみたいなものだ。君は自分で自分の未来を描けないのに、他人から使う絵の具ばかりを渡されて、それを眺めているだけだよ。なにも進まない。なにを書けば良いか分からない。」



「白紙のキャンバスを大事に大事に眺めてる。そんなもの、自分の思うように書くべきだよ。書いていつかきっと後悔するだろう。でもそれが生きている証明なんだ。人は後悔を悪いことと思い込んで、失敗を悪と勘違いしている。本当の悪は、自分で筆を握らないことだよ。」



「でも、分からないよ…そんなのなにをすれば良いかなんて」



 弱々しく答える。



「そう、考えるだけ無駄なんだ。だから失敗でも、後悔でも良い、悪いことだと分かっていても、それでも良い。私たちは今を楽しむしかないんだよ。」



「今の延長線に未来があるなら、未来からみた今は過去であり、君にとっては犠牲にされた白紙だ。良い未来と言うのは過去を振り返ったとき、悪くなかったって思えることだ。」



「振り返ったとき、犠牲にしてきたものが積み上げた残骸を見て、悪くなかった。と言えるほどに良い未来なんてないよ。」



「だから今を楽しめ、そうすれば少なくとも、悪かった。なんて思わない。」



 そう言ってヴァンスは笑った。



「まぁ考えなさすぎも問題だけれどね。」



 ひどい大人だと思った。



 考えすぎるなと言いつつ、考えないと生きていけないとも言う。納得できるなにかを教えてくれるわけでもなく。ただ私に悪い子になれと言った。



 本当に…ひどい大人だ。





 ほら、と彼が私に手渡ししてくる。



「これは?」



「爆発しながら回転する花火だよ」



「え、怖いからヴァンスがやってよ」



「いや、君がやりなさい。なに簡単だよ、火をつけたら遠くに投げるだけさ」



 不安げに見るが、ヴァンスはやりなさいと無言の圧を私に向けている。



「分かったよ」



 火のついた線香を導線につける。するとバチバチと音を立てた。



「わ!」



 ビックリしながらもすぐに投げた。



 すると、バチバチと強い光が駒のようにくるくる回っている。



 怖かったが、面白いと感じた。



「次はこれかな」



 また次の花火を手渡ししてくる。今度のは「飛ぶ」とか「弾ける」とか物騒なワードが書かれていた。



「これ本当に大丈夫?」



「大丈夫だって」



 ヴァンスは自分がやらないからか笑っている。無責任な奴だ。



「地面において火を着けて、走って逃げる。ね」



 また物騒なことが書かれてると愚痴を漏らす。



「火遊びみたいなものだし、危ないのは事実だからね」



 ヴァンスはカラカラと笑う。



「まぁまぁ、一緒に火を着けるまで見ててあげるから」



 ……はぁ。諦めて砂浜にこの飛行機のような形の花火を置き、線香の火を近づける。するとさっきのコマより大きくバチバチと跳ねた。驚いて花火から逃げるように走った。



 バチチチチ!!とひどい音と共に空へ上がって終わるだけに飽きたらず、私の方に飛んで来た。



 びっくりして逃げたが、飛行機はそれを嘲笑うように私の頭の上を飛び越えて飛んで行った。



 走ったせいで息が乱れて最悪だったけれども。



「はーもう、馬鹿馬鹿しい!」



 楽しい。ただ楽しかった。



「ほら!次はなにをすればいいの!」








 ひとしきり、おもちゃのようなバカが考えたような、アホらしい花火で遊んだ。するとヴァンスは満足げに言った。



「やっぱり締めは打ち上げ花火だ。」



 砂浜にしっかり埋める。倒れたら本気で不味いとしっかり丁寧に埋めた。



「ふぅ、ほら火を着けな?」



「はーい」



 火を着ける。またバチバチと導火線が燃えた。何度もやったからもう怯えはない。急いで距離を取った。



 振り返って、眺めていると。



   パン!



 と、大きな音をたてて、光が海へ飛んで行った。



「お祭りに比べるとしょぼい」



「でもまぁ、いい気分だろう?」



 そうだねと笑った。




「おーーーい!コラーー!なにをしてるんだーーー!」



 遠くから聞こえた。そうだったここ、立ち入り禁止って書かれてた。謝らないと!



「やべ!逃げるぞ!」



「え?」



 ヴァンスは私を抱えて、走り出した。お姫様抱っこって奴だった。







「ふぅ、良かった良かった。」



「なにが良かったのよ!片付けもしてないし、謝ってないよ!」



「はは!でも面白かったろう?」



 なにも言い返せない。



「そう怒らないでおくれ。楽しかったから良いじゃないか、片付けはあっちの警備員がやってくれるよ。」



「本当にわるい大人だね!」



「謝らなくて良いのなら謝りたくはないね。」



「も~!どう考えても謝るべきでしょ!」



「楽しかったから良いじゃないか。」



 そう言って夜の町を並んで帰った。いつものように。だけどいつもより胸は弾んだ。最高の一日だった。

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