第24話 虚言と事実
…嫌な予感がしていた。
だけれど扉を開くまでは現実じゃない。シュレディンガーもそう言ってた。
勘弁してくれよ…。本当に勘弁してくれ。そう思いながら。
ゆっくり、ゆっくり、扉を開く。
そこには、やはりと言うべきだが、そう言いたくない人物がいた。
「…おはよう。ヴァンス」
困った…本当に、困った。俺はいったいどんな顔で、どんな言葉を言うべきなんだ。
「お家に上がってもいい?」
迷った。とても迷った。だが、あの場所にはフェルンがいた。もう事情はバレているはずだ。
なのに俺はまだーーーーーーー嘘に頼ろうとしている。
「ヴァンス?」
少し怯えが見える。そんな自分にゲンナリする。そして結局。
「どうぞ」
逃げてしまった。
ネルは静かに座っている。前いた家とは間取りが違うが、まるでいままでそこにいたと思えるほど、自然に溶け込んでいる。
気のせいだ。俺の気のせいだ。そんなこと分かってる。
「お姉さん…フェルンさんから聞いたよ」
俺はなにも言えない。針のむしろに立たされる。そんな気分。
「ヴァンスは優しいね」
辞めろ、辞めてくれ。
「嘘を吐いたのは許せないけれど」
頼む。俺を肯定しないでくれ。
「許します」
信じられないほど、心臓が痛い。心が痛い。具合が悪い。
「あのね。ヴァンス…」
これ以上なにを言うつもりだ。
「下手くそな嘘でも騙されてあげるから」
やめろやめろやめてくれ!
「また、遊びに連れていって」
……………………………………………。
「俺みたいなので良いのか」
「うん」
「どこに行く?」
「本屋とゲームセンターは嫌い?」
「嫌いじゃない」
何年ぶりだろうか、いやそんな年月は経ってなどいない。しかしそう思えるほど、遠く遠く感じた。
ヴァンスとネルは二人並んで町を歩く。
あの日とまったく違う風景なのに、なぜだかとても懐かしく思えてしまう。そんな自分にゲンナリする。
「ヴァンスは乱読家って本当?」
人々が脈々と受け継いできた、文字と言う概念が集約している場所で、ネルは俺にそう聞いた。
「本当だ。ただ、好みはある」
「それはなに?」
「人が派手に死ぬ本が好き」
「酷いね…」
「悪かったな趣味が悪くて」
「そんな趣味の悪いヴァンスにこの本をオススメします」
ダークファンタジーと呼ばれる本を渡された。
「主人公以外死ぬらしいよ。なのに評価高いんだって」
「へぇ、読ませて貰う」
「ヴァンスのオススメも教えて」
迷った。俺は悪趣味だ。だから昔も押し付けなかったのに。そして色々と考えて、1つの本にたどり着いた。
「ん?この恋愛小説って」
「そうだよ。昔、お前に感化されて買っちまった本だ」
「それをオススメする?普通」
「悪いな。趣味が悪くてそれしか知らん」
「別に趣味が悪くても良いよ」
そうネルはそう言って距離を詰めてくる。心の距離を詰めてくる。だからこそ。
「駄目だ。オススメしない」
ネルは不機嫌になるかなと思ったが、そんな事はなかった。
…辞めてくれ。そんな顔をしなくでくれ。
なんだか、上の空だ。さっきから俺の心は上擦っている。俺が俺じゃない。そんな感覚がする。
いや気のせいだ。ただ、目の前のことから逃げたいだけなんだ。それを知っている。俺は間違いなく俺らしい行動をしている。
ネルに連れられカフェにきた。
「さすがに食べ物は嘘吐いてないよね?」
「わざわざそんなことしてまで、嫌いもの食べねぇよ」
「良かった~」
「あ、でもバランスよく食べてる?」
「食ってるよ」
「ジャンクフードばっかり食べてない?」
「悪い…最近それしか食ってねぇ」
「嘘つき~。ま、知ってたけれどね。せめて外食では野菜を摂ってよ」
「あぁそうする」
目の前で美味しそうに食べるネルが本当に大切で…。
「ゲームは好き?」
「昔は嫌いだった」
「今は?」
「お前のせいで嫌いじゃない」
「よかった」
「なんで?」
「私ね、ゲームを作ろうと思ってるの。ヴァンスがゲームを嫌いだったら嫌だなって思って」
「別に関係ないだろ。俺が好きだろうが嫌いだろうが」
「嫌。嫌って言ったの。ヴァンスが嫌いでも、ヴァンスが遊んでくれたからゲームを作りたいって思ったの」
「まぁヴァンスが嫌いじゃなくて良かった」
やめてくれ。そんな顔を向けないでくれ。
「ヴァンスって思ったより上手くないね」
「はは、お前とやった時、実は初めてだったんだ」
「それなのにペーパードライバーって煽ったの?」
「そうだな」
「性格わるーい」
「悪くてすまんね」
「別に悪くても良いよ。遊ぼう」
そんな目で俺を見ないでくれ。
「はー遊んだ。遊んだ。まさかヴァンスと同じスマホゲームしてるとは思わなかった」
「課金はほどほどにね?」
「ふ、無理だ」
「駄目人間め」
「はぁ?いやいや金を払うのはゲームを楽しませて貰ってる対価だろ」
「別に課金が悪いなんて言ってないよ。ほどほどにねって言っただけ」
「私の勝ちー」
懐かしいな。思い出が重苦しい。
「嬉しいな~」
「なにが?」
「私がゲームを好きになった理由がヴァンスで、ヴァンスがゲームを好きになった理由が私。って言うのが嬉しいなって」
…………あぁ酷い、酷い夢だ。優しすぎる。優しくて残酷だ。
ネルに連れられるままにゲームセンターを後にしようとした時。
「見て、ここにもある」
ネルが指を指した先は悪夢の写真機だった。
「勘弁してくれ。写真は嫌いだ」
「お願い」
………俺はチョロいな。反吐が出る。
「あははは。嫌そうな顔」
「だから言ったんだ。嫌いだって」
「なのに撮ってくれたの?優しいね」
その言葉を言わないでくれ…。
「もう、嫌そうな顔をしないでよ」
ネルに連れられてゲームセンターを去る。
「こんな所に公園があるとは知らなかった」
「えぇー家の周りのマップぐらい調べようよ。すぐに出てくるじゃん」
「どうせ引っ越すからどうでも良かったんだよ」
「ふーん」
「ま、良いけれどね」
そしてネルは立ち止まった。そして俺の方へ向いた。
あぁなんか言うな。そう思った。それと同じくらい、なにも言わないでくれとも思った。
「あのね、ヴァンス…」
「ヴァンスが好き」
「ヴァンスは私が…私を欲しがってくれる?」
欲しいんだ。お前が欲しいんだ。だが、だからこそ、お前は俺と関わってはいけないんだ。
「………」
「なんとか言ってよ……。下手くそでも騙されてあげるから」
「…すまない」
「はー…ヴァンスは酷い奴だね。こんなにも歩み寄ったのに、駄目なんだね」
「あぁ、悪いがお前を求めるわけにはいかない」
「…そっか。なら、連絡先ぐらいちょうだい」
駄目だ。そう言うべきだ。駄目だと言え!
「分かった」
「やった」
…最悪だ。俺は中途半端で愚劣なロクデナシだ。
「ヴァンス…そんなに苦しまないで、私この気持ちを忘れるから。だからヴァンス…ありがとう。さようなら」
ネルの背中が俺を置いて行く。
遠くに。一歩。一歩。遠くに。時間も遠退いて…
気付けば手を取っていた。
「なに?ヴァンス?気が変わった?」
後ろからでは、顔は見れない。だが、声が震えていた。
「すまない。いや、ありがとう。さようならネル」
「…最低」
そう小さな声で聞こえた。
なにも言い返せない。
「全部嘘にしてよ!全部騙してよ!私を騙して来たのに!…私には騙されてくれないの?」
ネルの声は徐々に小さくなっていく。そしてネルは突如振り返って俺の胸へ突進してきた。
「嫌い!嫌い!大っ嫌い!……嘘って言ってよ…」
弱々しくて抱き締めようと思った、その手を見て、ーーーーー辞めた。
…俺は命を奪う。もし今、抱き締めてしまったら、いつかこの手でこの子を殺してしまう。
「…抱き締めてはくれないんだね」
ネルはグスグスと震えた声と体でそう言ってくる。
そしてしばらくたった後。ネルは落ち着いた。そして
「大好きで、大っ嫌い。さようなら。ヴァンス、ありがとう。」
そう言って踵を返した。
俺はその背が見えなくなるまで見ていた。
ただ、見ていた。その場から1歩も動けず。ただ、見ていた。
がらんどうの部屋。
酒でも飲もうかと、思ったが辞めた。
俺はちゃんと受け入れるべきなんだ。
どうやら俺の心に穴が空いたようで、空虚だ。
しかしそんな空虚の中に1つだけ、俺に焼き付いていた。




