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第21話 悪い大人

 今、二人は同じベッドの中にいた。フェルンがネルを抱き締める形で狭いベッドの中にいた。



「もう、私はベッドで寝れなくても大丈夫よ」



「嫌です。家主を差し置いて私がベッドを使うのは寝苦しいので、我慢してください」



 お姉さんが床で寝るなら私も床で寝る。と言い合った結果、昼のようにネルを背中から抱き締める形でフェルンは同じベッドにいる。



「貴方、結構意志が強いわね」



「お姉さんも変わりませんよ」



 そう言われると、なにも返せない。自覚があるため黙ってしまう。



「…お姉さん?」



 不安げな声だった。だからちょっと強く抱き締めた。



「苦しいよ~お姉さん」



 嫌そうな言葉で嬉しそうな声に変わった。



 それに満足してハグを緩めると、ネルの雰囲気が変わった。



「あの、お姉さんは、どうして私を連れてきたの?」



「そんなの簡単よ。見捨てられなかったから」



「それだけ…ですか?」



「そうね。子供を見捨てるのは夢見が悪いのよ」



「…私も質問してもいい?」



「どうぞ」



「言いたくなかったら言わなくても良いのだけれど…どうしてあんなに、疲れていたの?」



 沈黙。長く重い沈黙。今までの愉快なキャッチボールが凍るほどの。重い沈黙。



 ふと、考えた。家出したことを言いにくいのだろうか。ならば自分からそれを振った方がいいのじゃないか


 

「もしかして、ヴァンスに関係がある?」



 その一言はこの重みを吹き飛ばすには、少し強すぎたようだ。



 フェルンは自分の腕の中で、ネルがビクッとしたのを感じた。



 あぁ間違いないわね。さて、あの嘘つき男はいったいなにをしたのやら。



 そう考えていると、ネルがモゾモゾと動き出した。邪魔をしないように腕を退けると、ネルは半回転して、こちらを向いた。



 そしてフェルンの目を怯えの混じった視線で見て言った。



「お姉さんにとって…ヴァンスは…なんですか?」



 その目を見て、分かってしまった。理解できてしまった。この子は、あの嘘つき男に惚れてしまったんだ。と。



 …そして嘘を吐かなければならないことも同時に理解した。



 ヴァンスはこの子を、この世界に触れさせないように嘘を吐いたのだから。



「そうね。恋人よ」



 酷く具合の悪い。最悪な嘘を吐いた。



 ネルは私の目をじっと見ている。バレるわけにはいかない。目をそらす訳にはいかない。お願い。騙されて。ごめんね。騙されて。



 本当に、長い時間が経ったようにも、瞬き程の時間しか経っていないようにも感じた。先ほどの沈黙とは非にならないほど重苦しい空気が、2人の短い距離に割って入った。ーーーーーそんな気がした。



 幾世もの時が過ぎたあと、ネルはふいに、目を下にそらした。そしてそのままフェルンの胸に顔を埋める。まるで、幼い子供が親に甘えるように。



「ネル?」



 答えはない。泣くこともなかった。ただ、ネルは甘えるように、抱き締めてきた。



 その体温を、その抱擁を、裏切った心で受け入れる。



 最悪だ。ネルの信頼を裏切った。その事実が痛い。そして、そうしなくてはならない現実が憎い。



 ヴァンスが悪いと分かっている。私はヴァンスの尻拭いをしているのだ。だが、怒る気持ちになれない。



 ただ、ただ、辛いのだ。













「ありがとうございました。お世話になりました」



 そんな言葉を言って、ネルはこの家から去った。去り際の顔は普通に笑っていた。



 もう心は回復したんだ。と分かるからこそ、止めることが出来なかった。いや、止める資格を持っていないから、止める言葉が出なかった。



「はぁ……」



 これからどうするか。そんなの分かっている。あの嘘つき男に事情を説明するのだ。



 しかしめんどくさい。ダルい。怒る気力もない。



 ネルのために、あの嘘つき男をぶっ飛ばそうと思っていたのに。



「私も変わらないんじゃ、怒る資格がないわ」



 はぁ…。とため息を吐いた。



 時間は有限だ。迷うならやったほうが良い。そう生きてきた。だからこそ、やるか、やらないか、の決断は早い。



 相変わらず気分は良くない。だが、やるべきことはやらねばならない。そう思って、出掛ける準備をした。



「おい、ヴァンス。家に入れなさい」



「え、えぇ…」



 寝起きのような雰囲気を出している男は困惑している。しかしこちらも引くわけにはいかない。



「ネルと会ったわ。その事で話がある」



 一瞬で目付きと雰囲気が変わった。



「ふーん?…良いぜ、入れよ」



 そう言ってヴァンスは家の奥へ進んでいく。私はそれの後を追いかけた。



「で?なにがあった?」



 ローテーブルを挟んで向き合う。男は座りながら不機嫌そうに私を睨む。



「たまたま、夜に出会ったの」



 その出会いから、今日の別れまでたった2日の出来事。話し終えるのはすぐだった。



「で?つまり?俺とお前は恋人ってことか?」



「えぇ、そうよ」



「笑えねぇ冗談だ」



「そうね。最悪な嘘よ」



 少しの沈黙が流れた。目の前の男はなにを考えているのか分からない。話の始めから終わりまで、表情が動いていない。



 不気味すぎるほど静かだったが、男が口を開いた。



「まぁ、助かったよ。ありがとう」



 いつもヘラヘラしている男が、真面目な顔をしてそう言った。



「で?話はそれだけか?」



 そうだと肯定すると、ヴァンスは私を見るのをやめてよそ見を始めた。



 もう話すことはない。と言うことだろう。だから私も同じようにこの家を眺めてた。



 そしてこの2日で起こった、愛おしさ。喜び。悲しみ。怒り。憎しみ。やるせなさ。それらの感情の整理をしていた。



 殺し屋らしく殺風景な部屋だ。すぐに移動できるようなそんな最低限の、ロクデナシの家を眺めてた。



 すると、目に写る。異質。1つだけポツンと、置かれている場違いなフィギュア。



「あのフィギュアはなに?」



「ん?あぁ最近取った。移動するときに捨てる」



 私は知っている。あのフィギュアは今はもうゲーセンにないことを。あれがあった時期は、私とヴァンスが出会う前だったはずだ。つまり、引っ越す前にしか取れない物だ。それを捨てずに持っている。



 すぐにピンときた。ネルと遊んだときの思い出なんだと。それを捨てられないのだと。



 こいつは本当に、息を吐くように嘘を吐く。とんでもない嘘つきだ。



 ヴァンスの顔を見るが、相変わらずなにを考えているのか分からない。しかし、なにも考えていない、なんてことは絶対にない。



 本当にロクでもない男だ。














「やることも話すこともないならもう帰れよ」



 俺はうんざりだ。と言う雰囲気で手を追い払うように動かした。



「そうね。帰るとするわ」



「へぇ…めずらし」



「なにが?」



「なんでもねぇよ。とっとと帰りな」



 そう言うと女、フェルンは文句1つも言わずに家から出ていった。



 …アイツにも感傷って奴があったんだな。



 なんて大変失礼なことを考えながら、ヴァンスはネルのことを思い出す。



「いつ死ぬか分からん男なんて忘れてくれねぇかな」



 そう口にしているが、心ではなぜか喜びと哀切が同居していた。



「はぁ、酒でも飲むか」



 出掛けた。町はもう夜だった。冷たい夜の寒色を町の暖色が切り裂く。そんな夜だった。



 コンビニに入った。酒とツマミ、ついでに課金と手を伸ばす。そしてレジに向かう途中で、とある食べ物が目に入った。それを無感情なままにかごに入れた。



 焼き鳥。唐揚げ。チーズ類。干物。ついでにお菓子。目につく物を取り敢えず買ったせいで、机は物の置き場がなくなった。



 そして酸の抜ける音が始まりを告げた。



「うめ、うま」



 モグモグと食べる。考えてみれば、今日昼からなにも食べていないことに気づいた。



 空きっ腹に酒は良くない。だが、そんなことを忘れて食べ、飲んだ。



 色々と食べていくと、それらに埋もれていた。邪悪な食べ物が目についた。



「炙りチーズのイチゴタルト。最悪な食べ物だ」



 2度と食べないと思ったそれを、それでも手に取ったのは、自傷行為に近いものがあったのかも知れない。



「うえ、まっず」



 焼けたチーズの鬱陶しさが、イチゴタルトの食感を破壊し、イチゴの甘さと焼けたチーズ特有の香ばしさが混ざり合い。地獄のようだった。



「2度と食いたくね」



 その後、普通にゲームをした。酒を飲みながらだったのでかなりミスが目立ったが、怒りは沸いてこなかった。

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