第16話 二度とない
「ふぅ…。逃げたのね」
煙幕が晴れると、ニヤニヤとした狂人と呼ばれる男は消えていた。
「追うべきかな?」
そう行動しようとして、足に鈍い痛みが走る。軽い捻挫だろう。
いかにバケモノのような身体能力を持っていようとも、剣を振り抜いた後、片足で跳躍する無理をした代償だった。
護衛対象は死んでいない。仕事としては私の勝ちである。
だが、思い出すのはあの狂人の態度と言動。
「私の剣術を知っている?でもそれにしては行き当たりばったりで…」
そう彼女の通常攻撃にして必殺剣。50mを2秒で駆けるような、バケモノのような身体能力に任せた斬りつけ。
普通の人間では瞬間移動にも見紛う高速の一撃を、スレスレで回避した。それだけにあきたらず、爆弾による反撃までしてきた。
爆弾による攻撃。それにより焦ったこと実に6回。内4つは偽物だったが、死を間近に感じた。
それにこのバスターブレードが持つ矢避けの能力を即座に受け入れて、射撃をやめた。
「冷静すぎて不気味な人」
この剣と同じように遺物を使っているのだろうか?
もしくは彼自身に備わった力…。いったいどちらかな。
そう考えながら、踵を返す。足からは鈍い痛みが伝わってくる。
仕事としては私の勝ち。だけど、殺し屋としては私の負けかしら。
…もし、彼があのまま戦闘を続けていたら。
足から伝わる痛みがその未来を肯定する。
「狂人…まさに狂人。ぴったりね」
あの飄々とした姿を、もう1度見たいと思ってしまった。
「はぁ…どうも。依頼をしくじった三流です。なんかよう?」
ヴァンスはシュバイツァーに気分が悪いと態度で示す。
「あぁ、取り敢えず。生還してくれて良かった」
「ケッ!仕事はしくじったがな!」
「逸脱者を相手に生きて帰れた幸運を噛み締めたらどうだ?」
そう言われ、昨日の戦闘を思い出す。
「クソゲーだわあんなん!矢避けなんて馬鹿げた剣持ってきやがって!」
ギャイギャイと怒りのままに騒ぐ。
「だいたい!もっと爆弾持っとけば良かった!それがあればワンチャン…」
勝てた。と言おうとして、
「いや無理だわぁぁぁ…あの女イカれた身体能力してた。スタミナも有り余る雰囲気を出してたし」
思い出すのは相手の初撃。目の前にあった60メートルを2秒ほどで縮めてきた異常な身体能力に任せた切り払い。
予測がたったとき、あまりの荒唐無稽さに笑ってしまった。
そこから爆弾による反撃やブラフを多用し、追撃を止めたりして、なんとか生き延びれた。
「こっちは死ぬほど疲れたってのにあの女、息1つ上がっちゃいない」
シュバイツァーは笑う。
「なにがおかしい!言ってみろ!」
「いやなに、無傷で帰ってきてピンピンしてるのを見るとな。少し笑えた」
「クソが2度と会いたくない」
少し前まで戦いたいと思っていたのがバカらしい。
ヴァンスは少し不機嫌になりながら町を歩く。
「この町とも明日にはお別れか、なんだか寂しいな」
そう言って、自分にそんな感傷があることに驚く。
「ま、それもこれも全部」
あの子のせいだ。とは言わなかった。
あいつは悪くないしな。悪人なのは俺の方だ。
そんな感傷に身を任せ、町をふらつく。
ヴァンスの身長は高い。180センチはあり、靴を履くとより高く見える。そんな高い景色から見えた。
170センチを越えた女?帽子のせいで良く分からねぇが、そこらの男より身長が高いな。
その女が振り返る。そして目があった。
赤いーーーーーー。
脱兎のごとく逃げ出した。
「2度と会いたくねぇって言ったじゃねぇか!」
人混みの中でも、その動きを予測し、止まることなく走る。
普通の奴なら人に飲まれて追い付けまい。
そう考えながらも、体はより遠くへ駆け出した。
「はぁはぁはぁ……」
息が上がる
「あーしんど」
脇道に入り、視線も切った。さすがに逃げ切っただろう。
そう思いながらも、そろりそろりと体を隠しながら逃げてきた方向を伺う。
「ふぅ…あのオシャレ帽子は見当たらねぇな」
「へぇ、見る目はあるわね」
人は悪い事態に遭遇したとき、自分に都合のいいように考えてしまうものだ。時にそれは現状を正しく認識出来ない無能。と蔑まれたりする。
しかし、しかし、だ。逃避ぐらいは許されるべきだと思う。俺はどこかの会社の社長ってわけでも、国の偉い大臣って奴でもない。かわいそうな一般人だ。
だが、その逃げを、培ってきた技術が許さない。
体の正面には奴がいる。絶対に奴がいる。
顔は向けていない。逃げてきた道を覗いていたのが功を奏した。このまま顔の向いた方向に体を向けて走
「「ドン!」」
目の前に細くて色白な腕が現れる。その先にはネイルなどない、健康的な爪と指があった。
壁を叩いたらしいそれは、壁の破片をパラパラと落としていた。
いったいどんな力で叩いたらそんなことが出来るのか。皆目検討もつかない。
さて、物理的に逃げられないならせめて。と、していた現実逃避をやめようか。
俺はこの状況を知っている。最近読んだんだ。とある子供に触発されて読んだんだ。
そう、壁「ドン!」って奴だ。
普通やられたら嬉しいものじゃないのか?全然、全くこれっぽっちも嬉しくない。どうなってる?
取り敢えず逃げることを諦めた。仕方なく、本当に仕方なくだ。そして音をつけるならギチギチだろうか?それともギィギィだろうか。錆びた重い鉄の門扉を開くような感覚で、目の前にある腕の持ち主へゆっくり、頭と顔を向ける。
オシャレ帽子はなかった。
昨日より近くで見ているからか、より綺麗に光を反射しているように見える銀髪。ハイライトと言う奴かな。綺麗な赤い目は宝石のようだった。
なんて可愛らしい女だ。と諸手を上げてもいられない。
なぜならその女の口は獲物を追い詰めた狩人の、嗜虐的とも取れる笑みを浮かべていた。
オーマイガー。この女クレイジーすぎるよ。
「へぇ、そんな下手くそな笑顔も出来るのね」
「えー……。人違いではありませんか?」
「………」
「わたくしのように無実な一般人を…」
「御託は良いわ。2択をあげる。このまま私に従うか、この場で締められるか」
「シ、シタガイマス」
素直でよろしい。と手をどけ、左手で持っていた帽子を被る。
「さて、美味しいご飯が食べれるところに案内して」
ヴァンスは目の前で和食定食を食べている女を眺めながら。
なぜこの女は。なぜ俺はこの女と。そういった疑問が無数に浮かぶ。いっそ逃げてしまおうか、コイツは敵だ。おぉ、いい選択な気がしてきた。
逃げきれる訳がない。ということを考えなければ。
剣はさすがに持ち歩いていない。が、この女の怪力は驚異的だ。コイツなら俺の首を引っこ抜けるだろう。
冗談じゃねぇ。2度と会いたくねぇと思っていたのに、昨日の今日で遭遇するなんて笑えねぇ。
「そう、怯えないで、貴方が逃げないなら殺さないわ」
「えぇ…本当かよ」
「なら更に言うわ。無礼なことをしたら殺す」
「すみませんでした」
これ以上はやぶ蛇だな。どうせ逃げられないなら諦めるか。そう考えて言った。
「質問よろしいでしょうか」
「良いわよ。ただしその前に1つだけ言わせてもらうわ」
どんな悪魔的要望を口にするのか、と怯えていたら
「貴方の敬語は気味が悪いわ。辞めて貰える?」
「はぁ……。キッツー。」
そう溢したが、コイツは気分がよさそうだ。クソ
「あーあんたは…」
他人にコードネームなんて呼ばれたらどうなるか、俺なら仕事のスイッチが入る。だからそう言わなかった。
「フェルンよ。フェルンと呼んで。それで貴方は?」
逆にこちらの名前を聞いてきた。…コイツ、質問させる気あるのか?ワガママ過ぎんだろ…。
「ヴァンス」
「はいヴァンス。質問を許してあげます」
「あーあんた…フェルンさんはなぜ俺のような三流を追いかけてきたので?」
「ふーん。へぇ…。次、自分のことを三流と呼んだら、首と体を引き離してあげる」
「こわ~…」
「で、質問に答えてあげる。貴方を捕まえたのは、たまたま見掛けたからよ」
それだけ。と言葉をやめたが、それだけでわざわざあんなに追いかけるか?普通。
コイツ普通じゃねぇ…イカれてやがる。
「んじゃ私の質問。貴方、なぜ私の動きが分かったのかしら?」
鋭く赤い目がこちらを睨む。
嘘をつくべきか?でもバレたら殺されそー
「俺が生き残ってきた。生きるための力だぞ、おいそれと切り札を明かせるわけないだろ」
迷ったすえ、至極当たり前のことを言うことにした。
「当然ね」
「なら交換条件よ。なんでも、1つだけ嘘偽りなく「はい」か「いいえ」で答えてあげるわ。当然貴方にも答えて貰う」
意地でも聞き出すつもりらしい。嫌すぎる。
「拒否権は?」
「あげない」
「はぁ……」
「先に質問して良いわよ」
コイツ…自分が絶対的強者と理解していやがる。ろくでもねぇ!
と、そんな思考を即座に切り上げ、考える。なにを問うべきか、剣の性能。矢避け。怪力。コイツの見せた力が頭によぎる。
「あの剣には矢避け以外の力があるのか」
「いいえ」
遺物がそうそうあるわけない。組織に所属していないなら、なおのこと入手できないはずだ。ならばあの怪力は自前の力。
そして今の質問で、剣には矢避け以外の力はない。と確信できた。次戦うならもう少し危険に踏み込める。
もう、戦いたくねぇー。
「さて、私の番ね。貴方の回避能力は貴方に備わったもの?」
「…はい」
「ふーん」
瞬間。頭が予測した。目の前に拳が飛んで来る。死線が見えた。
嘘だろコイツ、拳で俺を殺せるのかよ!
フェルンが動くより先に顔を反らして避ける。顔の真横を電車が通ったような。そんな錯覚をした。
「本当みたいね」
糾弾しようとして、やめた。無駄だ。同じ状況になればコイツは必ず同じことをする。
めんどくせぇ…




