第11話 予感
タイトル変えました。
男は一流と呼ばれる殺し屋だった。
殺しに躊躇いもなく。焦りも。怯えもない。ただひたすらに、努めて冷静に最速で殺すべく。最短を行動してきた。
逸脱者と呼ばれる異常者どもに比べれば弱い方ではあるものの、こなした任務、殺してきた数。それらの経験が彼を今日まで生き延びさせてきた。
その経験が、カンが告げる。
自分は終わるのだと。
銀色の髪を短く整え、瞳には血より鮮やかな赤を湛えた彼女は、やってきた殺し屋を睥睨する。
「もしや、魔人ギーアか…?」
男は驚愕で顔を歪ませる。彼は一流と言っても差し支えない殺し屋だろう。しかし1人の人間でもある。怯えるのも仕方がない。
しかし男はその疑問や感情を排し、即座に弾を放つ。一流らしく素早く、的確な行動だ。しかしそのどれもが彼女、ギーアに当たることは無かった。
2回目の驚愕。
もう見飽きた。
「つまらない」
駆ける。人間が出せる最高速度を嘲笑うように、女は一瞬で距離を詰める。
時速90キロ。秒速にして25m/秒。
気付けば、目の前には分厚い巨剣を振り下ろす女がいた。
自分の頭がおかしくなったのか、それとも相手が瞬間移動でもしたのか。
その問いの答えを一流と呼ばれた男は知ることは出来ない。決して。
「はぁ…つまらないわ」
彼女…ギーアは雇われの護衛として、異常な金額を要求するが、今まで対象を殺させたことが無い。
その絶対的な経歴が彼女への依頼を減らすことはなかった。
殺し屋として生きていれば必ず聞くだろう。殺し屋にとっての悪夢。
「殺し屋殺しのギーア…ね」
女はつまらなさそうにその名を口にする。
逸脱者として名を上げたが、彼女の異常性や装備は知れ渡っていない。彼女は今まで敵対者を逃したことがない。
命の危険を感じたことがない。
ため息と共に、私を殺し得るのは同じ逸脱者しかいない。そう考えて、浮かんだ名前を無意識に口にする。
「狂人バエル…あなたは私を殺せるのかしら」
逸脱者として呼ばれてはいないが、その力は持っている存在。ギーアは期待しながら新たな逸脱者になり得る存在を待つ。
「同じ達成率100%、早く戦ってみたいわね」
ネル・フリードは品性良好な普通の人間である。
しかし彼女はヴァンスと言う奇人により。少しだけ悪い子になった。
家に帰宅時、彼女の親はとてもとても心配していた。が、理不尽になにも聞かずに怒鳴るような、そんな親ではなかった。
それがとても嬉しかった。
しかしそれはそれとして、ネルはなにが有ったかを語らなかった。悪いことはしていないと。その一点張りをし続けた。
「やりたいことが見つかった。申し訳ないけれど、行きたい大学を変えるね」
そう言い放った。
両親は驚いたが、それを受け入れた。
ネルはそこから死ぬほど勉強に励んだ。
家出した時期が冬一歩手前だったため、今は追い込みのシーズンである。
元々頭は良かったが、家出した時間を埋めるように、本気で机に向き合った。
途中で、ここいらで遊びたいな…。なんて考え始めたりして、ヴァンスに理不尽に怒りを向けていたりした。
「昔はこんな風に、必死に勉強してたかな…?」
よく考えるが、思い出せない。対した記憶じゃないと頭が処分したんだろう。
「勉強は大事だ。未来のために。…ね」
その結果がこのぼやけた記憶なら、私の日々はいったいなんだったのか、価値があったのか。
……笑えてくる。
しかし今は確かに地面を踏んでいる。ふわふわとした考えじゃない。
ふわふわとした記憶じゃない。しっかりとした記憶。家出の記憶。ヴァンスとの記憶。
それらが事実として、私を納得させてくれる。
「後悔しても良いや、間違いでも良いや、正解か分からないけれどやるべきと思ったからやるだけ」
そう言って自分を奮い立たせる。
「でも、少しぐらい遊んでも良いよね」
ネルはヴァンスにより、少しだけ、少しだけ悪い子になった。
撃つ。
ヴァンスこと、バエルの殺しの手段だ。
シュバイツァーから学んだのは射撃の腕だけ、それ以外の話し方。呼吸の取り方。意識の散らせ方。
彼の殺し屋としての武器である、正々堂々の不意打ち。
それらは自然と出来るようになった。それが可能な理由は彼の異常性に起因する。
彼は一つ見れば、先が読める。ゆえに答えが分かる。そして相手の視線を考えを理解できる。
相対した敵の視線と、それらが攻撃する際に狙う場所を死線として見れるのだ。
視線をくぐれば不意をうてる。死線をくぐれば攻撃の機会が生まれる。
彼は不意打ちを好まない。
正々堂々と、正面から乗り込み。その全てを無傷で打ち倒す。
ついたあだ名は。
「狂人バエル!」
そう言おうとした男はその言葉を言う前に撃ち殺された。
バエルは挨拶をしただけだ。「今日は星が綺麗だね。」と。
これで相手が黙ってこちらを伺うならよし、その注意をずらし、弾を撃ち込むだけ。
しかし相手がこちらに即座に敵意を向けてくるなら厄介だ。恐怖は伝播しやすく、敵意は急激に燃え上がる。
そうなれば、お得意の正々堂々とした不意打ちが出来ない。
仮に出来なかったとしても死線が見える彼からすれば、避けながら弾を撃ち込み、容易に皆殺しにできるだろう。
でもそれでもこの不意打ちに拘るのは、そっちの方が楽しいから。
しかし今回は敵意を向けることを予測してしまったため、普通に不意打ち気味になってしまった。
だが悲しいかな、どうやら彼以外に即座に行動できるような、一流と呼べる奴は居ないようで。
つまらないな。まぁ、楽で良いが。
のんびりと言葉を選び、体をゆっくり動かし、意識を散らす。
「んじゃお別れだ」
いつからだろうか、善人と悪人の区別が無くなったのは。
思い起こせば遠いようで、少しの時間がかかった。
「あぁ、そうそう。清い行いをしていた善人の死後に露見した悪事を見たときだ」
奴の最後の言葉を思い出す。
「正義のために生きたい」
「かっこよ。…奴のせいで胸くそ悪い思いをさせられたんだよなぁ」
善人なぞいない。少なくとも、俺の仕事で出会う奴なんかは特に。
そして悲しいことに、なにも知らずに生きていくにはこの世界は優しくない。ただ汚れただけなら良いが。邪悪に腐ったものは笑えない。
そんなことを考えながら、直近の仕事を振り返る。
シュバイツァーが言ったように質が悪い。小間使いのようなガキのお使いのような、酷く言えば雑魚処理。
しかしそれでも人をだまし、殺す快感に差はない。
このまま雑魚処理専門にでもなろうかな…
即座にそんな考えを否定する。たしかに命の価値に区別はない。ただ、優劣はあるのだ。安易に手に入るものは飽きる。
それに、死線をスレスレで捌き、相手をうまく殺したときの快感は想像を絶するものがある。
しかし一流と呼ばれる敵も飽きてきた。
「やっぱ逸脱者か…」
逸脱者。文字通りに人間を辞めている存在であると同時に、最高の殺し屋に付けられる名前でもある。
バエルは今、そう扱われている奴らを思い出す。
爆弾魔ヴェイパー。切り裂きジャック。白夜のガヴェイン。
光星タキオン。暗影ヴォイド。吸血姫ラウド。そして…魔人ギーア。
どこにいるのか不明だ。しかし死んではいないはず。死んでいたらすぐに広がるほどのビッグネームだ。
…誰か殺して、仲間入りってのは夢見すぎか?
そう思いつつ、いつか仕事で出会えるのを楽しみにしていた。
そして気付く。俺はこんなに好戦的だったかな?と。




