母親はゆうめいじん?②
翌朝目覚めると、LINEに夥しい量の通知が来ていた。アイコン右上の赤丸に99+と記載されている。
開いてみると全て城からの通知だった。
どうやら朝の5時から通知が来ていて、7時まで続いている。
内容は抜粋するとこうだ。
【どうしても、電話したい】(朝5:35)
【ごめんやっぱり寝てるよね?】
【明日にするね】
5分後
【やっぱ電話してもいい?】
【ごめん、しつこいよね】
【でも違くて】
【そういんじゃなくて】
【なんかこう電話で話したい内容で】
5分後
【変なあれじゃないよ?】
【いや本当だって】
【てか電話させろよ!】
【はよ起きろ!】
【ふざけんな!】
最後らへんはもはや暴言だった。
一体何があったというのだろうか。
今は朝の7時。つい先ほどまで通知があったからまだ起きているだろう。
LINEで電話してみると、1コール持たず繋がる。
「読んだの!」
やけにテンション高く声がガラガラだ。
「おはよう城」
「あくる日の便り全部読んだ!3回も!」
最初は電波の調子が悪いのかなと思ったが、やはり声がガラガラのようだ。
まぁ、あの本を読んだのならおおよその検討はつくが。
「泣けたろ?」
「泣いた!スゴイ良かった!」
ガラガラの声で感無量といった様子。
きっと泣きに泣いたのだろう。にしても感想を言いたかったらしい。わかる。
俺も最初に読んだときは感動して、誰かに伝えたくてどうにかなりそうだった。
その時は母さんがまだ不安定だったから言えずに、一人で身もだえていたのも随分懐かしい。
俺はゆっくり自分の部屋からリビングへ出る。ついでに通話をスピーカーにしてから、スマホを机の上に置いた。
紅茶を嗜んでいた母さんは何事かとコチラを見ている。
「なんで水国千冬メジャーじゃないの?この人ヤバすぎない?ネットで見たらこれ書いたの16歳の時だったって!私と同い年!同い年だよ!?同い年!」
テンションフルスロットルの城さん。しかも徹夜してしまったのだろう、覚醒してしまっている。いいぞぉ…そのテンションで頼む。
母さんはビクッと体を震わせて、懇願するような、責めているような視線を俺に向けて首を何度も横に振っている。ちょっぴり涙目な気もする。
「それで、昨日借した【あくる日の便り】を何回読んだんだっけ?」
ニタァ、と笑いながら俺は尋ねる。
はぁっ、はぁっ、はぁっ、と目の前から蒸気機関のような音が聞こえる。よく見たら頭から湯気も出ている。
「え?だから3回だって!今4回目の途中!海斗と夢で別れるシーン!【貴女から生まれてくるのを楽しみにしてるね母さん】ってヤバいまた泣゛ぎぞう゛ッ!!」
――ッア、とまたも目の前からモスキート音のような叫びが聞こえてくる。
それと同時にドンッと机に頭をぶつけたような音が響く。
「やっぱり気に入ってくれると思った。他の本も借そうか?一応その本シリーズで3巻まであるけど」
「いや、自分で買う!明日美術館の後本屋さんね!感想もっと話したいし!ただし!ネタバレは禁止!」
「はいはい。もうすっかりファンだ」
俺は笑いながら水国千冬の本が置いてある本屋さんを頭に思い浮かべる。まぁ、日ノ国屋ならあるだろう。
「ファンじゃない!もう信者だよ!信者!朝からごめんね。私続き読まないといけないから!じゃ」
マシンガンのようにまくしたてて電話は切れた。
俺はまたもニタァと笑い、
「だってさ……母さん」
目の前で頭を抱えている母さんを覗き込んだ。
「……して……殺…して……うわぁああああああ!!!!!」
「何をそんなに嫌がるの。名作だよあれは。てか早く4巻出してくださいよ水国先生」
「……だってまだ文章とかもろくに勉強してない時期に気持ちだけで書いた作品だし。というかさりげなく水国先生はやめてよ…。4巻もいろいろあって書けてないし…というか書くんだとしたらまた1巻読まないといけないし…」
頭を抱えながらぶつぶつと念仏のように唱える母さん。
あ、そうか。このシリーズは実話をもとにした母さんと俺の話なわけだから、俺が引きこもってから書けなくなったのか。
なら話は簡単だ。
「これ実話でしょ?なら俺と母さんで楽しいこといっぱいしながら作ってこうよ4巻。ね?」
ビシっとすべての動きを止めた母さんは、油の切れた機械みたいにギギギギと首を縦に振った。
「……はぃ」
顔は人間味あふれる真っ赤な血色であった。