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あべこべ世界でも純愛したい  作者: ひらめき
31/36

すれ違い

side.ぐすくはる

――――――――――――――――――――――――――――――――


 また、やってしまった。

 せっかく不木崎がくれたチャンスを、私はまた棒に振ってしまった。


 雷が怖くて、不木崎の手に咄嗟に捕まってしまった。昔から、妹に飛びついてた習慣が仇となった。私は本当に馬鹿だ。


 触ってしまった手はすぐに振り払われた。まるで汚いものに触られたみたいに。

 その後の不木崎の顔は見られなかった。

 雷よりも、何よりも、今は不木崎の顔をみるのが怖かった。

 拒絶の瞳を向けられるのが怖かった。


 もう、終わりだ。

 関係修復は絶望的だろう。


 雨が強いからかなのか、それとも私が走っているからなのか、私の体に痛いほど雨粒が打ち付けられる。


 私はどうして恋なんて知ってしまったのだろう。どうして、本の世界に存在する空想の産物として受け入れられなかったのだろう。

 求めてしまった。期待してしまった。その代償は私に重くのしかかるのは自業自得なのだろうか。


 不木崎を嫌いになれたら、ただの性欲のはけ口として見られたら、どんなに楽なのだろう。ただの高嶺の花として見られたらどんなにいいだろう。


 そう思っているはずなのに、どうして私は元に戻りたい、とは思えないのだろう。

 一緒に過ごした幸せな時間を、苦しかった時間を、忘れたくないと私の心が叫んでいる。


 辛く、苦しい。


 私は走るのを止めて歩き始める。目の前には、不木崎と待ち合わせしたコンビニがあった。ここで、泣いた私を不木崎は優しく慰めて、涙を拭いてくれた。笑って許してくれた。


 でも、きっともう不木崎は私の涙なんて拭いてくれない。こんな馬鹿で汚い私に優しく何てしてくれない。

 コンビニの軒の下で、私は蹲る。迎えにきてくれる可能性なんてないってわかりきっているのに、みっともなく私は期待してしがみついてしまう。


 雨脚がどんどん強くなる。こんな雨だ。この広い駐車場のあるコンビニには一台も車は止まっていなかった。


 突然、電話が鳴り響いた。私のスマホというのに一拍遅れて気づき、ポケットから取り出す。


 スマホを手に取ると、不木崎からの着信だとわかった。

 ―――出たくない。でも、この電話は切りたくなかった。

 これが、彼との最後の繋がりな気がしたから。


 雨音に負けないくらいの音量で電話は鳴り続けている。

 私はそれを眺めているだけで、精一杯だった。


「いた!やっぱりここか!雨の中走ったら危ないだろ!」


 目の前にスマホを持った不木崎が、肩で息をしながら立っていた。

 不木崎が、スマホの通話を切る。私の着信も音が止んだ。


「電話出ろよ……まぁ、出なかったおかげで見つけたわけだが」


 やだ、来ないで。


「いいか、よく聞いてくれ。俺は、お前のことが、嫌いでも、嫌な奴とも思ってない。だが、俺の体質…と言っていいかわからんが、女性に触れられるのがとにかく怖いんだ。頭では大丈夫ってわかっていても、心が反応しちまう。だから、拒絶しているのも城が嫌だからじゃなくて、女性全員、同じ反応がでちまうんだ」


 優しいこと、もう言わないで。


「だ、大丈夫だから。私、わかってるから。ふっきーから優しいから、こんな気持ち悪い私に良くしてくれんだって、わかってるから」

私は無理やり笑みを作って取り繕う。


 対照的に、不木崎の顔は不機嫌に歪んだ。


「いや、全然わかってねえよ!」

「ご、ごめんね。追いかけさせちゃって。もう、大丈夫だから。嘘、つかなくて大丈夫だから」

「いや、だから―――」

不木崎は一歩私に近づく、手を伸ばせば届く距離。


「止めて!」


 私は叫んだ。不木崎は押し黙る。


「もう、聞きたくない!私もう頭の中ぐちゃぐちゃなの!ふっきーが何度も優しくしてくれて、勘違いして、落ち込んで、また舞い上がって、もう、おかしくなりそうなの!」

心の内を吐き出した。


 なんて私は自分勝手な女なのだろう。自ら不木崎に近づいておいて、拒絶されただけで優しい不木崎に怒鳴り散らしてしまっている。

 本当に、生きている価値のない女。


 でも、もう限界だ。たった数度の拒絶で私の心は壊れてしまった。


 私はまた、その場から走りだす。逃げ出す。

 優しく甘い嘘に包まれたくなくて。


 しばらく走り、後ろを振り返って確認する。不木崎は追ってこなかった。いや、正確には私が巻いた。途中までは追いかけられていたが、私はかなり足が速い。引き離すのは簡単だった。


 そこから少し歩いて、公園に行きつく。

 もう体中ビショビショであまり意味はないが、屋根付きのベンチを見つけたので腰掛けた。

 雷が何度も鳴り響き、雨はどんどん強さを増していく。体は冷えているのに、流れる涙は煮えたぎるように熱い。


 不木崎は無事ロアナに着いただろうか。


「あっ……、やだよ…」


 あいつと会えなくなると考えると、寒気が止まらない。自分から逃げたくせに、会いたくて仕方ない。心の処理が追い付かなくて、情けない声がどんどん出てくる。


 昔を思い出そう。幸せだったあの時を。これが最後の追憶だ。


 あいつは不思議な男の子だった。私の胸ばかりか色んな女子の胸を見ていて、男の子じゃないみたいに優しくて。一時期はおっぱいに興奮してるんじゃないかって思って、色々誘惑してみたりしたっけ。……何度も返り討ちにあったけど。


 口元が緩む。

 本当に懐かしい。あの頃に戻りたい。


 もう一度、やり直したい。


 本当に私は矛盾している。さっきは不木崎にあんなこと言ったくせに、やっぱり私は――――。


「おい!こっち見ろ!」


 ここ最近、聞きなれた声。

 また、追ってきたのか。どこまでも優しい人だ。

 顔を上げると、不木崎が私の瞳を真っすぐ見つめていた。

 覚悟を決めたような、強い意志を感じる瞳だ。


 その強くて綺麗な瞳に見つめられたくなくて、先ほどと同じように、拒絶しようとする。


「ダメだ!逃げんな!春!」


 ……今、名前――。


 突然、不木崎は私の胸を強く揉んだ。結構力が強く、思わず声が出そうになる。

 驚く私を無視して、空いたもう片方の手で私の手を取り、そのまま不木崎のズボンへと持っていかれる。

 私の手を今まで体験したことのない未知の感触が襲った。

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