男の娘、裏目に出る
side.冬凪忍
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「タクトくんが……怒鳴った?」
柳から報告を聞いて、ボクは開いた口が塞がらなかった。あの温厚なタクトくんが怒鳴るなんて何が起きたんだ?
「はい、城春がいじめられているという情報を知って、クラスメイトに犯人がいると睨んだ不木崎様が教室内で先ほど述べたように激怒したようです」
「えっと…聞き間違いかな?城さんがいじめられている?ボクは君たちに監視をお願いしたんだよ?どうして見逃したの?」
こいつらは満足に監視もできないのか。上がってきた報告内容に、城さんがいじめられている、という情報は全くなかった。
悔しいがタクトくんは城さんを気に入ってるようだし、いじめなんてしたらそうなるのは目に見えているだろう。そんなこともわからないのか。
柳は少し言いづらそうに俯いている。よくない報告らしい。
「はい。言いづらいのですが――」
柳は俯いて、肩を震わせていた。
唇を強く噛みしめ、今にも血がでそうだ。
「どうやらいじめていたのは監視を頼んでいた者たちでした」
「は?意味がわからないんだけど」
首をかしげる。理屈が合わない。
「冬凪様の大切な方に近づく城春への監視を制裁と勘違いしたようで…」
「何を勝手な!」
ビクッと柳が震える。
とんでもない失態だ。言ってしまえばタクトくんはボクが撒いた種のせいで、激怒したことになる。
ろくに監視もできないどころではない。勝手な行動を取って、ボクの首が閉まってしまった。
「大変申し訳ございません!処分はいかようにも…」
「キミもういいや」
「…冬凪様?」
「利がありそうだったから傍に置いてたけど、子分も御せない親玉に価値なんてないよね」
「そ、それだけは!お願いします!挽回のチャンスを…!」
頭を地面に打ちつけて無様に謝罪をする柳を見ながら、僕の思考は別のところへいっていた。
どこかでボクが主犯格であるという情報は出回るだろう。そもそも生徒会長を連れまわしているボクだ。バレるのも時間の問題。
としたら、取れる最善の行動は、タクトくんにこちらから謝罪すること。きちんと理由を話せば、今のタクトくんなら許してくれるに違いない。
タクトくんの件を他人に頼むのはもう止めよう。にしてもボクは本当に学習しない。また、タクトくんを怒らせてしまった。
次からは自分自身で動く。もう、失敗は許されない。
「ふ、ふゆなぎさま?」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃなった顔の柳がこちらを見ていた。気持ち悪い。
「まだいたの?どっか行ってよ。もう二度とボクに近づかないで、あ、虐めの件はどうにかしておいてね」
「ど、どうか!お慈悲をっ」
柳を置いて、ボクは歩き出す。
タクトくん、まだ帰ってないといいんだけど…。
1年の教室へ行くと、タクト君が座ってスマホとにらめっこしていた。
眉間には皺が寄っていて、周りの女も心配そうに様子を伺っている。…どうやら機嫌はあまり良くなさそう。
だけど、こういったことは後回しにすればするほど、大きくなって返ってくるからなぁ……よし。
「タクトくん。今話せる?」
「ん?ああ、冬凪先輩。大丈夫ですよ」
スマホから目を離し、こちらを見たタクトくんの表情は普通だった。良かった。大丈夫そうだ。
校舎裏に呼び出し、振り返る。さっきまで普通だったのに、また機嫌が悪そうになった。場所が良くなかったらしい。
「ひとつ、タクトくんに謝らなくちゃいけないことがあって」
「先輩が?俺に?」
「うん。城さんのことなんだけど。本当にごめんなさい。城さんが虐められてたの、ボクのせいなんだ」
「……どういうことですか?先輩が虐めてたんですか?」
ボクはそれに頭を振って答える。伝え方が難しい。
「えっと、城さんが最近タクトくんにすごく近いから、何かしでかすんじゃないかと思って、女子に監視をお願いしてたんだ」
「……」
「事件が起きた後じゃ遅いからね。それで、その頼んでいた子たちが、ボクのお願いを勘違いして虐めをしてたみたいなんだ」
「……」
「でももう大丈夫。その子たちに止めるようにお願いしておいたから。でも、タクトくんが教室で怒鳴ったって聞いてボク居ても立っても居られなくて――」
「あの」
タクトくんが言葉を遮る。ボクの方を睨んでいた。あれ…。
「誰がそんなことお願いしたんですか?俺が監視してくれって言いました?言ってないですよね?何でそんな勝手なことするんですか?」
一気にまくしたてられる。
あれ…?なんで…?どうしてタクトくん怒ってるの?
ボクはタクトくんを守る為に、笑顔で生活できるように最善の努力をしてきた。大嫌いな女に媚びを売って、自分の身を犠牲にしてまで頑張ってきたんだ。
確かに、今回は失敗しちゃったけど、そんなに大したことじゃないじゃんか。ちょっとした虐めでしょ?
タクトくんを見るが、その目は明らかに怒気を含んでいた。まるで、敵を見るような目。心臓が震え、体が硬直する。
「あ、え、えっと。タクトくんが安心して生活を……送れるよ…うに、と…思って」
言いながら涙が出てきた。見立てが甘かった。タクトくんの怒りは想定よりもずっと大きかった。
「泣くのはズルくないですか」
「ご、ごめんなさい」
「俺に謝る必要はないです。城にきちんと謝罪してください」
また、彼はボクに謝らせてくれない。謝罪を受け取ってくれない。
タクトくんは疲れた顔をしていた。ボクと話すこと自体が面倒くさい、みたいに。
お願いだから…そんな顔しないで。ボクが必要ない、みたいな顔しないでよ…。
「ごめ……んな…さ…い」
「はぁ…。いいですか、もう俺を守るとかしなくていいですから。変に画策するの止めてください」
ため息をつきながらタクトくんが言う。
なんで?なんで守らせてくれないの?なんで何もさせてくれないの?
謝りたいのに、償いたいのに、許されたいのに、隣にいたいのに。
嗚咽が出る。涙が止まらない。
こんなの死刑宣告だ。やっと、苦しかった重荷から解放できると思ったのに。
あの時の後悔を消せると思ったのに。彼は一生それをボクに抱えこめ、と言う。
また、キミとの繋がりが消えてしまう。あの時みたいに拒絶されてしまう。
「い、いや…だ。それが…ないと、タクトくんとの繋がりが……なくなっちゃう……また、ただの他人に……戻っちゃう」
そんなの嫌だ。
キミのいない、あの真っ暗な世界に叩き落されるのだけは嫌だ。
絶望の中で、毎日ただ生きているだけの生活なんて、嫌なんだ。
タクトくんは困ったように頭をかいている。
ボクは彼を困らせてしまっている。そんな顔をさせたくないのに。また謝らないといけないボクの罪が増えていく。
決して許されない罪がまたひとつ増える。
「別にそんな繋がりいらないでしょ」
へ……?……今、なんて?
「いや、だから、そんなことしなくても――っと雨?やば、結構強い」
ボクは走り出した。最後まで聞きたくなかった。それ以上聞いてしまったら終わってしまう気がしたから。
制服が雨に濡れてすごく重いけど、それ以上にタクトくんからの答えを聞きたくなかった。
「あ、ちょ、先輩!風邪ひきますよ!」
後ろからタクトくんの声が聞こえる。一応こんなボクでも心配はしてくれるみたいだ。本当に優しい人。
そんな、優しい人に、ボクは失望されてしまったんだ。
頭では理解できても、心が追い付かない。いやだ、拒絶されたくない、嫌われたくない――と無様に泣き叫んでいる。
走りながら一瞬、柳の顔を思い出す。
醜く歪んで、鼻水を垂らし懇願する姿。気持ちの悪い、女の姿。
それが、なぜか今のボクと重なって見えた。
歩くスピードが落ちていき、その場で止まる。
ああ、一緒なんだ。
理解してしまった。わかってしまった。
「あ、あはは、ボ、ボクは最低なんだ。あの大嫌いな女どもと同じ!醜い!気持ち悪い存在!」
それはそうだ。そんな気持ち悪いやつ、好かれるわけがない。彼の隣に居ていいわけがない。
何が、謝罪だ。何が、罰だ。自分の都合のいいように解釈して、タクトくんにエゴを押し付けていただけ。ただ、一緒にいたくて、みっともなく彼の優しさに付け込んでいた。女どもと同じ。ボクが見下していたあいつらと、同じなんだ。
それがなぜかおかしくて笑ってしまう。顔は涙で歪んでいるというのに、どうしてもその事実に笑ってしまう。
大粒の雨が降りしきる中、ボクはその場で笑い続けた。




