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あべこべ世界でも純愛したい  作者: ひらめき
22/36

男の娘の誓い

冬凪ふゆなぎしのぶ

――――――――――――――――――――――――――――――――


 ボクの後輩はすごくカッコいい。

 男の子のボクらから見ても一目置かれている。まぁ、ボクの可愛さも負けてないけど。


 そんな彼は中学2年の夏からひきこもりになった。あれはとても悲惨な事件だった。

 ボクもその渦中の現場にいた目撃者だ。

 目の前で、恐ろしいことが起きているというのに、ボクは指一つ動かせなかった。声一つ上げられなかった。

 後輩はそんなボクの目を必死な形相で見ていた。

 今も忘れない。あの懇願の眼差しは今でも夢に出る。


 後輩が学校に来なくなったのは翌日からだった。

 最初は検査入院という形で休みという話だったので、ボクは一人でお見舞いにいった。

 許して欲しい、という気持ちがなかったわけではないが、とにかく謝りたかった。

 ボクも怖かったが、当事者である後輩はその比ではないだろう。


 病院につき、受付の人に声をかけると、後輩は面会はすべて断ってほしいと希望が出ていると知った。

 どうにもならない、と諦めて帰ろうとしていた時、看護師の女たちとすれ違った。


「見た?402号室の男の子、めちゃくちゃイケメンじゃない?」

「あー入院患者とのアバンチュール、憧れる~」

「ダメよ、彼、女の子にあんなことをされたのよ?ふざけたこと言ってないで仕事しなさい」

「あ、看護婦長、すいませーん、仕事しまーす」


 吐き気を催す会話の内容だった。あんなことが起きた後で、よくそんな下世話な話ができたものだ。

 殺意がわく。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。

 話どころか、そういった視線さえも彼に向けることは許せない。


 彼はボクと違って、しっかり男の子の外見だから、こういった下世話な話のネタとしては事欠かなかった。

 今だって、誰一人としてボクのことを男の子だと気づいていない。これが、この世界で快適に過ごす処世術だ。


 そこまで考えて、ボクは不安になった。


 病室は安全なの?

 きちんと男性の看護婦さんが常駐している病院なの?

 一人部屋をちゃんと与えられているの?今独りぼっちで苦しんでないの?


 部屋番号を聞いてしまったボクは行動に移してしまった。今考えれば、本当に愚かなことだった。面会謝絶の意味を理解していない。大間抜け。


 402号室、と書かれたプレートの下は空白だった。

 他の号室はプレートに名前がきちんと書かれていたため、どうやら配慮らしい。逆に怪しい雰囲気なんだけど。


 ゆっくりとスライド式の扉を開けて、中を伺う。


「誰だい?診察の時間は済んだだろう」


 しゃがれたおばあちゃんの声が聞こえてきた。

 あれ、病室間違えちゃった?


 扉を最後まで開けて、ベッドに向かって頭を下げる。


「すみません、知り合いの病室と間違えちゃって」


 頭をあげて驚愕する。


 ベッドには後輩が座っていた。下を向いて、顔色は死人のように真っ白だった。対照的に隈が少し出ていて、昨日から寝ていないことが伺える。

 ベッドの横では、先ほどの声の主だろうか、おばあちゃんが座ってリンゴの皮を向いていた。後輩のおばあちゃんだろうか…と思って一瞬目を向けると、こちらをギロリ、と鋭い目つきで睨みつけてきた。存在感が凄まじく、ひとにらみでボクは固まってしまう。


「拓斗の知り合いかい?」

「は、はい。3年の冬凪忍です」

「ん?男か」

「あ、はい、こう見えて男です」


 僕が男と聞いて、おばあちゃんの雰囲気が少し柔らかくなる。

 だ、大丈夫なのかな…?


 おばあちゃんは何も言わなくなり、リンゴを剝き始めた。

 一瞬病室内は静かになり、ボクは今がチャンスと、後輩に向かってもう一度頭を下げる。


「あ、あの。タクトくん。昨日は本当にごめんなさい。どうしても謝りたくて――」


 俯いていた後輩が反応し、ボクを見るや否や、無表情から恐怖の表情へ一気に変貌する。


「お、おんなぁ!女だ!ばあちゃん!どかしてよ!た、助けて!」

「ち、違うよ!タクトくん、ボクだよ、冬凪忍――」

「た、助けてぇばあちゃん!こわい、怖いよぉ!!」


 後輩はボクを認識していなかった。あの時みたいに、必死な表情で助けを求めている。


「あぁ、鬱陶しいね!さっき男だって話しただろう!何聞いてんだい」


 おばあちゃんは縋り付いてくる後輩を面倒くさそうに抑えて落ち着かせている。小柄な体躯の割に、自分より大きい後輩を片手で抑えていた。


「ったく、霞といいアンタと言い、何で面会謝絶だって言ってるのにわざわざ見つけてくるかね。アンタもう帰りな」

「……すみません」


 病室を後にし、背中越しに後輩の叫び声が響いていた。


 誰にも会いたくない、という気持ちを汲んであげられなかったボクは酷く自分を責めた。自分の見た目が、後輩を追い込んでしまうという、簡単な結果も予想できなかった自分を責めた。


 そして、2年が過ぎ、高校で後輩を見つけたときは心臓が止まりかけた。

 あの時から少し身長が伸びていて、以前からあったオドオドしていた雰囲気が一切ない。

 あれだけカッコいいのだ。周りには、彼を性的な目で見ているクソどもが集っていたが、後輩は意に介した様子もない。


 克服したのだろうか…?あれを?ボクは近くで見てただけだというのに、まだあの光景がまとわりついてくる。

 女が怖い。女が憎い。女が気持ち悪い。今の後輩のような視線を向けられただけで吐いてしまうほどに。


 ボクは勇気を出して、話しかけた。あの時のことをもう一度謝りたい、という気持ちと、どうやって克服したのかを知りたかったからだ。


「た、タクトくん!ひ、ひ、久しぶり…だね」

我ながらずいぶんと情けない声が出た。


 後輩は突然目の前に現れたボクに最初こそ驚いたが、すぐに頭を悩ませるような様子になる。やっぱりボクなんかに会いたくなかったのかな…?

 ちょっぴり泣きそうになる、ここが他の生徒の目がないところだったら、泣いて逃げ出しているところだ。


「えっと……すみません、どちら様ですか?」

申し訳なさそうな顔で頭を下げる後輩。


 頭からつま先まで電流が走った。


「何か俺、記憶喪失?になっちゃったみたいで…全然覚えてないんですよ」

「き、記憶喪失?」


 後輩は克服なんかしていなかった。あの恐ろしい記憶を記憶ごと消していた。

 もう、謝れない。今の状態の後輩に謝っても何も意味はない。それに気づいたときは堪えたが、後輩は消したい記憶だから、消したのだ。ボクのエゴで掘り起こす必要はない。


 それを理解し、ボクのやることは一瞬の内に決まった。


「そ、そうなんだ!大丈夫だよ。えっと、まず自己紹介からだね!ボクは冬凪忍!こう見えて男の子だよ!」

「え、マジで?こんなに美少女なのに男?パッケージ詐欺じゃん」


 慄いている後輩を見て、ボクは誓う。

 もう、絶対に後輩に危険を近づかせない。気持ちの悪い、女どもを寄らせない。

 彼のこれからの記憶を、笑顔溢れるものにするために。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ボクは昔を少し思い出し、目の前に跪く柳を一瞥した。

 冷静を装っているように見えるが、鼻息は荒く、気色の笑みを浮かべている。

 本当に気持ち悪い。生徒会長だからこうして近くにおいて利用しているが、気持ち悪いものは気持ち悪い。


「城春――柳も今日見たよね?」

「はい」

「あの子、ボクの大切なタクトくんに近づく害虫なんだ」


 休みの日に会ったときは驚いた。一体どんなあくどい方法を使ってタクトくんに近づいたのか。

 さらに言えば、今日の休み時間。あれも驚いた。


 休みの日に会ったときのような怯えた印象は消え失せ、今日は力強い瞳をしていた。何かを決意したような……ボクみたいな瞳。

 最初は警戒程度で済ませようとしたが、あれは危険だ。絶対に何かしでかす。――あの時みたいに。


「監視して逐一ボクに報告して」

「はい。わかりました」

「もう、行っていいよ」

「…」


 柳は動かない。顔を上げ、蕩けきった顔をボクに向ける。

 駄賃が欲しいらしい。本当に意地汚い女だ。


 ボクはちょうど胸の高さにある柳の頭を撫でる。


「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」


 火照った吐息を出し、地面に柳の涎がピチョン、と落ちる。

 本当に気持ち悪い。ただ、これもタクトくんを守るためだ。


 あの時の誓いを、ボクは忘れない。

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