男の娘、襲来
side.不木崎拓人
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学校で会った城はあまり変わりなかった。
おはよー!、と席まで言いに来て、若干クラスを凍り付かせていたし、この間のデート楽しかったねー!、と更にクラスから全ての音を消失させていたし、何だかんだ元気のようだ。
大型連休明けの気だるい授業も問題なく終わって、いつも通りだな、と思った矢先に問題が起きた。
「やっほー、タクトくんいるー?」
恐らく日本一学ランに違和感を持たれる、男の娘こと冬凪先輩が教室へやってきた。トレードマークのリボンが揺れて、上機嫌であることがうかがえる。男の子ですよね?
「あ、いたいたー。この間はヤバかったよー、もう、お尻が大変なことになっちゃって…。でも、タクトくんが優しくしてくれたから大丈夫!」
またもお尻を擦りながらこちらへ寄ってくる。擦るな。
通過した近くにいるクラス内の女子が鼻血を吹き出していく。モーゼのようだ。
てか、何言ってんだこの人……もはやわざと言ってるだろう、と言うレベルだ。
ホモ野郎のあだ名がついたらどうしてくれる!何が悲しくてあべこべな世界で男とイチャつかないけんのだ!
「誤解を招くような言動はやめてください。変な噂がたったらどうしてくれるんですか」
「えー別に女にどう思われてもよくない?」
よくねえよ。そこが最重要案件なんだよ。
「あ、冬凪先輩、こんにちは。この間ぶりですね!」
冬凪先輩との間に城が割り込んでくる。
よくやった、正直この先輩絡みづらいんだ。
冬凪先輩は目を見開き驚いた顔をして、すぐに死んだ魚の目をして笑顔の城に笑いかける。
「あれぇー。城さん、なんか変わった?」
「あ、わかりますか!ちょっと髪の毛ふんわりさせてみました!ほらっ!」
確かに毛先がふんわりしている。こいつどんな髪型でも似合うな。
冬凪先輩はあまりお気に召さなかったのか、額に太い血管を浮きだたせる。まぁ、女子嫌いだもんね。
城が俺の方にも髪の毛を見せ、手でふわふわと動かす。わたがしみたいだな。
「ふっきー、ほら、似合う?」
「めっちゃ似合う」
「えへへへ」
素直に感想を述べると、照れたようにはにかんだ。仕草までも美少女である。
こんなふわふわ空間だが、クラスはとても静かだ。
いつもは、女子どもがふざけ合ってプロレスごっことかしてすごく目の保養になっていたのに、今は電池の切れたロボットのようにこちらを眺めている。すごく怖くない?
まぁ、女子が男子に話しかけること自体、この学校では見かけないのだから珍しい光景なのだろう。
「あ、あはは、城さんってすっごい面白い子だったんだねー。もっと早く知り合ってればよかったよ」
「あはは、面白いってふっきーにもよく言われますー」
「言ったことないが」
勝手に捏造しないで欲しい。先輩と城が不敵な笑みを浮かべあっていたが、飽きたのか冬凪先輩がこちらへ顔を向ける。
「そういえば、あの後どうしたの?何も問題なかった?」
冬凪先輩が横目で城を睨みながら、心配そうな声で訪ねてくる。
まぁ、やはりこの世界、男女が二人で行動するのはあまりよくないことらしい。まぁ、問題はなかった。
「だい――」
「大丈夫ですよ冬凪先輩!私、こう見えて節操はあるタイプなんです。えーっと…確か、ふっきーおすすめの喫茶店に行ってごちそうしてくれたよね?あとは、一緒に本買いに行ってー、あ、栞プレゼントしてもらったんだよね。あれすっごく嬉しかった。今も使ってるよ!」
俺が答えようとすると、城がまくしたてるように答える。
確かに内容はその通りなのだが、なぜ食い気味に言う。
「あ、使ってくれてるんだ。良かった」
「あったり前じゃん!」
でかい胸を張って誇らしげに、鼻をひくひくさせている。めっちゃテンション高いな今日。
「え、え、えっと、聞き間違いだよね?」
先輩が口元を引くつかせながら訪ねてくる。
まぁ、母さんからそういうこと男の子しないって聞いてるし、そうなるわな。
「タクトくんが喫茶店でおごって、さらにはプレゼントまでしたって聞こえたんだけど?」
全部聞こえてんじゃねーか。
「そうですよ。せっかく遊びいったので」
「……はぇ?……り……ない………ら」
ぼそぼそ、と呪詛のように唱え始める冬凪先輩。
確かに普通の男子からしたらショッキングな出来事なんだろうけど。
頭を抱え始めた冬凪先輩に、ふんふん、と鼻息荒く胸を張っている城。物音ひとつ立たない、謎の空間がとなっている。
「ふ、冬凪さまっ!」
急に教室へ入ってきた超絶美人。
烏の濡れ羽色のような黒髪に、知的そうな瞳には銀縁の眼鏡が似合っている。スタイルも申し分なく、正直この世界にきて一番のドストライクだ。こんな人うちの学校にいたのか。めちゃくちゃエロい。
「ぐ、城!あの人誰?」
小声で城に尋ねる。
スン、と表情を消した城が、俺の耳に口元を近づける。
「教えない」
「何で?!」
黒髪の美女は、頭を抱えた冬凪先輩を心配そうな様子で右往左往している。
どうやら、冬凪先輩の知り合いらしい。てか、さまって言った?
「冬凪さま、大丈夫ですか?」
ぶつぶつと、呟いていた冬凪先輩は、黒髪の美女に気づいたのか、顔を上げた。
「ああ、柳か。ちょっといい?話したいことあるから」
「は、はい!なんなりと申し付けください!」
感極まった様子で手を胸の前で組む美女。
おっぱいの躍動が素敵だね。
というか、柳さんと言うのか…。
静かに教室を出て行った二人を眺めて、新しいおっぱいとの出会いに感謝する。
「ねぇ」
「ん、なんだ?」
城は何か言いたげな顔をして、諦めたように首を振った。
「なんでもないホモ野郎」
「お前今なんつった?」
べーっと、舌を出して、城は席に戻っていく。
席に着いた後も俺の方を見まい、と頬を膨らませながら、なぜか天井を見ていた。すげーバカっぽい。
まさか柳さんのおっぱい見てたのバレて嫉妬でもしたのか…?