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あべこべ世界でも純愛したい  作者: ひらめき
16/36

この世界の病み

side.不木崎(ふきざき)拓人たくと


――――――――――――――――――――――――――――――――


 最後のは失敗したか…?


 帰り道、呑気に鳴いているカラスを見ながら反省する。夕日が目に入り少し眩しい。


 今日は本当に楽しかった。


 この1か月、前の不木崎くんがやらかしていた人間関係の修復や勉強に紛争していたため、こうしたリラックスできる時間がほとんどなかったのだ。待ち合わせ場所に行った時は、急に泣き出して意表を突かれたが、その後は平凡だったと言えよう。

 何せ、俺もデートは前世込で初めてだ。勝手がわからず、少し羽目を外してしまった瞬間はあった。いや、そもそもデート思ってるのは俺だけかもしれないが…。


 でも、美術館でこっそり買った栞を渡したときの城は変だった。

 上の空というか、意味が分からない、みたいな感じ。

 販売コーナーで欲しそうな顔をしていたから、驚かせようと思って購入しておいたのだが、何か失敗したのだろうか…。


 うーむ…。


「ただいまー」

「お、おかえり、拓人」


 いつの間にやら家に帰りつき、いつから待っていたのか母さんが玄関前で出迎えてくれる。

 あ、そうだ。母さんに聞いてみよう。同じ女性だし、何かわかるかもしれない。


 手を洗い、リビングに向かうと、母さんが紅茶を出してくれていた。

 珍しい…というか初めてじゃないか?

 何なんだろうか、と母さんを見ると、やはり俺の顔をチラホラ見て何か言いたげな顔をしている。


「ありがとう」

お礼を言って席に着き、紅茶を飲むと母さんはホッとした表情をして、自分も席に着いた。


 …飲んでくれるか不安だったのかな?

 だが、安堵もつかの間、またも母さんは何か言いたげに落ち着かない様子だ。


「どうかした?」

「え?……い、いや…なんでも――」

「あくる日――」

「今日どうだったのかなって思ったの!!」

前のめりで答える母さん。


 一瞬で顔が真っ赤になるのはもはや一種の才能なのではないか。だが、これは都合がいい。ここで今日の城の件を相談してみよう。


―――――――――――――――――――――――――――――



「拓人……それは、その、城さん可哀そうだよ」


 顛末を話した後、母さんから出た感想はまさかの答えだった。


「え、そうなの?」

母さんが控えめに頷いて、少し冷えた紅茶を飲む。


 まさか可哀そうと言われるとは思わなかった。


「拓人は、お金が足りなさそうで栞を買えなかった城さんが可哀そうと思ったのと、驚かせようと思って黙って買ったんだよね?」

「うん、そうだよ」

「本当にそれだけ?」

念を押すようにこちらを伺ってくる。


 それ以外に何があるんだ…?


「それだけだよ。それ以外って何かあるの?」

答えると、母さんは少し上を向いて頭を押さえた。


 悩ましそうな感じだ。


「やっぱり、私の育て方が良くなかったのかも……」

「そんなことないよ」

俺の返しに、そういう意味じゃなくて、と言いながら、慌てた様子で手をぶんぶん振ると、少し肩を落としてうなだれた。


「普通ね、男の子は女の子にプレゼントなんかしないんだよ?…喫茶店でごちそうしたりもしないし、泣いてる女の子を慰めたりもしないし、借したものを汚されても笑って許したりしない」

「男の子最低じゃん」


 どんだけ、人情ないんだ男の子。ごちそうとかプレゼントはまだしも、慰めないとか、ちょっと人としてどうかと思う。


「でも、これが常識なんだよ。……お母さんがちゃんと話してれば」

「いや、でもさ、それと城が可哀そうなのはどう関係あるのさ」


 またも自虐のスパイラルに入ろうとする母さんを止める。


「拓人は城さんのこと好き?」

「うん、好きかな。いいやつだよ」

俺の答えに母さんは何か悟ったような表情をして、紅茶をまた飲む。


「城さんと結婚したい?」

「結婚?いやいや、俺まだ高校生だよ。早すぎるでしょ。友達としては好きだけど、恋愛感情はないよ」

「それ」

「え?」

「それが、城さんが可哀そうって理由」


 母さん目つきが少し鋭くなる。悪いことをした子供を叱る直前のような顔をしている。


「拓人みたいな人からそんなことされたら、誰だって勘違いしちゃう。…好きになっちゃうし、自分が愛されていると思っちゃう。でも、今日の様子聞く限り、城さんは拓人がそういうつもりじゃないってわかってる。だから可哀そうなの。自分のことを愛していないのに、まるで夫以上の優しさを見せてくれる拓人に、感情がかき乱されて」

「……」


 何も言えなかった。


 この世界のことをわかっていたつもりだった。男が少なく、女が多い。

 ただ、男女の感覚が逆転してるだけだって――そう思っていた。しかし、思った以上にこの世界は深刻だったらしい。


 今日の出来事を思いだす。もし、城がこの世界の特殊な女の子ではなく、普通の女の子だったら。

 朝、急に泣き出した件や美術館でのやり取りが頭の中で反芻する。今の母さんの言葉から、様々な仮定が出来てくる。




 ――――なぜ、池田華は婚約解消されて自殺してしまったのか。




 そういった話は前世の世界でもあった。そういう人もいるよね、くらいの感覚で考えていたが、それは間違いだとしたら。

 女性は性欲に従順で、常にヤルことばかり考えている。男女間の恋を知らない。興味がないではない、知らないのだ。恋愛小説を女性があまり好まないのもこれが理由だろう。

 何もわからず、共感できないし理解できないから読まないのだろう。


 ひとたび恋を知ってしまうと、それは劇薬のように体に染みわたっていき、自殺した小説家の末路を辿る。もしも、それが『普通』なことだとしたら。どんな女性にも起こりうる結末なのだとしたら――。


 彼女達は恋愛に関して、まさにひな鳥のようなレベルということになる。


 ちょっとしたことで、泣いてしまうし、感情が揺れ動いてしまう。今日の城のように。


 ――とても危うい存在。


 俺だって恋愛に関しては初心者だが、経験はなくとも常識や知識としてある程度頭に入っている。

 振られたって世の中に星の数ほど女はいるさ、と切り替える話も前世ではよくあったが、ここでは違う。


 男がいないのだ。好きな男に振られた時の衝動は、前世の比ではないだろう。


 考えれば、考えるほど恐ろしい答えが出てくる。


 これ、今は告白してきた女の子をバッサリ振っているが、もし、俺に本気で恋した女の子が告白してきて玉砕したら……どうなるんだ?


 体が無意識に震える。手足がしんと冷たくなっていく。


 身の振り方を本気で考えなければならない。他の女の子にも今回の城みたいな対応を俺がしたら――――考えたくもない。そんな責任負いたくもない。


 ただ、もう城は引き返せないところまで来ているかもしれない。

 母さんの話からその可能性が高い。それはつまり、どこかで俺も腹をくくらなければならないということだ。飛躍しすぎだが、俺のせいで誰かが死ぬ可能性があるんだから当然のリスクヘッジだろう。

 今の俺の体の状況は芳しくない。女の子に近づかれたり、色目を使われると苦しくなる。


 城と今後関係を築いていく上でこれは障害に―――


「拓人」


 考えでいっぱいになっている俺の頭に、厳しい声色が差し込まれていく。


「高校生だって言ってるけど、もう子供じゃないんだよ。私は貴方くらいの時に貴方を身ごもったんだから」

追い打ちをかけるように母さんが言う。


 その目はいつものおどおどし感じも、優しい感じもなく、怒りを孕んだものだった。

 背中に冷汗が伝う。自分がやらかしたことを、今更ながらに自覚し始める。


 本当に悪意はなかった。話しやすく、趣味も同じな『友達』に少しでも楽しんでもらいたくて、喜ばせたくて行動した。

 でも、それもただの言い訳に過ぎない。結果、城がもしも苦しんでいるのだとしたら、俺の懺悔など何の意味もない。


「…でもね」

ふっ、とほほ笑んで母さんは俺の手を両手で包みこむ。


 とても小さな手で、両手でも俺の手は包まれ切れていなかったが、すごく温かい。


「城さんは、絶対嬉しくも思ってるはず、苦しさの中で幸せも感じているはず、だから、私は優しい拓人のままでいて欲しいの」

「……」

「拓人はものわかりがいいんだから大丈夫。もっと女の子のこと、一緒に勉強していこうね。そして、もし、拓人に好きな女の子ができたら、今日みたいに目一杯愛してあげて」


 慈しむように微笑む母さんは聖母のようだった。

 じんわり、俺の耳が熱くなる。どうやら俺は照れているらしい。


「俺全然わかってなかった。ありがとう、母さん。教えてくれて」


 城とのやり取りを今後どうしていくかはまだわからないが、今はひとまず目の前の優しい人に感謝したい。


「あ、そうだ。母さんちょっと待ってて」

手を離し、カバンからガサゴソと今日買ったお土産を取り出す。


 別にこれは今回の話のお礼、という形で渡すつもりはなかったが、渡すとしたら今渡したい。


「はい、お土産」

「おみやげ…?」


 きょとん、とした様子で母さんは包みを眺める。

 上の空で、スルスルとリボンを取り、中から栞を取り出す。綺麗な白色の花が箔押ししてある、木製の栞。

 城に渡したのと違う種類だ。


「白いアザレア…」

ぽつり、と母さんが言う。


 あ、その花の名前ね。流石小説家、詳しいな。


 呟きながら、徐々に顔色が赤くなっていき――あれ、泣きそうじゃね。

目にたっぷりの涙を浮かべて、母さんはこちらをキッと睨んだ。


「そ、そういうとこッ!全っ然お母さんの話わかってないッ!もうぉおおお!」


 いや、でもせっかく買ったんだから渡したいじゃん、ホラ。実際喜んでるみたいだし。母さんからゲシゲシと足を突かれながら、俺はごめんごめん、と言って笑った。




―――――――――――――――――――――――――――――――――




白いアザレアの花言葉『あなたに愛されて幸せ』

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