本屋さんにて
本屋に到着し、目的のコーナーに足を運ぶ。
水国先生はあまりメジャーではなく、最近はめっきり新作もだしていないため、コーナーと呼べるほど上等なものでなく、ほんと一部分だけであった。
こんなに素敵な作品なのに、本当にもったいない。
「あれ、なんで1巻2つも買ってるの?」
私が手に4冊持ってるのを見て、不木崎が背表紙を見ながら言う。
うぐっ、やっぱり言わないとダメだよね…。
「いやぁ、そのぉ…」
「なんか嫌な予感するんだが」
「あのぉ…ふっきーから借りた本に……そのぉ、涙とか(鼻水とか)垂らしてしまいまして…流石に借り物を汚した状態で返すわけにはいかないと思い……」
そう、私は泣きすぎてせっかく借してくれた不木崎の本に、涙とか鼻水とか涎とか、私の体液をいっぱいつけてしまったのだ。正直、最初は『あ、やば』と思ったが、読み進めていくと、どうでもよくなりそのまま垂れ流し続けた。
仕方ないのだ。あの本を見て泣くな、と言うのは拷問だ。
不木崎はそれを聞いておかしそうに身をよじらせた。
「お前もか。いや、全然いいよ。新しく買い直さなくて大丈夫。俺も涙つけちゃってるやつだし気にすんなって。むしろ味が出ていいじゃん」
え、あの本不木崎の体液ついてるの?やば。
てか味が出てって舐めるつもりなの?私の体液…。まぁ、違うか。
それにしてもやっぱりか、と私は思った。
きっとこの性人君主は買い直さなくていい、と言うのは予想できた。
だからなるべくバレずに、こっそり買おうと思ったのだが…。
「はい、戻して」
本を奪われ戻される。思いのほか近づいてきた不木崎のいい匂いがして、またも心臓が跳ねる。無防備に近づくのホント止めてほしい。
本を購入するため、不木崎と別れて私は一人レジに並ぶ。
くそー先に不木崎に本のこと言ってれば、池田華展の栞買えたんだけどな…。惜しいことをした。結構可愛い柄だったし。
まぁ、水国先生の本を今から2冊も読めると思うと気分も晴れる。
会計が終わり、不木崎を探す。
一度キョロキョロしただけですぐ見つかった。やべー存在感だ。
出口付近のランキング本コーナーで、パラパラ本をめくってる不木崎。
周りには、私のような文系女子(芋女)が、遠くから大勢不木崎を眺めていた。
不木崎は本当にかっこいい。かっこいいだけなら他にもいるのだが、何とかいうか…独特の隙がある。
今だって頭を少しかいているが、Tシャツのせいか、腋がコンニチハと顔を出している。正直これだけでこのフィールドにいるすべての芋女たちの、今日のオカズになる。
あれ、私でもいけるんじゃね?と思えるような謎の隙と、でも実際近づいたらイケメンすぎて全然喋れないというチョウチンアンコウみたいなやつだ。
残念だったなぁ、周りの芋女ども……。今は私が独占してるんだぜぇ…!
「ふっきー、おまた」
「おう、全巻揃っててよかったな」
「うん!」
「家帰って読むの?」
「え?そうだけど…」
急に謎の質問。そりゃそうだろ。なんでそんな当たり前のこと聞くのか。
首をかしげていると、不木崎はバックから何かを取り出す。
可愛らしい紺色の包みが出てくる。確か、池田華展のお土産コーナーで買った母親へのお土産…?栞だったっけ?
あれ、でも包みの色確かピンクじゃなかったか?
「はい、これお土産」
「おみやげ…?」
誰に対して…?妹?それとも私のお母さんか?
いや、でも二人とも本読まないし…。
一向に受け取らない私に痺れを切らしたのか、不木崎は私の手に包みを握らせる。
「だから、お土産。これお前の!」
「へ?」
我ながらずいぶんと間の抜けた声が出た。
お土産と称された包みと不木崎を見比べる。あれ、なんか不木崎照れてない?
よくわからないまま私は包みを開けてみる。
すると、出てきたのは私が買おうと迷っていた栞だった。
あれ――上手く思考できない。私、自分で買ったんだっけ。
「いや…その反応はこっちも恥ずかしいというか…。ま、まぁ、いらなかったら捨ててくれていいから!それじゃな!」
まくしたてるように不木崎が言い、踵を返す。あ、帰っちゃうの…。
見えなくなるまで背中を見届けて、私も歩き出す。
そうだ、私も帰らないと。
帰って水国先生の本を読むんだった。
どうやって帰り着いたかわからないまま、家路に着く。
ソファーでだらしなく寝ている妹が私に気づいた。
「あ、お姉ちゃんおかえりー、今日のデートどうだったー?え、あれ、な、何で泣いてるの?ちょっとどうしたの?」