ゾーンに入る
「あ、そういえばさ、来週から学力テストあるよな」
お、ちょうどいい。不木崎の方から話題が来た。
だが、この作戦は無理だ。なぜなら私は頭がいいから…!自分の頭脳が…憎い!
「そだね。テスト勉強してる?」
「いや、ぜんっぜん。てか日本史とか現代文が本当に無理。何だよ豊臣秀美って。…城は大丈夫なのか?」
「うーん。私テストで90点以下取ったことないし、大丈夫かな」
「え?」
「え?」
「頭いいの?城?」
信じられないような目で私を見る。
「え、そうだけど」
「まさかー、嘘嘘。そんな言動で頭いいとか見栄張るなよな」
「すっごい心外だけど、てか、私の言動のどの部分切り取ってるか気になるけど、マジで本当」
不木崎はしばらく放心して、何か葛藤しているような表情をした後、私に頭を下げた。……何事?
「勉強、教えて…欲しい…です」
すっごく苦しそうな表情だった。そんなに嫌か。
しかし、私はその言葉を聞いて目から鱗が落ちた気分だった。
そう、私が教わるのではなく、教えればいいのだ。なぜこんな簡単なこともわからなかったのだ。こいつ天才か?
「………えー、どうしよっかなー」
私をそんじょそこらの女と一緒にしないで欲しい。そう簡単に靡いたりしない。私はそんな嫌そうな顔で頼まれてほいほい言うことを聞く安い女ではない!
「頼むよー。ホントにヤバいんだって。休み時間も削ってノート整理してみたりしてるけど、ぜんっぜんダメで。あ、ホラ。今度なんか飯おごるから!な!」
「やります。全力でやらせて頂きます」
「なんで敬語」
はい、私の勝ち。負けた理由は明日までに考えてきてください。
まず、少し情けない声で私に拝んできたこの光景は、今日のオカズ候補として脳内保管されました。さらには、次回のデートまで確定してしまった。完璧か?
放課後に図書室で勉強会を開くことにして、その頃合いでコーヒーが来た。
シンプルなコーヒーカップに湯気が立ち上っている。マスターは私を見て、不木崎に気づかれない死角からウインクして、口パクで『がんばって』と言い立ち去る。このおじ様若い頃ヤバかっただろうな…。
「あっ、おいし」
一口飲んでみると、驚きのあまり感想が飛び出た。
苦味と酸味がすごく優しい味に仕上げられている。不木崎も飲みながらこちらを見てニコニコしていた。
「俺さ、職業体験ここにしようと思ってるんだ。マスターからコーヒーの淹れ方教わろうかと思って」
ここで更に爆弾が投下される。
え、何?読心術の使い手なの?それとも私馬鹿みたいに声に出してたさっき?
立てた作戦を、罠を張ることなく、向こうから笑顔ではまってくれている。ドMかこいつ。
「わ、私もここにしよっかな。すごく雰囲気いいし。マスター優しそうだし」
「おお、いいじゃん。マスターも喜ぶよ。毎年職業体験0人なんだってこの店」
す、すんなりクリアァァ!よっしゃぁあああ!
もしかしてこれが、『ゾーンに入った』というやつなのだろうか。全てが私の望み通りになって逆に怖い。
これ、私が不安になりすぎて前日に見ている夢とかオチないよな。だとしたら泣くぞ。
「え、どうした急に頬っぺたつねって」
「い、いや別に?痛いなーっと思って」
「本当に頭いいんだよね?」
これは、もしかして期待していいのではないか?作戦のコンプリートを…!
「そ、そういえば、ふ、ふっきーは委員会どこ入るの?!」
私がそう言うと、不木崎は怪訝な顔をする。
しまったぁッ!焦りすぎたか…!
「城、お前もしかして……」
不木崎は少しいたずらっぽい表情をしながら口を開く。
あ、きちゃう。『俺と仲良くしたいから、一緒に委員会にはいりたいんだー』とか言われちゃう…!
そんなこと言われちゃったら、さっきの情けない不木崎の顔と合わせて、私今日の夜捗りすぎて『徹夜コース♀』になっちゃう…!ダメッ…!
「図書委員狙ってんだろ。大丈夫だって。図書委員定員2名までで、俺と城でちょうどだから。他に図書委員やりたいやつなんかいないだろ」
体がブルっとして、私は軽く身もだえた。
で、出来すぎだァ……出来すぎだよぉ……!涎が出そうになるのを必死にとめる。
何しれっと私を頭数に入れてんだよぉ…!こいつ私の脳内破壊する気か…?
先ほどから心臓が爆音を鳴らしている。ていうか汗もすっごいかいてるから、正直ちょっと帰りたい。臭いとか思われたら私死んじゃう。
「あ、あはは、バレたか」
「いやいや、バレバレだって」
全くバレてないんですがぁ!?私の下心が表ざたになってないんですがぁ!?
「あ、でも、ふっきーが先に立候補するの止めてよね。他の女子が食いついて私が図書委員できないから」
「それは考えてなかった…。あり得そうだな。うーん。流石に俺のせいで城が図書委員できないのが申し訳ないから、先に立候補してもらって後から俺が立候補って形とってもらっていい?」
か、完璧だァ…!計画通り…!こいつ雑魚すぎか?私の手のひらの上にころっころ転がってくる。
向こうから『お願い』されてしまったのだ。これはもう『借り』を作ったといっても過言ではない。(過言です)
「しょ、しょうがいないな~。わかった!」
そこから、しばらく談笑したり、水国先生の本の話したりしてたりすると2時間ほど経過していた。
ここのお店の居心地の良さも相まってか、時間の経過がびっくりするほど早い。
「やば、そろそろ本屋行くか。夕方あそこ混むし」
立ち上がり、不木崎は伝票を取り、マスターの元へ向かう。
あまりのスピード感にボーっと見ていると、不木崎は支払いをしていた。あ、ヤバい。ここは女を見せなくてはいけないのに…!
「ふ、ふっきー、私が払うよ!」
「はいはい、栞買うのもためらう春ちゃん、無理しないの」
おつりを受け取っている不木崎に言われて一瞬で顔が真っ赤になる。
まず、お金ないのバレてたんだ、という恥ずかしさと、私の名前知ってたんだ…という嬉しさで鼻の穴がひくひく動く。
く、悔しいがここは割り勘に甘んじてやろう…。まぁ、お金の関係って長続きしないしぃ?
雑誌に男の子が割り勘するときは、脈があるって書いてたしぃ?
「じゃ、マスターまた来るね」
そう言いながら店を出る不木崎。
すぐにあたふたと財布を取り出して、マスターに金額を尋ねる。
マスターは優しい笑顔を携えながら、首を横に振った。
「もう、キミの分も払ってもらってるよ」
「え?」
「あの子の事、ちゃんと大事にしなね」
「……」
声は出せず、頷いて外へ出る。
不木崎は外にいる野良猫と戯れていた。
差し込む夕日が、私の顔を照らしてくれているのが凄くありがたい。
「お、じゃあ本屋行くか」
彼の背中を見つめながら私は思う。
男の子がおごってくれるときはどういうつもりなのか、雑誌には書いてなかったよ。
誰か意味を教えて欲しい。