【プロローグ】ドブネズミ共が…調子に乗るなよ…
ここは、我々がいる現実世界とよく似た世界。
ただし、大きく異なる点が2つある。
1つめは、「変魂」という異能力の存在だ。おおよそ50年程前に、日本列島の各地に小型の隕石がいくつも降り注いだ。それ以来、おおよそ10万人に1人程度の割合で、変魂能力に覚醒する者が現われたのである。これは「オーラ」と呼ばれるエネルギーを消費することで、ある特定の何かに変身することができる異能力である。……しかしながら、ただでさえ変魂能力者は少ないのに、「役立つ」ものに変身できる者はさらに少ない。ごく稀にバラエティ番組で「変魂能力者集合!おもしろ変魂コンテスト」という特集が組まれることがあるが、そこに映る変魂能力者は「漬物石に変身できる」とか「爪切りに変身できる」とか「バスケットボールに変身できる」とか……。「なれてどうする?」といったものばかりが登場するのである。故に、変魂能力を持っているからといって、特段人生が豊かになるわけではないようだ。
もう1つは、10年程前に突如出現した「ドブネ」という奇妙な生物の存在だ。一言で言うなら「ネズミ少女」である。幼体ならば体長5cm程度であり、生後3年ほどで成体になると身長140cm程度にまで大きくなる。外見は、可愛らしい美少女の姿をしているのだが、ドブネズミのような大きな耳と長い尻尾が生えている。鼠色のツインテールの髪をもち、ふわふわもこもこのねずみ色のゴスロリ衣装を着ている。この衣装は、成長とともに適切なサイズに変化するエネルギー体であり、デザインには個体差がある。さて、このドブネという生物は、5年程前から爆発的な勢いで増殖している。ドブネは野生のドブネズミにキスをすることで、そのネズミをドブネに変えてしまう力を持っているのだ。それだけでなく、人間やネズミと交尾することによって幼体のドブネを出産することもできる。10年かけて大増殖したドブネ達は畑を荒らし、倉庫を荒らし、ゴミを漁り、餌となるものを食い荒らす。ドブネは木登りが得意であり、畑や果樹園はこの怪生物による食害にいつも悩まされているのである。さらに、集団で鶏などの家畜小屋を襲って破壊し、家畜をむさぼり食っているケースも目撃されている。
……さて、こんなド害獣なドブネだが、出現当初は要観察ではあれど、積極的に駆除はされていなかった。なにせ見た目は幼女……もとい美少女である。(幼体のドブネは、さながらマスコットキャラクターのような雰囲気だ。)強い者に媚びる習性があり、つぶらな瞳を潤ませながら許しを請われると、かわいそうだと感じる者が多く、しょっぴいたりするのは気が引けてしまうのである。稀にドブネをぶちのめす者もいたのだが、その現場を目撃されるとネットで拡散され、やれ動物虐待だのなんだのと騒がれてしまうのである。……そうして人々はしばらくの間、ドブネを駆除するのをためらい続けてきたのであった……。
「はい、もしもし。こちらドブネイラズ事務所です」
あるアパートの一室で、机でパソコンを使ってなにかの作業をしていた男が、電話をとった。
『あ……あんた、例の……噂のドブネイラズさんか?』
電話からは、怯えたような様子の、しわがれた男性の声がきこえてきた。
「……誰からの紹介ですか?」
そう問い返す男。
『お、俺はあの、前にそちらにお世話になったっていう、○○町のトメさんから紹介してもらったんだぁ』
「……ああ、あの方か。どうも。仕事のご依頼ですか?」
『そうなんだ!う、うちに、ど、ドブネが来て、家を乗っ取ったんだ!畑もみんなやられて!警察に言っても猟友会に言っても動いてくんねーの!どうしようもねえんだ!なんとかしてくれ!』
「……かしこまりました。今はどうしてるんですか?」
『ああ!漬物石になって隠れてたとこだ!電話終わったらまた石になって隠れる!』
「……変魂能力者の方ですか。珍しいですね」
『ああ。でもなぁ、こんなジジィが漬物石になれたところで、あの憎たらしいクソドブネ共を追っ払えやしない。こんな力、あっても仕方ねえよなぁ……』
「そんなことはありませんよ。あの害獣共から隠れて、俺に連絡ができた。それだけで、あなたの力は大きな意味があります」
『……へへ、そうかぁ。……あんまり長く隠れてられねえ、早く来てくれ。住所は……』
男性は、電話の相手から住所を聞く。
「……それでは、今からそちらへ向かいますので、よろしくお願いします」
『あ、ああ……たのんます』
男性は電話を切った。
そして、荷物の支度をすると、ロングコートを羽織り、リュックサックを背負い、アパートの部屋を出た。そして男はアパートの屋上に登った。
屋上のど真ん中で、男は右手を正面にかざすと、静かに一言呟いた。
「変魂」
すると男の前に光の粒が集まり始めた。光の粒はやがて、何かの形を作っていく……。
やがて光の粒が弾けると、そこにはなんとヘリコプターが出現した。攻撃ヘリAH-64である。
男はヘリコプターに乗り込む。やがてヘリコプターのローターが回転し、けたたましい音を立てて離陸すると、時速300kmの猛スピードで空の向こうへと飛んでいった。
所変わって、ここは林の中。
60歳程度の老人が、携帯電話を切った。
「頼む……どうにかしてくれ、あいつらを……」
男は震えながら地面にうずくまっている。
「あー!おっさんまだいるぅーーー!!」
そこへ突如、まさに「アニメ声」と形容するのがふさわしい、高い声の少女の声が響いた。その声を聞いて、ひぃっと声を漏らす老人。
「!……う、うわぁ、追ってきやがったあいつら!」
老人の視線の先には、二本脚で立っている成体のドブネと、5匹の小さな幼体ドブネがいた。成体は二足歩行、幼体は四足歩行をしている。
「おっさんなにしてんのー?まさかどぶねといっしょにくらそーとしてるー?きっもー!」
一匹の成体ドブネが老人に侮蔑の表情を向けながらそう言った。
すると残り二匹のドブネ達はきゃあきゃあと騒ぎ出した。
「えー!やだー!どぶねたちおかされちゃうー!たね●けぷ●すされちゃうー!」
「さいあくー!ほんっときもーい!おんなのてきだねー!」
好き放題に老人を罵るドブネ達。それらに向かって、老人は震えた声で言い返す。
「あのなぁ……あの家は、あの畑は!おらが先祖代々受け継いできた家なんだ。お前らみてえなわけわからんガキ共に奪われてたまっかよ……!」
そう言った老人に対し、ドブネ達はさらに侮蔑の表情を向ける。
「はーーーー!?どぶねがさきにみつけたんですけどー!!」
「いみわかんなー!きっもー!うっけるー!ぷぷー!」
「みんなで『わからせ』しちゃおー!」
「「「さんせー!!」」」
そう言ったドブネ達は、林に落ちていた木の枝を掴むと、老人に襲いかかってきた。
「ひ、ひぃっ!変魂!」
老人は漬物石に変身した。石になった老人を、ドブネ達は笑いながら木の枝でタコ殴りにする。
「へんたい!」
「ちかん!」
「ろりこーん!」
石をべちべちと叩く三匹のドブネ達の表情は、じつに楽しげである。
「ちーっちっちちっちっち!!」
五匹の幼体ドブネが、その様子をみて笑っている。
「ぜぇ、はぁ……。ねえねえー、いっぱいたたいてるのにきいてないよー?」
一匹の成体ドブネが、息を切らしながら、汗だくでそう言った。
「はぁ、はぁ……。どうする?とおくにすててくる?」
「うぅーん……そうだ、このおっさんに『わからせ』して、もうはむかってこないように『ちょーきょー』しよーよ!」
そう言うと、ミニスカートを穿いている成体ドブネは、スカートの前をたくし上げた。……前述の通り、ドブネの衣装デザインには個体差がある。ロングスカートの場合もあれば、ミニスカートの場合もある。下着のデザインも様々であり、普通のパンツの場合もあれば、カボチャパンツやスパッツのこともある。下着を穿いていないことも多いという。このドブネは、下着を穿いていないデザインの衣装のようだ。そして成体ドブネはなんと、そのまま……
「はぁ~……」
なんと、石に向かって小便をかけた。その光景を見て、二匹の成体ドブネ達は笑い転げた。
「うっけるー!どぶねもやろーっと!」
そう言い、もう一匹の成体ドブネが同じようにスカートをたくし上げた。
「どぶねもやるー!これでたちばわかるっしょ!『わからせ』たっのしー!」
三匹のうち、残り二匹も同じ事をし始めた。石に変身している老人は、三匹の成体ドブネから小便をぶっかけられ、屈辱で泣きそうであった。
「「「あはははは!」」」
大笑いしながら『わからせ』を続ける三匹のドブネ達。しかしそのうちの一匹が、はっと林の向こうを向く。
「……ん?なんかへんなおときこえてこない?」
「え?」
「あーたしかに、なんだろ?」
残り二匹も同じ方を向く。すると、バタバタという大きな音が空から聞こえてきた。
「んー?とりかな?」
「とりー?からすきらいー!」
漬物石から離れて、空から近づいてくる何かの様子を見ようとする三匹。
空から現われたのは、鳥ではなく……
ヘリコプターであった。
「「「そらとぶくるまだー!!」」」
三匹のドブネ達は声を揃えてそう言った。……その直後。ヘリに取り付けられている機銃が、ドブネ達の方に向き、轟音とともに機銃掃射を開始した。
「「「へゃぶっ!!?」」」
断末魔にもならない一瞬の奇声とともに、三匹のドブネ達は粉々に粉砕され、血煙となって地面に散らばった。ドブネ達がいたところに土煙が舞う。
「「「「「ちいぃ!?」」」」」
5匹の幼体ドブネ達が驚く。群れを率いていた三匹の成体が一瞬でかき消えたのだから、当然の反応であろう。
「「「「「ちゅいいぃーーーーー!!!」」」」」
恐怖の悲鳴と共に、5匹の幼体ドブネ達は背を向けて逃げていく。四つん這いで尻尾を振りながら、全力で逃げ出す。だが、5匹の幼体の姿は、轟音と共に振り注いだ30mm弾の雨に撃たれ、巻き上がった土煙に包まれて一瞬で消えた。
やがて、ヘリコプターからロープが伸びて、男性が降りてくる。ロングコートを羽織り、リュックを背負った男だ。
「えーと……漬物石がある。あなたが依頼人ですね?」
男が大きな石のそばに着地すると、ヘリコプターは光の粒子となって消えた。
「……」
石からは反応がない。
「あれ?まさか流れ弾が当たったのか?や、やべぇ……!」
男は石を持ち上げ、隅々まで目をやる。ドブネが砕け散ったときに浴びた血飛沫がべっとりとついているが、他には特にダメージはないようだ。
「……どうしたんだ?ま、まさか驚かせてしまってショック死したのか!?」
男は青い顔をしている。……直後、男の背後から何者かがとんとんと肩を叩いた。
「!?誰だ!」
男は後ろへ殺気のこもった視線を向ける。その視線の先には……依頼人の老人がいた。
「それは……ただの石ですよ、ドブネイラズさん」
「あ、これじゃなかった」
男は石を静かに地面に置いた。そして、老人に向かっておじぎをした。
「初めまして。俺が個人営業でドブネイラズをやっている…… 猫削 狩也です」
こうして、非合法ドブネ駆除活動家、猫削の、一日の仕事が幕を開けた。