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百刀錬磨 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 先輩は自分の習慣にしていること、何かありますか?


 ――毎日の仕事が、もはや習慣だろう?


 ちょっ、ちょっ、ちょっ、それを言い出すのはもはや反則でしょう? 学生が「学校通うのは習慣じゃないですか」と返されるのと大差ないですって。

 どちらかというと、習慣というかルーティーンに近い意味合いに聞こえちゃいますね。



 自分で決めて、他人にも説明ができるような内容ならば、続けていても構わないと思います。

 でも、昔から伝わっていることで、いわれとかも散逸しちゃっているケースだと、ふと、「意味が本当にあるのかな」と思っちゃうことがありませんか? 伝統を維持することって大切なことですけれど、そのために人生の限られた時間を割けるかといわれたら、しんどく思っちゃうケースも珍しくないでしょう。

 続けることに意味がある。それができれば自分の生きている間に、お目にかかりたい。じゃないとモチベーションが続きづらい。

 私の家にも、少し不可解な習慣、というか慣習に携わっていたらしい言い伝えがあるんです。

 ちょっと聞いてみませんか?



 私たちのご先祖様は、室町時代あたりまで、代々刀匠の仕事をしていたそうなんです。

 いまに銘が残るような有名な方たちには及ばずとも、戦の多いご時世でしたから。数打ちものであっても、生活を成り立たせることはできていたそうです。

 そのご先祖様にも、お得意様はいくつかありまして。たまに特注の太刀を頼まれることもあったと聞いています。



 個別の注文がある時、どうやら刀は数本打つのが通例だったみたいですね。

 その中でもっともできのよい「真打」を相手におさめ、それ以外の刀は「影打」として死蔵したり、他の誰かに譲ったりするのだとか。

 ご先祖様の場合は、代々かの地で暮らしていたこともあり、この影打の刀や修行用の刀を作るたび、ある洞穴の中に収めていたそうなんです。

 家の裏手の、低い山の中腹。岩壁のところどころに、より山の高きに生えているだろう木々の根っこが張り出しているせいか、やたら湿り気を帯びている穴。

 その奥にはやわらかい土が顔を出しているところがあり、刀たちはそこへ突き立てられ、血を吸うことなく、時を重ねていくのだそうです。


 このような環境なら、あっという間にサビついていきそうなもの。しかし不思議とここに刺される刀たちは、たとえ年を挟んでも、打った当初の輝きと強度を保ち続けていたそうです。

 しかし、ここでそのまま余生を過ごすことを、ご先祖様たちは許しませんでした。

 刀同士による斬りあいです。蟲毒を作る過程の刀版、と評した方が良いでしょうか。

 打たれてより、二カ月おき。その刀は、すでに洞穴の中にあった刀たちと片端から打ち合っていくのです。

 一番の新入りは、地面に刺された状態のまま。刀匠たちが振るう刀による斬撃を、その身に受けていきます。一本につき、一太刀ずつ。

 折れたのなら、もはやそれまで。残骸は炉にくべられ、新たな命に生まれ変わる時を待つことになります。これは、新入りに返り討ちにされた刀たちについても、同じ扱いだったとか。

 生き延びる道は、ただ自分が折れずにしゃんとしていることのみ。


 確かに血を吸うこととは縁遠い生活。しかし、その身に鋼を打ち付けられ、死ぬか生きるかの瀬戸際に立たされ続ける。

 これは長年、受け継がれてきたことで、疑問に思ったそのときどきの一族の者が、親などに続ける理由を尋ねたことがあるそうなんです。

 その返事は、より強い刀を生み出すためなのだとか。

 いくつも、いくども繰り返される同胞たちの死。それを目の当たりにすることで、死を免れたいという思いが強まり、より強い刀を生み出すことができるのだと。

 作るものには、命が宿る。そのようないかにも職人然とした考えにも思えますが、取り組みながらも懐疑的に思う人も多かったようです。

 斬りあう刀たちが、いかほどの年月、もったのか。記録を見ても10年以上、絶えられた一振りはありませんでした。

 前向きにとらえる者は、それを自らの未熟と断じ、その腕を磨いていったとも聞きましたけれど。



 その蟲毒ならぬ、刀毒の日々も終わりを告げる時が来ました。

 一族の中でも、指折りの腕を持っていたという匠の打った刀が、最長記録の10年を塗り替えるところまで来ていました。

 この慣習が始まったころより、数えきれないほど経った時。その中で新たに生まれた技術をもって、打たれた刀たち同士の戦い。客観的に見ることができたならば、この斬りあいそのもののレベルも、相当あがっていたと悟れたでしょうね。

 そして斬りあいの時がやってきます。

 最初の二カ月の洗礼を超えれば、斬る側へと転向し、ぶつかり合う負担は大きく減ります。そのぶん、経年の波こそが大敵となるわけですが。

 今度の新入りは、かつて自分を打った匠の最新の作。研鑽を積んだであろうその刃は、かつての刀たちを、次々と返り討ちにしていきます。

 折れさえしなければ、生き残ることを許される刀たち。それをことごとく断ち、息の根を止めていくのだから、なんとも生きのいい新入りといえます。


 ついに立ちはだかる、同じ匠による旧と新のぶつかり合い。

 連覇を狙う古豪に対し、立ちはだかるはニューフェイスの暴れ者。人同士であっても面白いカードだったでしょう。

 勝負はわずか一合の取り決め。いずれが命脈絶たれるか、あるいは次回へ持ち越しとなるか。大上段に振りかぶった役目の者の斬撃が、先輩たちを跳ねのけ続けた、新進気鋭の刃に迫ります。


 がちりと、刃同士がぶつかり合って大きく音を立てました。

 双方、刀身に傷や刃こぼれは見られず。不動を作るその間は、がっぷり四つに組みあった力士の空気をかもします。

 ぶつけるだけじゃありません。互いに斬る気で臨むのが、一連の作法。打ち合った状態から刃を擦るように、引いていくところもまた重要な取り組みでした。

 ただでさえ、刃の反りから引きやすいつくりになっている刀。そこを意識して刃を押し付け合うのだから、刀としてはたまったものでないでしょう。

 長引かせはしません。それでも手を抜くこともしません。反りに任せた危ない逢瀬に、互いの接点がだいだい色の火花を散らした折。



 こつんと、役目の者の頭を小石が打ちました。

 それから頭上を見やる暇もなく、洞穴全体が急に揺れ始めたのです。生き埋めを避けんと、役目の者は洞穴の外へ駆け出します。

 その折、一度つまづきかけて、少し後ろを振り返ったのですが、洞穴の最奥。刀たちの刺さる箇所より、更に奥の壁。地面に届くまで伸びる、一本の大きな根の表面が裂けて、銀色の光が少しずつ漏れてきているのが見えたらしいんです。


 外まで出るや、崩れる岩たちが洞穴の入り口へ、どしどし積まれていきます。

 振り返った役目の者は、山全体の鳴動を感じながらも、山の頂へ目を移しました。

 身を寄せ合って生える木々、そのうちの一本が見る間に背を伸ばし、天へ向かってその樹冠を伸ばしていました。

 伸びきった幹へ、やがてへばりついていくのは、土をこぼしていく岩盤。そして、その下に続くのは、根の形をした銀色の金物部分でした。


 それはあたかも、巨大な刀のように思えます。

 幹を柄、それを丸く包む岩盤を鍔、その下へ続く根を刃、そして刃を包む山全体を鞘として。いま振動と共に抜き放たれた長大な直刀は、持ち手も見えぬままずんずんと、空の高くへ消えていってしまいました。

 揺れが収まり、瞬く間に山は静けさを取り返します。そこに残されたのはもはや、すっかり埋まってしまった、目の前の洞穴のみでした。



 その晩より、しばらくの間。

 空には新しい星たちが輝くようになりました。目の良い者でなくては気づけない、弱い明かりではありましたが、いずれの星も二つ以上が、肩をくっつけ合うような近さで、まばたきしていたのです。

 まるで、元はひとつであった星が、きれいに斬られてしまったかのように。

 そして我がご先祖さまも、新しい洞穴を見つくろいはしましたが、以前のような刀の保管はかなわず。あっという間にさびついて、打ち合うことなど到底できない有様だったとか。

 そのうち刀そのものの注文も目減りしていき、鍋や包丁などの金物を扱う方向へ生業を変えていき、現在までに至るらしいんですよ。


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