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バインド  作者: 雅
2/11

 

 怒りが、込み上げる。


 足で土を蹴り上げ、右肩を樹の幹に激しく叩きつける。身体が勢い良く弾き返され、よろめき背後の幹に音を立てて凭れかかった。


「くそっ! あの野郎……何だってんだ!?」


 俺に剣を合わせる価値が無いとでも?

 この俺に、この剣士バインドが、

 全てを向けるだけの価値が無いと、そう言うのか?


 ふいに、頭の中で嘲りの声が囁く。


(――剣士? 笑わせるな。剣を失って、何が剣士だ)


(お前に価値は無い。価値があったのは私だ)


(私を失ったお前に価値は無い)


(くだらない生だ)


「うるせぇ! うるせぇ! うるせぇッ!」


 右腕を振り上げ、目の前の岩目掛けて叩きつけようとして、ありもしない腕は当然のごとく空を切る。バインドは体勢を崩して岩の上に倒れ込んだ。身体が強かに岩に叩きつけられる。


 一瞬呼吸を失った喉の奥から吐き出される息に、やがて低い笑いが忍び入る。


「……くッ、クク、ハハハ……」


 くだらない生?

 いいじゃないか。

 剣を失い、自分の生きている意味など無いと言うのなら、それもそうだろう。


 自分が望んだ生でもない。

 だが敢えて死ぬ気もない。


「死にたい奴が死ね。俺は別に、どっちでも構わねぇ」


 確か、やりたい事があった。


「なんだっけかなぁ」


 起き上がり、額に手を当てて思考を巡らせる。


 そうだ、あの男。あの剣士を殺すのだ。

 今度こそ完璧に、あの剣を抑えて殺す。


(もういない。私が斬った)


「そうだ。俺が斬った。あれは楽しかった」


(殺せ)


「誰をだよ」


(私を斬り落とした剣士)


「焼け死んださ」


(殺せ)


「けっ」


 よろめきながら立ち上がり、バインドは当ても無く歩き始めた。


 樹々の間を抜け歩く内、不意に細い道に出る。

 その道へ一歩踏み込んだ途端、高い悲鳴が耳を打った。


 悲鳴のした方へ顔を向けると、緑の瞳と視線がぶつかった。

 恐怖に見開かれた瞳に視線を合わせたまま、バインドはその眼を細めた。


「何だ、てめぇは」


 威嚇する荒々しい声に、漸くその場にまだ他の者達がいる事に気付き、バインドは緑の瞳から視線を動かした。


 三人の男達が抜き身の剣を提げて、一人の子供を足元に押さえつけている。子供の手から転がり落ちたボロボロの袋から、僅かな食料が覗いていた。

 だが汚らしい袋に、どう見ても似つかわしくない品物だ。押さえつけられている子供が、どこかから盗んできたのだろう。


 今いる道を辿ると、北の街道沿いのちょっとした街がある。

 バインドは男達の姿を眺めた。これまた、街の警備隊という訳でも無さそうだ。

 子供がどこからか盗んだ食料を、更に山賊達が奪い盗る、といったところか。


「クク」


 低く嗤い、背を向けて歩き出そうとしたバインドに、男達の一人が立ち上がる。


「何笑ってやがる、てめェ」


 だがバインドが止まる気配を見せない事に苛立ったのか、手にした剣をこれ見よがしに振り翳し、男は荒々しい足音と共に近寄った。男の腕が、バインドの右肩に掛かる。


 バインドの足が止まった。

 男はバインドの肩にかけた手を、ぎょっと振り払った。


「何だぁ、こいつ、片腕がねぇ」

「腕なんかどうでもいいじゃねぇか。そいつは何か持ってねぇのか、とっとと」


 ふいに、バインドに手をかけた男の身体が跳ね飛び、残りの二人の足元に叩きつけられた。


 男達が驚愕の表情を浮かべ、転がった仲間を見つめる。

 それから、まだ子供を押さえつけたままの体勢から、バインドを呆然と見上げた。


「……て、てめェ、何やってんだ……」


 バインドは無言で近寄ると、片足を振り上げ、転がった男の腹を蹴った。男がくぐもった呻き声を上げて転がるのを追って、頭を、背中を、腕を蹴りつける。


 肉が裂け、骨が砕ける。


「や、止めろっ!」


 慌てて立ち上がった男の一人が、バインドの背中に振り上げた短剣を突き立てた。

 肉に深く突き刺さるはずの刃はバインドの身体に触れた瞬間、音を立てて折れた。


「……っひ」


 信じ難いものを目にして、男達が呆然と立ち竦む。

 振り向きもせず、転がった男を再び蹴りつけ仰向けにすると、バインドは男の喉に足を掛けた。


 ぐ、と体重を乗せると、悲鳴さえ上がらないまま、鈍く砕ける音が響く。

 すぐには絶命せず、男は痙攣のように手足をばたつかせている。


 その姿から面白くも無さそうな視線を外し、バインドは漸く背後の残りの二人に向けた。

 自分の足元に落ちた砕けた刃に気付いて、薄く嗤う。


「――何だ。俺を斬るのに、この程度の短剣か?」


 感情の欠落した寒々しい響きに気圧され、残りの二人が後退った。


「う、うわっ」


 バインドは一歩踏み出した。

 手を伸ばし、もう一人の持っていた剣の刃を握り込む。


 それはボキリと、枯れ木のように折れた。

 バインドの口元が冥い笑みに吊り上る。


「……おいおい、もっとましな剣を見せてくれよ」

「ひぃっ、く、来るなっ」


 男達は絡まる足で土を掻くように背を向けると、転げるようにして我先に森の中へ駆け込んだ。


 バインドは彼等の後姿に首を巡らせたものの、すぐに興味を失ったように視線を戻し、足元に蹲ったまま震えている子供にその視線を落とした。

 それから、その傍に落ちていた袋に手を伸ばしてそれを拾い上げた。


 ずしりと重い袋を逆さに振ると果物や干し肉が幾つかと、それから壜が一本、柔らかい土の上に転がり落ちる。


「おっと、葡萄酒なんて入ってんじゃねぇか。それなりの品だな」


 拾い上げ、手の中で放りながら、怯えたままの子供に眼を向けた。

 おおよそ五、六歳程度か、薄汚れた顔と手足に、いつ洗ったのかも分からない汚い服を着ている。


「おいガキ。こんなもん持ってるからそんな目に合うんだ。どうせ盗むなら、今度から俺に持って来いよ」


 ひとつ嗤うと立ち上がり、バインドは森の奥に足を向けた。





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