世界と今世の終わり
先の探知の終点目指して移動途中、手持ちの術と薬で治療を行ったが、全て無効化された。
意外だったのは『時間を逆行させて再生させる魔法』までもが弾かれた。ここまで来ると、治療行為を無効化するとしか思えない。その証拠に、コートや衣類の裂け目は元に戻った。コートの簡易障壁は魔力を必要とする。今回のような不意打ちを考えると、強化繊維の開発でも考えるしかないか。
道具入れと宝物庫には『増血剤』の類はない。失血しても、魔法でどうにか出来ていたので、準備する事も考えなかった。
次の機会が有れば作っておこうと、心の中でメモを取る。
何度か意識が遠のきかけたが、唇を噛んで意識を引き戻す。噛む力が強過ぎたのか唇から血が流れる。
「ど、こ?」
終点に到着した。探すが見付からない。再び探さなくてはならないのかと、眉間に皴を寄せた瞬間、上方から雷の槍が飛来した。
回避すると正面に男が出現した。先程いきなりいなくなった事からも推測すると自分と同じように空間転移系の魔法が使えるのだろう。
「まだ生きていたか。否、我らの秘術を使っているのだから当然か」
愉快そうに笑っている。見ているこっちは不愉快になったが。
出血過多だが、思考は澄み切っていた。
鉄扇は身軽にするために宝物庫に仕舞った。道具入れも同様である。フラフラな現状から考えると、動き回るのは得策ではない。攻撃手段は魔法のみ。
一際大きく、木々が騒めくように揺れた。バキバキと生木が折れる音が聞こえて来た。木が折れる程の地揺れが発生しているらしい。
この世界の建築はレンガ造りが多かったので『街では倒壊が起きているのでは?』と、危惧を抱かせる程に大きな揺れが起きているのか。
「あと数刻で世界は剪定される。何しに来た?」
男の言う通り、あと数刻で世界は滅びる。
滅びをどうにか出来ないかとやって来たのに、天樹は朽ちて世界は滅びに向かっている。
男の問いに口を開こうとして、そこで自分は『男に返す答え』を持っていない事に気付いた。
何故、男を追ったのか? 転生の術を使って別世界に旅立っても良かったのに。何故そうしなかったのか、考えて『男を追うべき』と反射的に行動していた。これまで『男を見付けたら殺す』と決めていたから疑問にも思わなかった。
磨り減ったが復讐心は残っている。――だから殺すのか?
今なら違うと言える。
あの男が行っている『狂気と嫌悪を抱く何か』を終わらせなければならない。そう思った。
それに、自問自答したではないか。
――この男はどうするべきか?
――ここで、殺すべきだろう。自分のような被害者を増やさない為にも。
ならば、今ここで倒せなくても、『今後』に繋げる情報を取得する必要がある。
では、今行う行為は何と言うのか?
決まっている。復讐ではない。やられたからやり返す。
つまり、
「御礼参り」
口の端を笑みに歪めて言った自分の答えを聞き、男は一瞬目を見開き、額に手を当てて大笑いを始めた。マッドサイエンティストがしそうな高笑いのように笑っている。
癇に障る笑いだったので、問答無用でありったけの攻撃魔法を放つ。男は即座に迎撃を始めた。
そして、どれ程魔法を打ち合ったのか。
男が保有する魔力量は驚異的で、それなりの時間打ち合ったにも拘らず、一向に衰える様子が見えない。
一方自分は、失血による意識の途絶えが何度か起きかけ、その度に集中力が散漫になった。男が攻撃魔法を放って来るが、何時失血死するか分からない状態である。故に回避はしない。自身に当たりそうなものだけを全て撃ち落とし、間に合わなかったものは身を捩る。
意識の途絶えかけが原因で、何度も魔法が手足を掠って行く。
だが、不思議と恐怖はなかった。これまでのような、怒りと復讐心もない。
男の動きを観察し、先を読み、攻撃を放ち、撃ち落とし――これまで持っていなかった男の戦闘情報を蒐集する。
思えば、この男の情報は皆無と言って良い程に持っていなかった。
だと言うのに、今回大量に手に入った。
ならば、次に繋げば良い。
自分を『天才』や『秀才』と思った事はない。数多のミスを繰り返し、何度やっても出来ないものは出来なかった。同じミスを繰り返して出来損ないと罵られた事も有る。
自分は数を熟すしか能がない『凡人』だ。
それは遠い昔、師匠も言われた事だった。
ひたすら数を熟し、次に繋ぎ、自分が出来るまで諦めない事――それだけ忘れなければ良いとも言われた。
視界が白く、色が薄い。そろそろ駄目か。
魔力にまだ余裕は有るが、体の余裕が尽きたらしい。
視界が一瞬暗転した。戻った瞬間、男が目の前に現れた。こちらの限界に気付いたのだろう。過去何度も自分の胸を貫いた手刀が繰り出される。
反射的に両腕をクロスさせて防御するが、腕をあっさりと貫き、短剣で貫かれた箇所を再び貫かれた。感覚が麻痺しているのか痛みは感じない。
――これは死んだな。
思考の冷静な部分がそう判断した。
自分は死ぬ。
でも、男が目の前にいる。それも無防備な状態で。
一泡吹かせたさに、最期の一呼吸を魔法に使う。
「っ、雲散霧消!」
視界が白銀に染まり、男が声なき声を上げた。
雲散霧消――万物を分子レベルで分解し塵にする魔法だ。完全殺人犯罪御用達の魔法でもある。
男がどうなったか、不明だ。
何故なら、この魔法を放った瞬間視界が暗転し、回復しなかったからだ。
直後、重力に引かれて落下する。本来なら風切り音が耳に届く筈だが、それすらも聞こえない。
つまり、ここまでと言う事なのだろう。
眼下がどうなっていたか見ていないので不明だが、酷い状態になっているのは確かだろう。
僅か数秒で、地面に叩き付けられて自分は死ぬ。だが、奇妙な感覚だった。
何時もなら『また駄目だった』と失望感が襲って来るのに、何故か達成感が有る。
意識が霞む。コートだけ宝物庫に仕舞っておこうと考えるのは、直らない貧乏性か。
収納した直後、体が軽くなった。
転生の術を使用した時と同じ感覚に魂がこの世界から離れたんだなと確信する。
意識が完全に途切れる前に思う。
審判者。ヴェーダ。
男の正体を探っていたが、逆に謎が深まった。
それでも達成感を感じるのは、やはり情報を得たからだろう。
次の転生したの世界で記憶を取り戻したら、情報の整理をしないとだなぁ。
それを最期に、意識は完全に途切れた。
オルネラとしての人生の終わり。このあと世界は滅びた。
菊理以外の視点の話しを入れるか悩みましたが、この話しは『菊理の視点』で語られるのだから、菊理が知らない事は入れないれない方が良いと判断しました。
次でラストです。