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厄災

 このあと、厄災対策について話し合い……何故か、中央に祀られていた武具は全て自分が引き取る事になった。

 しつこく不要と言ったが『持っていて損はない』と押し切られた。全て宝物庫に収容する。

「厄介事に巻き込まれる確率が上がった」

「こらこら。前向きに考えなさい。前向きに。持っていて良かったと思える日が来る事を願おうじゃないか!」

 嘆くと肩を叩かれる。押し付けたお前が言うなよ。そう思ったが、言葉は漏れず代わりにため息が漏れた。

 厄災に関して情報が少なく、対策の立てようがなかったが、自分には役に立つものが一つあった。

 そう自分は未来を見る魔法を持っている。

 数多の可能性を見る事から『那由他』と呼んでいるこの魔法を発動させて未来を視て――言葉に詰まった。視た未来をクリスが持つ鏡に転写し、一緒に見ていたクリスも言葉に詰まっている。

 視えた未来は、天樹が縦真っ二つに割れ朽ちている光景。血を流して地に倒れ伏す自分とクリス。そして、哄笑する自分には見覚えの有る金髪の男。

「ククリ」

 名を呼ばれてハッとすると、クリスは自分の両手を包み込み、白い光を発生させた。

 両手を意識すると痛みがやって来たが、痛みは徐々に薄れて行く。推測だが白い光は回復魔法の一種なのだろう。

「あの男を知っているのかい?」

 クリスの問いに返答していいものかとやや逡巡したが、これからに関わるので答えた。

「あの男が、転生の旅の原因。遠い昔に至高神と名乗った男」

「ほう。この男がね」

 クリスは興味深げな顔をする。

 自分は言っていない事が一つある事に気付いた。

「言いたくないんだけどね。私の不死性については覚えてる?」

「確か、自害以外では死なないんだっけか?」

 クリスの認識通り、自分は『自害以外では死ねない』。自害が嫌で転生の術を開発したのだ。

「こいつの攻撃を急所に受けると私は死ぬ」

「例外は何にでも存在するとはよく言ったものだねぇ。いや、自身を例外扱いにする呪いだったのかな?」

「分からないけど、こいつの攻撃を食らうと、普通の人間と同じように死ぬ。それだけ覚えていて」

「解った。覚えて置こう」

 神妙に頷くクリスを見て、手持ちの武器を思い返す。

 あの男を殺す為の武器は過去何度か開発をした事は有ったが、全て失敗した――と言うか無効化された。

 何故だか分からなかったが、調べても答えは出ない。

 今からもう一度作るかと考えて、クリスに過去の戦闘時の事を話し意見を求めた。

「ふむ……だったら、さっき渡した槍を使うと良い」

 何故に槍? と首を傾げた。クリスが解説をする。

「さっき見た未来の光景だが、天樹が縦真っ二つだっただろう。この事から『天樹に干渉出来る存在』である事が分かる」

 天樹への攻撃は『まず』通らない。一見『異様に大きいだけの巨木』のようにも見えるので、刃物で傷つける程度は出来そうに見えるが実際は違う。

 普通の刃物では傷付かない。魔法も人が扱えるレベルの威力では傷つける事も出来ない。

 天樹を傷付けられる存在は非常に少なく、可能とする存在は、最早『人知を超えている』と言っても良い。

 そんな天樹を害する事が出来るとなると、如何なる存在かは限られて来る。

「管理化身の経験が有ったって事?」

「そうだろう。でも、『管理化身でなくなった身』でどうやって干渉しているのか分からない」

「まさか、未だに管理化身だ、何て言わないよね?」

 管理化身にまつわる知識を引っ張り出す。

 基本的に交代制。交代後は天樹からのバックアップがなくなるので、管理化身になる前の状態に戻る。

「そのまさかな話しが有る。どうやら管理化身の上位存在がいるらしい」

 管理化身の上位存在。聞いた事がないし、過去に一度だけ管理化身になった時に得た知識にはそんなものは存在しない。

「僕も最近になって知ってね。管理化身の上位存在として『審判者』と呼ばれる存在がいるらしい」

 何だそれは? 口を挟みたいが、我慢してクリスの次の言葉を待つ。

「この審判者と言うのは、天樹の大本である『世界樹』と直接繋がっている存在で、管理化身と同じ状態のまま、各世界に移動出来るそうだ」

「どこの違法能力者よ」

「ちなみに、選定の儀と守護者召喚の術式を作ったのもこの審判者らしい」

「……マジか」 

 作った奴の顔を一度見たいと言った事が有るが、まさかそんな上位存在が作ったとは。

「審判者って管理化身とどう違うの?」

 言いたい文句を飲み込んで、クリスに質問を重ねる。

「そこまでは解らないけど、複数人いて、派閥までも存在する事は確かだ」

「やっている事が人間じみているってどうよ?」

 クリスの回答にぼやく。何で派閥なんてものを持っているんだよ。

「まぁ、天樹に干渉出来る以上、『普通』じゃないのは確かだ。僕的に未来予測の『何人たりとも厄災を退ける事敵わず。柱の剣を以てしても敵わず、大地は剪定されるだろう』の文言の方が気になる」

「退けられない、敵わない、大地は剪定される」

「ああ。『退ける』事も、『柱の剣を以てしても倒す』事も出来ない。ならば、『槍を以って自主的に撤退させる』ってのはどう思う?」

「……剣が駄目なら槍でやれって事?」

「そうだ。槍は『錨』でもあり、阻む境界を生み出す『礎』でも在る。直接叩き込めば、逆転出来る『かも』知れない」

「皮算用しているみたいだけど、他に案も浮かばないし。一先ずやってみるか」

 捕らぬ狸の皮算用をしている気分になるが、他に案が浮かばないのもまた事実。

 どうする? 過去の失敗を思い出して鬱屈とした気分になった瞬間――轟音と衝撃が襲って来た。

「何だい、こんな時に!?」

 クリスが叫びながら立ち上がり、自分がやって来てそのままになっていた洞に向かって走り出した。その背中を見送り、自分も慌てて追いかける。

 洞の中を走っている間も、轟音が響き、衝撃で洞――天樹が揺れる。

 走りながら、現状を齎した存在の正体について考える。

 恐らく、クリスの未来予測魔法で来ると言われていた――未来を見る自分の魔法『那由他』で視た――厄災である、あの男がやって来たのだろう。

 戦いへの緊張から唇が乾き、鼓動が速くなる。

 それでも、『これで終わらせられるかも知れない』と思うと――思考がクリアになって行き、『出来るか否か』と言う悩みも消えて行く。

「やるやらないじゃなくて、やるしかない」

 声に出して、意識を集中させる。

 宝物庫から愛用の黒い日本刀――漆を取り出す。

 武器を選ばずに戦えるように、一通りの武具の扱い方は覚えた。だが、『武芸の才能はないから経験を積め』と言われた通りに経験を積み、それなりには出来るという自信はある。

 でも、これから相対する相手にはどこまで通用するか分からない。

 だからと言って、逃げる訳にも行かない。

 洞の出口が見えて来た。

 漆の鞘を握り締め、外に飛び出した。



 一言で言うのなら、既に終わっていたが正しいか。

 自分が到着するまでの間に、決着が付いていた。

 敗者である、血を流して倒れているクリスはまだ息が有るのか、立ち上がろうと足掻いていた。

 勝者である、金髪の男は口の端を歪めてクリスを見下ろしている。その容姿は魔法で見た通りの人物だった。

 金の長髪、血のように赤い瞳。黄色い肌なのに右手だけ黒い。それなりに整っているのに、群衆に埋もれてしまいそうな特徴のない顔。柳を連想させる長身瘦躯の右半身はクリスの返り血を浴びて赤く染まっている。

 間違いなく、記憶にある『至高神』を名乗ったあの男だ。

 クリスが上体を起こそうとした。男がクリスの頭に向かけて、踵を振り下ろした。風の礫を男に放って妨害する。無音で放ったが、魔法だからか、それとも魔力を感じ取ったのか、男は後ろに大きく飛び退いた。

 すかさず、治癒魔法をクリスに向かって放つ。クリスが淡白色の光に包まれた。

 確認出来たのはそこまでだった。

 次の瞬間、男が目の前に現れた。距離は二メートルもないだろう。反射的に漆の鯉口を切り、居合斬りの要領で斬りかかる。舌打ちを一つ零して男は後ろに下がって避けた。一歩踏み込み、両手で柄を握って袈裟に斬りかかれば、今度は白く輝く魔法障壁で阻まれる。

 至近距離で男と視線が合い……妙なものを感じた。

 過去遭遇した際は、いつも値踏みするようにこちらを見て来た。しかし、どう言う訳か今の視線は何かを探るような、怪訝な視線を感じた。

 漆を下に引くような動作で障壁に押し込むと、障壁に亀裂が入り呆気なく割れた。

 追撃に更に一歩踏み込むが、男の姿が掻き消え、クリスを挟んだ反対側に現れた。直線距離は目算で三十メートル以上有るが、男は瞬間移動のような魔法が出来る――僅かに魔力の揺らぎを感じるので魔法と断定――が故に、この距離もあちらが思えば一瞬で詰める程度は出来るだろう。

 油断なく構えるが、男は目を眇めてこちらを見詰めるのみ。何だろう? 吟味されているかのような視線は居心地が悪い。

 無言で睨み合う。

 そして、どれ程時間が経過したのか。クリスの治癒が終わり、本人が自力で這ってこちらに戻っても睨み合いが続いた。

 いつまで睨み合いを続ける気なのか。攻撃して来る気配すらない。

 いっその事、自分から仕掛けるかと僅かに腰を落とし、足首を掴まれた。視線を落とせば、クリスと視線が合う。視線が合うとクリスは僅かに頭を振った。仕掛けるな、と言う事なのだろう。

 小さく舌打ちを返すと、足首から手が離れた。

 再び睨み合うが、今度は長く続かなかった。何かに満足したかのように、男がにぃと顔を歪めて笑みを作り、低い声で笑い出した。

「以前は感じなかったが、小娘、霊力に目覚めたな?」

「だから何?」

 否定も肯定もせずに、ただ問い返す。こいつに情報を渡して良い事が有るとも思えない。しかし、今更なって何故そんな事を気にするのかと、疑問が湧く。情報を持たぬ相手だから、何かしらの情報欲しさに、期待せずに問い返したのだ。

「こいつは快挙、いや、初成功と言うべきか?」

 心底愉快そうに哄笑しているこの男は、何を言っているんだ?

 訝しむが、分かった事も有る。

 快挙と初成功と言う単語は、何かをなさなければ滅多に出て来ない。それも、複数回を、だ。

 つまりこいつは、自分達のような『転生の旅をしなくてはならない存在』を過去に何度も生みだしたのだろう。同時に、過去遭遇した際に自分を視ていた目が『値踏み』だった理由も悟った。あれは、望んだ結果になっているかと言う『確認作業』だったのだ。この男に殺されたあれは『望まぬ結果だった』から『次の転生に逝かせる為』だったのだろう。

 どれほどの時間と人数をかけたかは知らないが、その所業に狂気を感じる。

 他人の人生を弄び、成功していないと知るや『殺し』にかかって来る。

 思考がまともに感じない。時間と労力の費やし方が狂っている。その在り方に嫌悪を感じる。

 磨り切れて殆どなくなった、この男への怒りが再び湧いて来る。

 自問する。――この男はどうするべきか?

 自答する。――ここで、殺すべきだろう。自分のような被害者を増やさない為にも。

 軽く息を吐くと思考がより鮮明になって行く。

 身体強化魔法をを己にかけ、瞬間移動のように動き数十メートルの距離を一息で縮めるスキル魔法『縮地』を使用し、三十メートルはある男との距離を一息で縮め――漆で斬りかかった。

 ほぼ無音で動いたが、先読み系の魔法が使えるのか、先程と同じように無詠唱で展開された魔法障壁で阻まれた。漆を引き斬るように動かせば障壁に亀裂が入る。男は愉快そうに顔を歪め、手に炎の槍を作り出し、自分目掛けて放った。数は一つ。至近距離だが、男と同じように障壁を展開して逸らすことは出来る。一メートル四方の白く光る光の障壁を角度を付けて展開して槍をあらぬ方向に逸らす。

 次に障壁越しに自分の頭部を狙った蹴りが飛んで来た。僅かに屈んで避ければ、蹴りは急停止して踵落としに変化する。仕方なく後ろに跳んで避ける。

 数メートル距離を取ると、男は即座に追撃して来た。

 大量の氷の礫が飛んで来る。放った男の姿が見えなくなる程に大量の礫は突進して来る一枚の巨大な壁のようだ。障壁を一方向ではなくドーム状に展開して礫の雨を駆け抜ける。雨の先に男はいなかったが、経験則から後ろに振り返る。男がいた。振返る勢いを殺さぬように斬りかかると、男は後ろに跳んで避けられた。

 踏み込んで追撃はしない。目に見えず、高速で飛び、最も速く展開出来る風刃を大量に放つ。

 自分が一息で展開出来るそれなりに威力の有る攻撃魔法は千個程度だが、乱発してクリスまで負傷させてはならない。体力が回復していないのか、クリスはまだ伏せっている。彼に当たらぬよう、風刃を放つ高さを男の腰以上に設定して放った。

 屈んで避けるのならば斬りかかろうかと思ったが、男は大きく上に跳んだ。刃が通り過ぎても、男は降りて来ない。見上げれば空中に留まっている。

「何故霊力を使わん?」

 怪訝そうに男が訊ねて来るが、自分には男の問いに答える気力がない――と言うか皆無だ。それに霊力は普段から約九割も封印している。なので体外に漏れるとしても、回復系の魔法を使用した時に『微量』混ざるだけ。それなのに、この男は良く気付けたなと感心する。

 それに何となくだが、男が言う通りに霊力を使用して、現状が解決するとは思えない。

 霊力に目覚めて以降の『何となく』は直感の一種で、恐ろしいまでに当たる。ここまで来ると『予知』に近い。更に霊力の制御訓練過程で、数秒後にやって来る危機を映像で視る『危険予知』を得てから精度は上がった。



 そもそも『霊力』の基本は『浄化』と『進化』である。

 いつぞやかの世界で知った『神聖魔力』は『魔除け』と『強化』だ。更なる研究で『霊力の劣化版』のような力である事も知った。

 そして、『進化』と『強化』の違いは『ランクアップ』と『威力上げ』位に違う事も判った。

 


 霊力は頼らなければならない状況になるまで使わないと決めている。個人的に、霊力は『旅の過程で偶然手に入れた力』であり、当初は頼る事ともしなかった。制御訓練も完全な手探りだった。

 今、霊力に頼らなければならない状況でもない。そんな状況にならないように修練し、戦闘経験を積んだ。 

 必要ない、と言う返答の代わりに、氷の槍を弾幕を張るように放つ。

 男は迎え撃つように大量の火球を放った。

 相殺し合うようにぶつかって消えるが、幾つかはすり抜けて来る。氷の障壁を即座に展開すると、火球は全て氷の壁に阻まれた。男も障壁を展開して氷槍を防いだ。

 魔法で打ち合ったが、完全に防がれている。

 相手の動きに対応出来ているのは良いが、完全に防がれているのでは意味がない。攻め切れていない。手詰まり感が有る。

 どうするか考えて、クリスが言っていた案を思い出した。

 ――槍を以って自主的に撤退させる、ってのはどう思う?

 倒せないのなら、自主的に撤退させる。剣が駄目なら槍はどうか? 

 言葉遊びのような思い付きだ。

 そうだとしても、賭けてみよう、そう思えた。

 漆を納刀し、宝物庫に収容する。代わりに取り出したのは、クリスから受け取ったランス。

「何故、貴様が持っている!?」

 ランスを見た瞬間、男が動揺した。流石に知っていたか。

 だが、動揺しているのなら今がチャンスだろう。

 魔法を発動し、ランスの柄を確りと握り、跳び上がるように男に突撃した。

「チッ!?」

 舌打ちを一つ零し、男は横に退避しようとして――見えない何かにぶつかった。ぶつかった衝撃に小さく呻くが、冷静に別方向に退避を敢行して、見えない何かに阻まれる。

「どうなっている!?」

 どの方向に進んでも阻まれる。動揺から魔法の正体に気付いていないらしい。



 展開した魔法は空中に固定する捕縛魔法だ。

 対象を空中に固定するが、この魔法は風属性の魔法ではない。魔法の名は『界牢』と言い、本来は対象を指定して発動させる空間に干渉する魔法だ。

 その魔法を『対象の周囲一メートル程度範囲を立方体状に固定する』と言う変則的な行使をした。男からすれば見えない壁に阻まれている程度だろうが、自分からすると『視えない障壁を使って、立方体の空間に閉じ込めた』感覚だ。



 ここまで十秒にも満たない時間だが、男にとっては長く感じただろう。

 数十メートルの距離を詰め切り、動転している男の胸を捕獲している魔法障壁ごと、ランスで貫いた。障壁は砕け、男の口から血が零れる。砕いた障壁の端に足を置く。対象を空中に固定する障壁は砕けても空中に留まったままだった。ランスを引き抜く際の足場にまだまだ使えそうだ。

 肉を穿った手応えがある。この手応えは間違いなく『生物を穿った』生々しい手応えだ。貫いたランスの先端の直径を考えると、間違いなく男の心臓を穿った。その証拠に、ランスを経由して微かに鼓動を感じた。

 心臓を穿たれた男は声にならない叫びを――上げる事もなく、何故か自分とランスを見て、ニィ、と不気味な笑みを浮かべた。

「ハッ、ハハハハハッ、アハハハハハッ!!」

 男の口から漏れる哄笑は怖気を誘う程に不気味だった。

 己の心臓を穿たれて何故嗤えるのだ?

 ランスを半回転させ、男の胸から無理矢理引き抜き、地上に着地する。

 そして、信じ難いものを見た。クリスと二人して茫然とした声を上げる。

「なっ」「……嘘だろう」

 男は空中に留まったまま右手を額に当て、狂気に満ちた哄笑を上げている。穴が開いた胸からは、依然として血が流れ、グロテスクな臓腑が見える。

 だがそれも数秒経過すると、時間が逆行したかのように再生した。穴の開いた血の付いた服だけはそのままだ。

 男の再生は自動で行われた。無詠唱で行われたようには見えない。

 自分も時間逆行させて『再生させる魔法』は使えるが、男の再生は全くの別物に見える。

 霊力の副産物である『霊視』を発動させる。



 霊視とは『不可視を見て、術理を読み解き、過去と未来と千里先まで見通す複合魔眼』と言えば分るだろうか。使った感想がこんななので他に言い様がないのが悲しい。

 今回発動させたのは『術理の読み解き』である。

 初見の術であってもどのような術であるか『視る』事が出来る。けれど、戦闘中にはまず使わない。通常でも使わないが。

 理由は二つある。

 その一つは視覚情報の増加による頭痛だ。知恵熱ではないが、使用する度に虫歯並みの激痛に襲われる。その痛みに耐えて男を視る。

 もう一つは、使用中『瞳が霊力の色である金色に輝いてしまう』からだ。世界によっては『魔眼』や『邪眼』と勘違いされる。サングラス必須なのだ。



 後者はともかく、前者の理由から『術理を読み解く霊視』は滅多に行わない。

 しかし、今は術理を知っておくべきだと直感が訴えている。

 そして――術理を視てこの直感は正しかったと、確信した。

「何、あれ?」

 霊視で視た男の全身は異様の一言に尽きた。余りの異常事態に頭痛を忘れる程であった。

 男の全身は――指先等の末端に至るまで――複雑且つ精緻で、奇怪な魔法陣が刻まれていた。

 ここまで複雑だと例え表現に『蜘蛛の巣』か『芸術的』が使われるだろうが、男の魔法陣にその例えは合わない。

 ハッキリ、言おう。生理的嫌悪を抱く程に気持ちが悪い。

 魔法の探求者ならば、男の魔法陣に驚嘆し、敬意を示すかもしれない。

 だが自分には、奇怪な魔法陣が生物の内臓を連想させ、蠢いているようにも見える。ここまで来ると、非常に醜悪で、グロテスクだ。

 生物の内臓を連想させたのにはキチンと理由が有る。

 心臓が鼓動するように、男の魔法陣には『脈を打っている』箇所が複数個も有った。一つは先程のランスによる突撃で破壊出来た証拠なのか、黒く罅割れている。今も脈打つ無事な他の個所は、生物のように罅割れた個所との接続を断って行く。その様は壊死した箇所を切り離しているようだった。

 ここまで、魔法陣を『視た』感想について語った事で気付いただろうか。

 男の魔法陣の術理が、一つも読み解けないのだ。頭痛を忘れる程の異常事態である。

 しかも、魔法陣の文字が、一字も読めない。

 ――おかしい。



 実を言うと、異世界に自力で移動する事を想定して『異世界言語自動翻訳』のような魔法技能を創り習得している。

 技能名『無限の言語』は『読み・書き・会話』の内、自動翻訳で『読みと会話』に不自由せず、『短期間で言語習得』出来る技能として創った。

 読みと会話に不自由せず、短期間で文章が書けるようになればいいと創ったのだが、これが魔法のある世界によっては大いに役に立った。ない世界でも役に立ったが。

 魔力消費なしで自動発動するので、語学系の勉強が非常に楽になった。国によって使用する言語が違ったり、共用語が存在する世界、古語の習得が必須だったりする世界では大活躍である。発音もネイティブスピーカー並だ。

 古代語も範囲に含まれる。『解読出来ていない古代語』も読めるので、うっかり『失われた魔法の詠唱を読み上げて』、数多の政府や闇組織が放った人攫いの嵐に遭遇したのは苦い思い出である。


 

「っ、あー……一つ破壊されるとは想定外だが、ここまで成長しているとは、望外の収穫だな」

 異常事態に思考が停止していたが、男の声で我に返る。

 霊視を停止し――停止の反動で激しい頭痛に襲われるが我慢――こめかみをさすりながら、空中の男を見る。男は塞がった個所から『黒い何か』を引きずり出して背後に捨てる。黒い何かは地面に落ちる前に砂の器のように崩れて消えた。

 急ぎ回復系の魔法で頭痛の和らげに入り、ランスを構える。

 男は自分を見て、にぃっ、と口を笑みの形に歪めた。

「はっ、霊力に目覚めていたか。その顔……やはり、我がヴェーダの術理は読み解けなかったか」

「ヴェーダ?」

 男の台詞を反芻する。我がと言うからには『ヴェーダ』とはこの男の名前なのだろうか? ヴェーダって確か『古代インドバラモン教の聖典』の名前だよな。サンスクリット語で『知識』だったか。

 ……いや、気にするのはそこではなく『術理は読み解けなかったか』の方だろう。この男、霊視を以てしても術理が読み解けないと知っていたのか? でも『やはり』と言っていたので『可能性が有る』とだけ思っていたのだろう。

 自分がついさっき使用した事で確信したに違いないだろうが。

 頭痛が治まって来た頭で、男がどう動くのか考える。予言とクリスに見せた未来から考えると、攻撃が来るのは間違いないだろう。

 過去、この男と繰り広げた戦闘を思い出す。

 武器の類は一切使用せず、魔法と体術がメイン。武器を使わないからと言っても油断は出来ない。皮膚を鉄のように硬化させて繰り出す体術は『人体が鈍器もしくは刃物と化している』と言った表現がしっくりと来る程に恐ろしい。手刀は剣の如く対象を切り裂き、拳は岩をも砕く。あの手刀で、過去何度も心臓を貫かれて死んだ。それを思い出すと、対応出来なかった不甲斐なさを感じる。

 笑いをかみ殺す事が出来いないと言った状態の男を睨みながら、数秒先の未来を視ながら戦うべきか、どうすると考え始め――前触れもなく、地面が揺れた。次いで、頭上で、ザザーッ、と枝葉が揺れる音が響き、枯れ葉が舞い降りて来た。

 何事かと、頭上の天樹を見上げて、絶句した。漸く立ち上がれるまでに復活したクリスも驚愕の声を上げる。

「天樹が!?」

 青々とした葉が色を失い枯れ葉と化し、幹も色褪せて行く。

 更に、ビキビキと音を立てて、天樹に亀裂が入って行き、一際大きな音を立てて天樹が真っ二つに割れ、朽ちた。

 その光景は、クリスに見せた未来と同じだった。

 そして、その光景を見て、予言とクリスと交わした会話を思い出し、一つの仮定に行き着く。

 予言成就を阻もうとして、順番が入れ替わったのか?

 可能性の一つとしては有り得る。原因も推測出来る。恐らく、ランスによる攻撃だ。

 つまり現状は、予言回避の為に動いた結果が裏目に出たのだ。

 その推測を肯定するように、天樹の魔力が男に流れ込む。流れ込んだ魔力の影響か、男から放たれる威圧感が高まり、地面が再び揺れる。

 先制攻撃を放つべく魔力を練り上げた直後、クリスが胸を押さえて苦しみ始めた。同時にクリスの体が淡く光り、溶けるように消えた。

 その光景は自分には『水が入ったバケツの底に穴が開けられ、そこから水が流れ出た』ように見えた。慌ててクリスの許に駆け寄る。

「クリス!?」

「大丈夫だ。あれが審判者なのは間違いなさそうだね。管理化身としての権限を奪われた。……ぐっ」

「いや、大事でしょ!」

 青い顔をしたクリスに突っ込みながら、先の光の正体を知る。あの光の正体は『管理化身の権限強奪』の光だったのか。

「!?」

 ぞわりと悪寒を感じ、ランスを即座に宝物庫に収納、同時にクリスの冷たい腕を掴んで引き寄せて障壁を展開する。直後、視界が真白に染まり、耳を劈く轟音が響いた。

 障壁展開の為に掲げた腕に衝撃が走り、想像以上に重さに顔を顰める。

 音を立てて障壁に亀裂が入るが、その度に重ねて展開し、後付けだが強化も行う。

 そして、どれ程時間が経ったのか。一分にしては短く、十分にしては長過ぎた。

 視界に真白以外の色が入る。轟音による耳鳴りは唾を飲んで落ち着かせる。魔力大量使用が原因で荒くなった息を整えながら、障壁の確認をする。展開した障壁は幾つか砕け散っていた。目の前に展開されている障壁も亀裂が入っており、何時砕けるか判らない状態だった。障壁を解除し、魔法や気配探知技能を使用して男の姿を探す。地揺れは探している間何度も起きた。

 ……いない。

 見える範囲、魔法や気配探知で捜索可能範囲では見付からなかった。隠れている可能性も有るので、目を閉じ、細心の注意を払って探る。限界ギリギリを丹念に捜索し、奇妙な引っ掛かりのようなものを感じた。

 起点は直ぐ傍。終点は遥か頭上。

 どうなっているか分からず、クリスに意見を求めようと目を開いた直後――背後から胸に衝撃が走った。視線を降ろせば、胸から剣が生えていた。

 口に鉄の味が広がる。首だけ動かして背後を見る。そこにはクリスがいた。奇妙なのは、クリスの顔が能面のような無表情、否、死相である事か。

 クリスの顔を見て、引っ掛かりの正体を悟った。

「降霊術? あんた、もう死んでいたのね」

 無駄に高度な技術だと思う。生きているかのように偽装するとは。自分の手で治療したから『まだ生きている』と認識した。治療行為すらも向こうの推測通りだったのかもしれない。何時術を掛けられたか。考えられるとしたら、管理化身の権限が剥奪された時か。

 引っ掛かりの正体は、クリスにかけられた降霊術だったのだ。

 今思えば『天樹を守護する管理化身がフォローにも動かない』のは確かに奇妙だ。自分が遅れてやって来た時点ではまだ動きが有ったので、恐らくだが、治療途中か、権限を奪われた時に死んだのだろう。死因は不明だが、治療しても意味を成さないとは厄介な。

 剣が引き抜かれる。胸に手を当て、止血と治療の魔法を発動させながら振り返る。自分の血で朱く濡れた剣は見た目こそ短剣の類ではあるが、刀身は血を吸って禍々しい魔力を放ち始めている。

 魔剣の類か。あるいは、あの男の手製の剣か。

 どちらにしろ、発動させた魔法が弾かれている。このままでは失血で動けなくなるだろう。

 クリスがノロノロとした動きで再び剣を構え、刺突を繰り出した。

 腰の鉄扇を引き抜いて剣を叩き落し、胸ぐらを掴み背負い投げの要領でクリスを投げ地面に叩き付ける。虚ろなクリスの目と視線が合った。

「……」

 数秒迷い、魔法でクリスを氷漬けにした。死んでいるとは言え、遺体を攻撃するには躊躇いがある。

 親しい間柄ではない。会って数時間しか経っていない男だ。

『一度は人生を楽しみ追求してみるって事を考えてみてはどうだい? 怒りと復讐心だけで生きていては、心が磨り切れるのも当然だよ』

 でも、忘れてはいけない、大事な事を教えてくれたのだ。無下に扱うのは気が引けた。

「ごめん。ありがとう」

 氷漬けにした事について謝罪を、そして、大事な事を教えてくれた事について礼を言ってクリスに頭を下げる。

 クリスの手から叩き落した短剣は柄に触れると、刀身だけでなく剣全体が砂のように崩れた。クリス以外の人間が触ったら砂になるようになっていたか。

 貧血で視界が霞む中、重力制御魔法の一つ『任意方向に落下する疑似飛行を可能とする魔法』を発動させる。重力に干渉し流れ星のようなイメージで高速に飛ぶ事から『流星』と名付けた魔法だ。本物の流星のようには燃え尽きたりはしないが。

 距離は有るが、可能な限りの手当てをする為に飛行で頭上を目指す。

 空に舞い上がる。氷像となったクリスと視線が合いそうで足元は見れない。ただ上だけを見て飛ぶ。



 天樹は朽ちた。

 地揺れが何度も起きている。

 この現象は『とある』前触れであるとしっている。

 そう、世界が亡びる前触れだ。

シリーズのプロローグと菊理の回想に名前しか出なかった男が遂に登場。

菊理が魔法で視る未来は『確定していない高確率で起きる可能性の有るる未来』です。なので、見ても、こう言う事が起きるかもねと、身構えるだけです。

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