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この矢が当たったら  ――「弓道場」「白雪」「飽く」

お題は「弓道場」「白雪」「飽く」


微笑ましい高校生の両片思いが書きたかったもので。

なお、弓道については完全な想像ですので、細かい所に着いてはご容赦ください。



 春。桜が舞い、清々しい空気に包まれて、ちょっとの緊張と大きな高揚感に胸を弾ませる季節が来た。入学式を終えたその高校では、部活動が盛んという評判の通りに、既に活動が始まっているようだ。まだ入学したばかりで、手加減されている授業を終えた放課後、彼女はあちこちから上がる声やスポーツの音を楽しみながら歩いていた。入部先を決めかねている新入生を勧誘する声。仮入部の下級生に対して、発破を掛けつつランニングをしている音。高らかに金属バットで野球ボールを打ち上げた音。興味を引くようにかき鳴らされる楽器たち。


 ワクワクした気持ちに足元を弾ませながら、少女は悩んでいた。早速作った友人たちは、既に入部を決めていたり、自由気儘な帰宅部を選択していたり。決まらない方が少数はなのか?そもそもどうしてそんなにあっさり決められるのか?と少々頭を悩ませながら、ううーん、と伸びをした。上級生に見つかると熱心な勧誘を受けるので、それとなく隠れつつ、あちこちの様子を見て回る。しかし、王道の運動部も、多様な文化部も、どうしてもしっくり来なくて。少女は疲れたようにため息をついた。


 「どっかベンチってあったっけ。自販機も欲しいなぁ」


 ブツブツと呟きながら、ふらついていたのだが、ふと少し離れた場所に建物が立っているのが見えた。校舎よりも遥かに小さい。部室棟かと思ったが、別の所にあることを思い出し、それも違うかと首を傾げる。そもそもこんなはずれの場所に建てたら、不平不満が上がるだろうと思いつつ、湧き上がる好奇心に負けて足を向けた。さて、何の建物だろうか。室内というと、文化部か?しかし、本校舎の中に美術室や放送室など彼らの活動場所になりそうな場所があることや、文化部の為にわざわざ作るとは思えない。となると、室内競技か。思いつくのは、バドミントンにバスケに、でもそれだと体育館がある。専用と考えると、例えば、柔道。あるいは――。


 その時。ビィンと何かが弾けるようなが周囲に響き渡り。その力強い音に、少女は動きを止めた。ややあって、ポス、という小さな音がして。再度、静寂が広がる。


 何事か、と顔を上げた少女の視線の先では。目的にしていた建物があり、その一辺の壁が解放されていた。そこに一人立つ青年が、凛とした厳かな雰囲気を持って、弓を構えていた。すると、ギリギリと引き絞っていたその手から矢が放たれ。先程聞いたビィンという音が響き渡る。腰に手をあてじっと前を見据える青年は、格好良かった。暫くその姿勢のまま立っていた青年は、ふと肩の力をぬき弓を下げた。放った矢を見て何か考えて居るようだ。少女はハッと我に返り。


 「あの!」


 と声を掛けた。






 夏。鬱陶しいまでに叫び続ける蝉の声を聞きながら、少女は教室の窓の縁から目だけを出していた。ガラスの窓越しにじりじりと強い日差しが照り付けてくるが何のその。外の光景に釘付けになっている少女の背後から、呆れたようなため息が投げつけられた。


 「顔の上下で日焼けの境目が出来そう」

 「怖い事言わないでくれる?!あと、それどころじゃないの!」

 「ああそう」


 しっかり日陰にある机を占領して、冷たいジュースを啜る親友の視線が痛い。渋々振り返ってすごすごと親友の元まで退散すると、アホの子を見るような目で見られる。仕方ないじゃないと膨れっ面を擦るも、効果はないようだ。少女の背後、窓の外では青年が告白を受けているようだ。


 春のあの日。青年が弓引く姿に一目ぼれした少女は、そのままの勢いで青年の所属する弓道部に入部した。そう、興味に惹かれるがままにちかよったあの場所は、弓道場だったのだ。勢いあまって声をかけた結果、呆気にとられた青年に、困ったように頭を掻きながら「危ないから弓引いてるときに声掛けちゃダメだよ」とたしなめられたのは良い思い出だ。勿論、平身低頭で速攻謝った。クルクルと表情が良く動き、華奢な体で動き回る少女に、青年は吹き出して名乗ってくれた。一つ上の先輩だった彼は、「良かったら弓道部においで。部員の少ない緩い部活だよ」と入部届を渡してくれたのだ。


 そうして、そのままの勢いで経験ない弓道部に入部した彼女は、先輩に手取足取り弓引きを教えてもらい、先輩後輩としては親しくなった。あくまで先輩後輩としてだが。


 「だったらさっさと告白して玉砕してきなさいよ、鬱陶しい」

 「ちょっと!玉砕とは失礼な!親友の恋路を応援するような器の大きさないの?!それでも親友?!」

 「あのね、勉強出来て運動も出来る、性格完璧なスクールカースト上位の先輩に対して玉砕せずにいられる確立どのくらいよ?」

 「無理ですごめんなさい。……だから何も言えないんじゃない!遠目から見るだけでもいいじゃん!嫉妬するくらいいいじゃん!」

 「良いけどウザいから私の前でやらないでくれる?ってか、ストーカーにならないように気をつけなさいよ」


 なかなか容赦ない台詞である。うえーんと泣きついてみるも、絶対零度の視線の前に撃沈する。うじうじと指先を擦りつけつつ、少女はため息をついた。先輩がモテることくらい分かっていた。寧ろ、今も彼女がいない方が不自然な方だ。その彼女がいないという一縷の望みに掛けて先輩に絡んでいるが、同じことを考えている女の子など大量にいるだろう。今も告白されているし、昨日は別の女の子に告白されていた。普段はこれまたスクールカースト上位の可愛くて華やかな女の子たちに囲まれている。小さな体がコンプレックスな地味な少女では到底太刀打ちできない。考えれば考えるほど気落ちしてきて。少女は慌てて頭を振った。


 「ゆめみるくらい、良いじゃない!ということで、先ずは部活を通して仲良くなる!」

 「それ、春にも言ってたわよ。永遠にその段階から進まなさそうね」

 女の子にはあるまじく、取っ組み合いになった。負けた。泣いた。






 秋。早いもので、爽やかな緑が美しい極彩色に変化して、山を道を彩っている。かなり日が短くなり、昼は汗ばむほどに暑いくせに、陽が沈むとあっという間に凍えるくらいに寒くなる。丁度その中間くらい、動くにはもってこいの気温の中で、少女は道着を身に付け弓道場に立っていた。静かに息を整え、意識を自分の一挙手一投足に向ける。ゆっくりと片手にもったゆみを構え、慎重に矢を番える。遠くに見える的は、そとから見ていても小さかったが、弓道場の、それも弓を引く場所から見ると更に小さく見える。ぐっと力を込めて固い弓を引き、ギリギリと揺れる矢の先を的に向けて、すっと息を吸って止めると。おもむろに手を離し。


 ビン、と音を立てて放たれた矢は、トスと音を立てて的から外れた場所に突き刺さった。


 「くっ」

 「うぅぅ」


 背後から吹き出す声が聞こえて、少女は釣られて呻き声を出す。意識がちりじりになりながらももう一本はなって、これまた見事に外れる。背後で笑いを必至に堪える気配を感じつつ、なんとか最後まで手順を流すと。少女はガバっと振り返って噛みついた。


 「先輩!何も笑わなくていいじゃないですか!」

 「だって、何処飛んでくかなって思ったら、隣の的のその先に飛んでくんだもん。どうやったらそうなるわけ?」

 「私に聞かないでくださいよ!」


 整った顔を笑み崩して腹を抱えて笑っている先輩に、少女は半眼を向けた。初心者として入部し、基礎の基礎から初めて、ようやく弓を引けるようになった今日この頃。早いのか遅いのかは分からないが、少なくとも少女は自分の運動神経を信用していない。ふん、と拗ねたようにそっぽを向いた後輩を見て、ごめんごめんと笑いをかみ殺して機嫌を取る先輩。そんな顔でもきれいなんだからずるい、と少女はむくれた。


 アレコレ注意点を指摘しつつ、こうだよとお手本の様に一本引いた先輩の矢は、見事に的の中央に吸い込まれていった。何だかんだいって、この先輩はかなりの実力者なのだ。己との違いに内心落ち込むも、これで頑張ってお近づきになるって決めたんだ、これ以上もたもたしてたらまた親友に馬鹿にされると気合を入れ直す。もう一回と準備を始めた彼女を、先輩は優しい瞳で見守っていた。


 ころころ変わる表情が可愛くて、ついつい揶揄ってしまうものの。後輩が小さな体で丁寧に弓を引く姿を彼は気に入っていた。真っすぐ純粋に的を見つめる目に心を奪われたのはいつだったか。見た目やステータスに釣られただけの女の子であったり、カッコい彼氏を持っている自分に酔いたい女の子ばかりが近寄って来て、彼女のように純粋に憧れてくれるような女の子や良い意味で普通の子達は遠巻きにしてくる中。彼女だけはキラキラした瞳で真っすぐに見つめてくれた事が嬉しかった。


 それに何より。弓を引いている時は、それに全力を尽くしている。今も、さっき述べた改善点を必至に修正しようとしているのが分かる。お世辞にも器用な方でも、運動神経に恵まれている方でもない。それでも、努力家だった。自分の好きな弓道を、これ以上となく必死にやって楽しそうに笑う少女に落ちない男がいるものか。そんな事を思いながら、少女の練習に付き合い。ついに。


 「あ、たった?当たった、当たりましたよ!やったぁ!」

 「一本だけだけどね?それと、作法を忘れない。最後まで通してから喜びなさい」


 的の端っこも端っこ。どうにか当たったと言わんばかりの場所ではあったが、的中であることには変わらない。パッと振り向いてはしゃぐ後輩に、彼は吹き出した。慌てて澄ました顔を取り繕う少女に、さてどうやって揶揄ってやろうかと考え始めた。






 そして、冬。今年は例年にもまして厳しい冬。凍てつく様な冷たい空気に支配されている。天気予報によると、このあと雪が降るようだ。今年初の雪は、きっと真っ白できれいなんだろうなと数年ぶりの雪に想いを馳せつつ、少女は弓に矢を番えた。自主練をしたいと顧問に無理を言って解放してもらった弓道場は、ヒンヤリとした空気に満ちている。ゆっくりと、だが確実な動作で弓を引いた彼女は、ぴたりと的に狙いを定めた。ビィンと凛とした弓の音が響き、その矢は真っすぐ的へと向かい。


 ごくわずかに的を逸れて刺さった。


 負けない。少女は動揺せず、もう一度矢を放つ。外れる。一度最後まで礼を尽くし、近くに確保していた矢をとる。そして、もう一度最初からやり始めた。もう何時間やっているだろうか。時間の感覚はとっくにない。それでも、少女はあきる事なく弓を弾き続ける。徐々に徐々に感覚を調整し、なんども的に掠めていく。悔しさと焦りとに胸を焼かれつつも、冷静にと自分を律して弓を弾き続ける。乱れた心で引いても当たらない事はよくわかっている。柄にもない事を考えながら、少女は引き続ける。的に向かって引く事を許され、秋中ずっと先輩に指導されていた彼女の腕は確実に上がっていたが、それでも的中率自体は高くない。これまで的に的中した数など、数え切れるくらいだ。


 それでも、少女は一心不乱に引き続ける。彼女には、どうしても今日的中させなければならない理由があった。少女は、今日、自分と賭けをするつもりで弓道場に来た。的中したら、告白する。結果がどうなろうと、やれることはやっておきたいと漸く決心したのだ。それでも踏ん切りがつかない少女に、親友が言ったのだ。


 「当たったら、告白しに行けばいいじゃん。願掛け的な」


 本人としては、軽い気持ちで言ったのだろう。でも、少女はその提案に乗った。弓道は、他ならぬ彼との明確なつながりだからこそ、納得して告白できると思ったのだ。またしても外れた矢を見て、少女はほほを叩いて気合を入れ直す。


 「次!」


 そうして次に手を伸ばす少女の姿を、青年はじっと見つめていた。青年もまた、道着をコートの内側に着込んでいた。何を隠そう、彼もまた彼女と同じことを考えていたのだ。本当は彼としてはゆっくり距離を縮めてから事に及ぶつもりだったのだが、風の噂で彼女に告白した輩がいたと聞いたのだ。そこで初めて彼女が奪われる可能性に気付いて焦ったのだ。でも、これまでのらりくらりとしており、なんなら女の子のほうからアプローチされていた彼としてはどうにも気恥ずかしく。自分に発破をかけるつもりで、弓を引きに来たのだ。そうしたら、顧問から彼女が先んじて弓道場の鍵を受け取った事を聞き、こっそり様子を伺っていたのだ。


 弓道を始めた時から別人の様にゆるぎなく弓を引く小柄な少女に目を奪われつつ、青年は告白する条件を、自分が弓引いて的中させる、から彼女が的中させるに変更した。


 そして、今一心不乱に引き続ける少女に、目を細めて見守っていた。すると突然目の前に白いものが横切り、青年は目を瞬かせて空を見上げた。重苦しい灰色の雲が視界一杯に広がり、そこからチラリチラリと白い小さいものが降ってくるのが分かった。初雪だ。どおりで寒い訳だと身を縮めつつ、その白雪に苦笑した。


 「凍えるまえに、当ててくれよ?」


 そうして青年は口元を緩めながら、首を竦めたのだった。


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