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逃げられない ――「静かな鎮守の杜」「指先」「歌う」

お題は「静かな鎮守の杜」「指先」「歌う」

腹黒王子って楽しいですね。ちょっとお馬鹿なヒロインを手のひらで転がしつつ可愛くてたまらないって愛でている感じが好きです。




 彼女は優雅にお茶を飲んでいた。お気に入りのカップに、お気に入りの茶葉。淹れる侍女は、お茶を淹れる事に関しては右に出るものはなく、彼女の好みピッタリに淹れてくれる。立ち昇る芳醇な香りを楽しみ、美しい琥珀色を愛でてから、ゆっくりと口に含むと、砂糖もいれてないのに優しい甘さが口に広がった。流石ね、と視線だけで褒めると、侍女はそっと目を伏せそれに答えた。


 彼女はもうひと口楽しみつつ、窓の外に視線を投げた。その先には、よく手入れされている森があった。そこは、この国でも由緒正しき鎮守の社出会った。木々に囲まれたその場所は、常に静謐な空気に守られ、一歩でも足を踏み入れればだれでも気が引き締められるであろう。その分、その秩序を守るための戒律は厳しいであろうが、それでもその荘厳ともいえる静けさを想い、顔を綻ばせた。きっと、その静かな鎮守の杜で、一心に神に仕える生活は心地よい物になるだろう。それに何より。


 彼女はおもむろに細い指先を掲げて。ぐっとガッツポーズした。


 ……後ろで額を押さえてため息をつく友人兼侍女の姿には気付いていないフリをする。

 




 何故、立ち居振る舞いも優雅で、誰がみても高位貴族の令嬢である彼女が、こんな場所でくつろいでいるかについては、そもそも彼女についての説明からしなければならないだろう。


 彼女は、この国の高位貴族のもとに生まれた。高位も高位、貴族の中では最上位であり、彼女より身分が高いと言えば、王族になる程である。貴族特有の冷めた家族関係とか、両親の仮面夫婦ぶりとか。高位貴族ともなればあり得るものだが、幸運な事に、彼女の家族はよくできた人物で、ノブレスオブリージュを有言実行し、子を慈しむ様な両親だった。そんな両親のもとですくすく育ち、厳しい令嬢教育を受け、当然の様に幼いころに王太子と婚約をし――。


 そしてある日。彼女は完ぺきな婚約者の前に緊張した結果、目を回して卒倒し。頭を打ったのだった。


 「だって、しょうがないじゃない?!何をやらせても素晴らしい結果を叩きだし。各国の言葉も完璧。剣の腕前は騎士団長にも匹敵する。性格も温厚で優しくて、いつも笑顔でエスコートしてくれる!それに何より、顔!何よあの顔!神が完璧な調整をして作ったとしか思えないわよ!何なの、目を潰す気?!」

 「分かりましたから落ち着いてください。淑女の皮が剥げてます」

 「あら恥ずかしい」


 かっと目を見開いて力説する少女に、侍女はジトっとした半眼を向けた。頬を染めて咳払いをする少女に対し、そもそもと呟く。


 「あの方の性格、相当ヤバイと思いますが。どこが温厚で優しいのか。お腹真っ黒……」

 「あら、何か言って?」 

 「いえ、お嬢様。気のせいです」


 訝し気な視線に、シレっと返す。世の中には知らなくて良いことがあるのだ。とは言え、今回ばかりは色々とバレる……というか、猫を被るのをやめるだろうな、と侍女は美貌の王太子の姿を思い出す。ふるっと身を震わせたのち、話題を変える為に思案する。


 「相変わらず、お嬢様は殿下のお顔がお好みのようで」

 「え、あの顔を見てときめかない女がいるかしら?」

 「本音は?」

 「面食いです。美しい御尊顔をありがとうございます。ご馳走様です」


 間抜けにも頭を打った原因も、そのうつくしい顔に見惚れて足がもつれたせいという。筋金入りのめんくいである。だってだって、しょうがないじゃない、とぶつくさ呟いた少女は誤魔化すように紅茶を口にした。とたんに口の中に広がった香りに頬を緩めつつ、彼女はと遠い目をした。


 「とはいえ。頭を打ったのも悪いことばかりじゃないわよね」


 頭を打って3日間寝込んだ事を代償に、彼女は前世の記憶を思い出した。彼女は転生者だったのだ。そうして目が覚め、泣き崩れて抱きしめてくる両親の温もりを感じつつ、彼女は悟った。あ、これは乙女ゲームだわ、と。そして何を隠そう、彼女は断罪される悪役令嬢その人だったのだ。


 それにしては、両親は悪徳貴族じゃないし、私もそんな性格歪んでなくない?ストーリーがすでに改変されてる気がするのは気のせい?と首を傾げたのは良い思い出である。そして何より大事なのは、今後ヒロインが登場し、彼女は婚約者を奪われたうえで断罪されるという事。そんなのごめんである。たとえ、婚約者の顔がこのみドンピシャで、前世からの最推し出会ったとしてもだ。


 それから彼女は決意した。考えた。良くある断罪回避系の悪役令嬢モノを必至で思いだし、婚約破棄という言葉と、修道院にはいるという作戦を思いついた。より正確には、修道院ではないのだが、神に仕える事で結婚できなくなることは変わりない。つまり、王太子をヒロインに取られるみじめな想いをせず、婚約していない事で断罪も回避できる。これだ!と豆電球を光らせる彼女に、侍女はああ、と頭を抱えていた。


 「さぁ、明日が楽しみね」


 念には念を入れて練った計画。それが明日成就する。明日の朝になれば、彼女は神に仕える巫女となり、婚約は解除される。私の勝ちよ!と誰に対してか分からない勝利宣言と共に、拳を突き上げた。


 ……本当は、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、この計画に王太子が気付いて止めてくれなかった事が、切ない。けどまぁ、これで愛のない結婚をしなくて済むのだ、と疼く恋心を黙らせたのだ。






 翌朝。彼女はこれ以上となく爽やかな目覚めを迎えた。まだ日の昇りきらない薄暗い中、鎮守の杜に入る。そこで待っていた神官たちに出迎えられ、彼女は質素な巫女服へと着かえる。禊によって俗世の穢れをそぎ落とし、社の奥にある祈りの間へと足を踏み入れる。多くの神官たちが見守る中、彼女は胸の前で手を組み、すぅと息を吸った。


 清らかに保たれた祈りの間に、美しい歌が響き渡った。彼女の透明感のある声が、甘やかに、それでいて厳かに神を称える讃美歌を歌い上げてゆく。美しい歌には慣れているであろう神官たちまでも、その歌声に酔いしれているようだ。彼女は得意とする歌をささげる事によって、神の巫女として迎え入れられる。これまでの自分に別れを告げ、彼と離れたくないと叫ぶ恋心に蓋をする想いで歌い上げ。最後の一音が、祷りの間に消えていく。うつくしい少女の神々しさに固まっていた神官たちだったが、目を開けた少女に困ったように微笑まれ、我に返る。そして、最後、神にささげられた聖水を彼女に振りかけて。


 彼女は巫女となった。


 さようなら、私の大好きな王子様。その思いと共に、跪いていた少女は立ち上がった。その時。


 「やれやれ、ようやく終わったか。待ちかねたよ」


 低く甘い声が投げかけられ。少女は音を立てて固まった。





 彼女は、油の切れたブリキの玩具もかくや、といった動きでギギギとふりかえった。え、まさかこんな所にいるはずない、というかどうやって入ったの?!と頭の中では恐慌状態である。そうして振り返った彼女の視線の先には。それはそれは美しい笑みを浮かべた、彼女の婚約者が。 


 「え、幻覚?神様が化けたとか?」

 「ふふふ。なかなかいい反応だね。けど残念。君の婚約者様だよ」


 思わず考えた事がそのまま口に出て、甘ったるく返される。慌てて口を押えるも、目の前の幻覚は消えないようだ。え、あれ、現実?なんで?!と顔に書く少女に笑みを深くして。そのまま王太子はひょい、と彼女を抱え上げた。横抱き、所謂姫抱きではない。肩に担ぎ上げた。


 「ふぇ?!」

 「という訳で。もらっていくよ?」


 何故か虚無の顔で諦めたような雰囲気を醸し出す神官長に一声かけ、王太子はさっさと歩き出す。少女はあっけに取られていたが、祈りの間から出た事で慌てて暴れ出す。


 「なぜ?!あ、いや、そうじゃなくて。そう、私は神の巫女になったのです!」

 「うん、しってるよ?だから来たんだもの」

 「あの、だから、私は貴方の妃になれないのですよ?!婚約は解消です!」

 「へぇ?」


 ジタバタと暴れていたのだが、不意にそれはそれは低い声が聞こえたような気がして凍り付いた。あれ、おかしいな、温暖な気候の場所のはずなのに凄く寒い。首を傾げた少女は、ちらと王太子の顔を見て、すぐに後悔した。彼の顔は、今日も今日とて美しい。うつくしいのだが。何故、これほどまでに恐怖を感じるのか?!大人しくなった彼女に、王太子は良い笑顔で一枚の紙を突きつけた。


 「実はねぇ。法律が、今日、改正されたの。で、次代については護国豊穣の観点から、巫女を正妃として迎える事になったんだ。つまりは、君だよ?!」

 「……はぃい?!」


 目を剥く少女に、王太子はにっこり笑った。何度も彼の顔と勅命が書かれた紙を交互に見て、彼女は叫んだ。


 「こんなの、ありぃ?!」


 結局、彼女は城に連れ戻される事となった。泣こうが喚こうが、法律の改正までして彼女を手に入れんとした男の手からのがれるすべはなく。妙に乾いた笑みをうかべた王と、同情の表情を浮かべて「育て方間違えたかしら?」と呟く王妃に迎えられ、少女は結婚式を待つ身となった。不貞腐れた表情でクッションをかき抱いている少女に、侍女はそっと紅茶を差し出した。


 「騙された」

 「でしょうね」


 どうにか婚約者から逃げる方法は無いかと考えて居た少女に、巫女となれば神に身をささげる為結婚できないという話をしたのは、他ならぬ王太子本人だった。さり気なく、それとなくもたらされた情報に飛びついた、ちょっと抜けている婚約者に王太子がほくそ笑んだのは間違いない。逃げの気配を感じて手を打った男の勝利である。


 「というか。ヒロインちゃんもまさかの転生者だし。なんか熨斗付けて返却されちゃったし。解せぬ」

 「ひろいん?というのはよくわかりませんが、誰がどう見てもこうなると思ってましたよ」

 「だって、悲劇の女なんて、性に合わないもん!」

 「本音は?」

 「もう王妃教育いや!なにあの詰め込み教育!新手の拷問か何か?!」


 ポスポスとクッションを叩きながらむくれていた少女だったが、ノックの音に飛びあがった。おそるおそる振りむくと、ひぃと悲鳴を上げた。酷いなぁといいながら入ってきたその人は、少女ばかりが腹黒と知らなかった張本人で。それはそれは素晴らしい笑みをうかべた男は優雅に少女の手をとり。


 「覚悟は決まった?」

 「……はい」


 ヒロインが転生者なのはともかく、王妃なんて堅苦しいの嫌!そもそも腹黒王子なんかと一生一緒に居るなんて無理!と笑顔で返却された時点で諦めはついた。ニコニコ顔のヒロインのとなりに、そっと寄り添う人がいたのもあって、ようやく彼が本気で自分を捕まえに来たこと、彼と一緒に居られることを受け入れられた。心の何処かで、ほっとして泣きたいような自分がいるのを感じる。が、しかし。だまし討ちの様に捕まった事はどうしても解せない。じとっとした目で見上げると、婚約者は苦笑して少女の細い指先に唇を落とした。

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