素晴らしきかな、健康的なこの肉体 ――「真っ赤な鳥居の下」「ドライフルーツ」「走る」
お題は「真っ赤な鳥居の下」「ドライフルーツ」「走る」
悪役令嬢ものを描いてみたいな、から始まり。走るから連想した結果、何故か変な着地点になりました。お題、使いきれていない気が。。。大目に見て頂けると幸いです。
一つ願いが叶うとしたら。どうか、健康な体を下さい。
その少女は、虚弱体質だった。余命宣告されるのは日常茶飯事で、常に痛みや苦しみと共に在った。少し動くだけで根を上げる体はもう、うんざりだった。今日も恒例行事の様に余命宣告を受け、「もはやどうして生きているのか分からない」という思いを隠しきれない医者をチラリと見た。そそくさといつも通りの注意事項が説明され、耳に胼胝ができるくらい聞いたし、それでどうにかなるならなってるってのと内心呟いた。そのまま去っていく白衣の背中をみて、ため息をついた。
いつもなら、そのまま眠りにつくところだった。しかし、その日は何故か眠る気になれず、少女はじっと外の気配を伺っていた。特にだれもいなさそうだと判断し、ゆっくりゆっくり布団を剥ぐと、慎重に足を出した。足の裏で地面の感触を確かめ、じっくり時間をかけて立ち上がる。そのまま体の様子を確かめ、ほっと息をついた。問題なく立ち上がれたようだ。今度は同じくらい身長に足を踏み出し、間違っても倒れないように動き出す。小さな個室を横切るのにも時間をかけ、そっとドアを開ける。外に人影がない事を確かめて、そのまま彼女は外へと滑り出した。
彼女にとって長い階段を抜け、久方ぶりに一人でエレベーターに乗り、気付かれないように病院の外へと出た時には、ドキドキと鼓動が脈打っていた。彼女の虚弱な体が悲鳴を上げているのもあるだろうが、それ以上に彼女にとっては冒険の旅をしているような高揚感を感じる行動だったのだ。ざっと体の状態を確かめ、もう少しだけと少女は足を踏み出した。前々から行ってみたい所があったのだ。
少女はゆっくりと歩く。目指す先は、病室からも見えていた小さな神社。その赤い鳥居に惹かれ、近くで見てみたかったのだ。そして、気休めだとは理解しつつも、神頼みというのも一興だと思ったのだ。そして、普通の人にとっては短い階段を、まるで標高の高い山に登るような面持ちで登っていく。上りながら、少女は考えた。登り切ったその先で、鳥居をくぐったら。社の前で何を祈ろうか。
痛みをやわらげてくれ?呼吸を楽にしてくれ?いいや、やっぱり願いたいことといえば。
少女はやっとの思いで辿り着いた赤い鳥居の下で呼吸を整え、小さく笑った。そっと鳥居の柱に手を当てて、ゆっくりと神域に足を踏み出し。
どうか、健康な体を下さいと願いを定めたその瞬間。彼女の意識は其処で途絶えた。
可愛らしい小鳥の声が聞こえる。爽やかな風が頬を撫で、柔らかな日差しが心地よい。
……風?日差し?少女はふっと目を開けた。虚弱体質の彼女にとって、そとの風はもちろん、日差しすらも毒になる場合がある。なので、それらを徹底的に管理されているはずなのに、と不思議に思って体を起こし。
「ふぇ?」
ひょい、と起こせたことに間抜けな声が零れた。面倒な手順を踏まなければならないはずなのになぜ、と首を傾げて。肩口から滑り落ちた金の長髪に目を奪われて。
「えええええ?!」
怖ろしく盛大に叫び声を上げた。
少女は上機嫌で紅茶を口に含んだ。そのまま、お茶請けにと出されたドライフルーツをかじる。香り高い紅茶と、しっとりした甘さのフルーツが、よく合う。これはいくらでも行けるな、と少女は再度ドライフルーツに手を伸ばす。どこか疲れたような顔をした幼馴染兼侍女が、やれやれと言わんばかりの顔をして注いでくれるのを無視し、もぐもぐと口の中の物をしっかり味わったうえで嚥下した少女は微笑んで眼の前に座る両親に宣言した。
「そう言う訳で、私、騎士になりますわ」
「ごめんね。パパは全くもってどういう訳なのか理解できないよ?」
可愛い一人娘を溺愛する高位貴族の父が頭痛を堪えるように頭を押さえ、笑い上戸の母はこらえきれないとばかりに吹き出した。
爽やかな朝から盛大な叫び声を上げたその日。何事かととびこんできた侍女を締め上げ、彼女は一つの真実に辿り着いた。見覚えのない自分の顔。自分の部屋、どころか自分の家。関係者。否、知識はある。が、それが自分のものかと言われるとどうしても違和感がある。色々考えた結果、この世界に生を受けて数十年経ち、突如として前世の知識がよみがえった結果、前世の人格も再現され、それが今の人格と統合された為に違和感が残るのだと結論づけた。
つまり、異世界転生である。
物語の中で幾度となく読み、憧れたかの異世界転生が!今、自分の身に起きている!それどころか、転生した体は絶賛健康体!ああ、何と素晴らしきかな、健康的なこの肉体!……ではなかった、この世界!
と不遇だった彼女が狂喜乱舞したのも致し方ない。だろう。
そうして、気でも狂ったか、と非常に失礼な疑いを掛けてくる侍女を騙して宥めすかして知識と記憶の確認を行った彼女は。ふと節々にデジャヴを覚えた。最初こそ、もともとの人格の記憶の所為かと思っていたのだが、どうやら違うらしい。国の名前、家柄、両親と自分の名、などなど……。あらまぁ、ご丁寧に婚約者までいるではないか。それも、見目麗しく、文武両道で、正確もばっちりな非の打ち所がない完璧人間が。おっと、これは。まさかもまさか、婚約者様は、この国の王太子様ではありませんか!
丁寧に確認した結果、少女は再び天に拳を突き上げる。そう、ここはとある小説の中の世界だった。何番煎じかもわからない、ヒーローとヒロイン、悪役令嬢がドロドロの三角関係を繰り広げる小説の中。それ以外にも、所謂悪役令状モノと言われる小説もばっちり読みふけった彼女が出した結論はひを見るよりも明らかだ。
「攻略対象者何て、喜んでヒロインに差し上げますとも!なぜならば!この健康な肉体でやりたいことなんて山の様にありますもの!」
お嬢様、ご乱心!と失礼極まりない叫び声を上げる侍女を背後に、彼女はニマニマと画策し始めた。そして、侍女の声につられてやってきた両親に向けて言い放った言葉が先程のものである。
異様にはしゃぐ主人と、頭を抱える主人の父、笑い転げる主人の母と最早カオスな状況に、侍女が遠い目をしつつも紅茶を用意し、なんとか着席させて紅茶を差し出した。虚ろな目でぶつぶつと何事か呟いている夫を無視して、繊細な細い指で目尻を拭った母は、笑いをかみ殺しながら少女に尋ねた。
「それで?どういうことなのか、詳しく説明して頂戴?」
「ええ、お母さま。実は私、色々あって騎士を目指す事にしましたの。これまでは言われるままに、流されるままに生きておりましたけれど。それではもったいないと気付いたのですわ。せっかくの健康な体、自由の利く身分、持ち合わせた権力、与えられる金銭。付随して発生する責任については一旦脇に置くとして、折角この様な素晴らしい環境に身を置きながら何もしないなんて、勿体ないと思われません?」
「ええ。分かるわ」
「ですので!面倒、じゃなかった、私には勿体なさ過ぎる攻略対象者、じゃなくて、婚約者の王太子殿下は、ヒロインに熨斗を付けて御渡しするとして。私、自由に生きますわ!」
「あら。それはいいわねぇ」
「ちょっとちょっと?!全く理解できないし、説明になってないよ?今の話のどこに納得したの?!」
唯一の常識人枠である父が叫ぶが、華麗にスルーされる。一見嫋やかではかなげな外見の母だが、その実、父よりも豪胆で、自由人な気質である。もともと娘が大人しすぎる性格をしていたのが、勿体ないと内心思っていた位なのだ。何があったか分からないが、せっかくだからとばかりに同意しているようだ。
「騎士になれば、体も鍛えられますし、いつか旅に出たいと思った時にも役立つでしょう?」
「そうね。それにたかが騎士と侮るなかれ。必要な知識も経験も尋常なものではないわ。箱入りの世間知らずも治るでしょうし、悪くないのではなくて?」
「ええ。一世代前の女が騎士になるなんて、という時代も終わった事ですし。今は女性王族を守護出来る女性騎士は一目置かれる存在。進路として悪くないですわ!」
「進路……?」
「せっかくなら王族直属の近衛騎士を目指しなさいな。そこまで行けば箔もつくでしょうし、私としても鼻が高いわ」
何故か悪乗りを始めた母は強い。結託した女性陣に父が叶う訳もなく。こうして、少女は婚約者との婚約破棄からの自由な人生を目指して、一歩踏み出したのだった。
「ビバ、悪役令嬢!」
そして、今。少女は日課のランニングを終えて、青い空の元、心地よくかいた額の汗を拭った。前世の記憶がよみがえって数年。婚約者の前では、盛大に猫を被って無害アピールをしつつ、裏で騎士の鍛錬を積む生活。初めは難色を示していた家の騎士たちも、少女の才能が芽吹くや否や、面白がって仕込み始める始末。これでは、ちまちまと妨害工作をしていた父がなくのも仕方ない。
「やっぱり、思いっきり走れるって気持ちいいなぁ」
やはり、前世の記憶は彼女に根強く残っていた。走り回る同世代の子ども達を眺めるだけだった幼少期。こんなに心地いい物なんて、と健康な体に感謝する。もうひとっ走りしてこようか、と脳筋じみた事を考えて居た少女だったが。
「いい加減になさいまし。これ以上はだめです。遅刻します」
鬼の様に目を吊り上げた侍女に回収された。この数年、侍女も逞しく成長したものだ。これまでの大人しい様子とは打って変わって、てあたり次第にアレコレやらかす主人を持てば、仕方ないことだろう。ひょい、と少女を回収し、見事な手際で風呂へと突っ込み、手早く磨き上げた少女の体に真新しい制服を着つけながらため息をついた。
「くれぐれも!くれぐれも、無知無茶無謀をなさいませんように。いいですね!?」
「信用無いなぁ」
とは言え、その信用の無さについては若干の心当たりがある少女である。とりあえず素直に頷いて、鏡へと向き直った。そこに映る少女は、貴族たちの通う学園の制服を纏っていた。胸に輝く紋章は、騎士科のもの。本来ならば淑女科へと入学する予定ではあったが、彼女は騎士科を選択した。今世は、自分の意志で自分の道を歩くために。少女は両頬を叩いて気合を入れた。
赤くなる!と侍女に怒られたのは、さもありなん。
一方そのころ。とある豪奢な一室で。見目麗しい青年が、込み上げる笑いをかみ殺していた。青年のまえで報告書を読み上げるメガネの青年は、頭痛を堪えるような表情をしている。最後まで報告が読み上げられた後。青年はこらえきれないように声を上げて笑い出した。
「予想以上だな」
「ええ。全く、何を考えておられるのやら」
側近を務めるメガネの青年は、半眼になってため息をついた。報告書の内容は、主たる青年の婚約者の少女の動向について。主の前ではしおらしくしていたが、裏でアレコレとやっていたらしい。主に命じられて半信半疑で調べたのだが、予想以上の結果が出て頭を抱えるします。どうするつもりですか、と側近に視線で問われ。青年は笑みを浮かべたまま小首をかしげた。
「別に?今の方が愉しいだろう?」
「全く。未来の王妃になられる方ですよ?しっかり、手綱握っておいてくださいね」
乳兄弟の気安さで釘をさされ、青年は首をすくめて報告書を手に取った。そして、おもむろにそこへ唇をよせる。
数年前までまるで人形の様な従順なだけの少女だった。それが、突然自らの意志を持って動き始めた。強い意志を持つものを好む青年としては、少女がより好みに近づいたことを喜んだ。元々姿かたちは好みだったのだ。これは逃せない。予想を裏切る動きで楽しませてくれるなら、なおの事だ。
「さて、どうするつもりかな。私の可愛い婚約者どのは」
くすくすと笑い声で部屋に響いた。