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今度は、平和な世界であなたと共に  ――「雲の上」「ペーパーナイフ」「詠む」

お題は「雲の上」「ペーパーナイフ」「詠む」

書きたいシーンはあったのですが、ちょっと粗削りになっちゃいました。ごめんなさい。。

その内手を加えるかもです。が、今はこれが限界だったので……ちょっと寝かせます。。




 その世界には、多様な種族が存在していた。人、エルフやドワーフなどの亜人類、鬼や竜といった魔物、そして世界の管理者たる神とその使いの天使など。多様な種族が共存するその世界は、しかし、文明が発展しきらず、弱肉強食という理の下で日々を生きる為に戦う世界であった。そしてそんな世界に、広大な土地を持つ大陸があった。そこでは、多くの者達が生活をしており、それゆえに利害の対立などから争いが絶えなかった。誰もが、自分を守り、今日を生き抜くだけで精いっぱい。そんな生活が続く――誰もがそう思っていた。


 その魔物は、微動だにせずに空を見上げていた。うつくしく澄んだ青空に、ふわりと浮かぶ美しい雲。何時間もその光景を眺め続けるその瞳は、その実、そのうつくしい空を見ていたわけではなかった。彼が見つめていたのは、白く輝く雲、その先にあるという神の国。そこには、神と天使たちが君臨し、世界の管理者としての責務を果たしているという。目を細めた魔物は、小さく口の中で何事かを呟いた。


 それは、この世界にはない詩歌。世界の平和を望む詩を口の中で転がした魔物は、瞼の裏に浮かぶ小柄な姿に想いを馳せ、小さく俯くと今度はその思いを詩歌として詠い、紡ぐ。ああ、会いたい。その渇望に身を焦がし、祈るように詩歌を詠む。誰に聞かせるつもりも無かったその詩歌が空気に溶け込むと同時に、背後から声を掛けられた。


 「今日もまた切ない詩ですね。内容はよくわかりませんが……」

 振り返ると、複雑そうな顔で尻尾を振る狐獣人と、苦笑した鬼がいた。詩という文化すらなかった彼らだったが、その魔物がよく戯れに詠むのを聞いているため知っているのだ。とは言え、《《この世界にはない古語》》で詠まれる詩は理解するのが難しいらしく、その上持ってきて教えろをせがんでもはぐらかされるので自己流で理解しようと奮闘しているようだ。むむむ、と難しい顔をして悩みこむ狐を一瞥して、鬼は肩を竦めた。


 「どっちも良くやるわ」


 その才能全てを力に振った鬼は早々に諦めたらしい。そして、魔物――鬼たちの崇める王が暇さえあればこの場所に佇みじっと空を眺めて居る事を知っている鬼は、やれやれと呆れたような顔を王に向けた。


 「まぁ、そもそも論として神に会うために力をつけ、魔物を下し、人間と手を取って、亜人を支援するなんて、魔物の癖に変わっているんだから今更か」


 小国やともすれば村単位で身を寄せ合って生きていた者たち。それが当然で、普通の世界だったのだが、魔物の王は違った。時に闘い、時に手を取りあい、一人から始まった彼の生は村へ国へと拡大し、更には大陸の大半を手中に収めるまでになったのだ。むろん、そこには軋轢も闘争も存在する。それでも、大国が出来るまでよりも遥かに生きやすくなった。それは誰もが認める所であり、鬼や狐たちが王を崇めるゆえんでもある。しかも、それをなした理由が「生きるためにはそれしかなかった。それと、誰にも無視できない力を持てば、必ず管理者たる神からも無視されなくなるはず。俺の目的は神にあう事だ」とのこと。権力欲・征服欲は二の次三の次どころか、面倒くさいと逃げ出す始末。あきれるのも当然である。そんな部下を前に、王は肩を竦めた。


 「仕方ないだろう。俺はどうしても神に会いたい。会って、今度こそあの子と一緒に居るんだ」


 右も左もわからない状態で生まれ、力ある者たちに糧にされそうになったり、自然の驚異に苦しんだり。そんな中で神の存在を知って、もしかしたらと思ったのだ。そして、古い約束を果たす為と望みをかなえる為に、立ち上がった。


 その最中、神に仕える天使の一人に懐かしく愛おしい姿を見つけた。凛とした表情で世の平和を作ろうと戦う天使は、知っている姿とは程遠かったが、すぐに狂おしい程恋い焦がれた彼女だと分かった。そして、彼女の覚悟を察し、自分も戦い抜くと決めたのだ。その彼女は今や神の第一の側近。そう簡単に手が出る相手ではない。だが、力を手に入れ、神をして無視できない存在となった今ならば。


 王は鬼と狐をしたがえ、とある場所へ向かう。そこには、王の信頼する配下たちが跪いて王を待っていた。ひときわ豪華な玉座に座り、王は瞑目する。即座に司会進行として会議の開会を宣言した狐の声を聞き流しつつ、王はついにという思いを噛みしめる。


 「もう少しだ」

 そして王は幹部たちと共に、神との会談の対策会議に臨む。歴史的階段で神に会い、告げるのだ。彼女が欲しいと。今度こそ、平和な世で一緒に居る為に。





 一方その頃、雲の上の神の国で。小柄な天使が補佐役から渡された封筒を手に歩いていた。あてがわれた個人用の執務室に滑りこみ、なれた椅子に座った彼女は、封筒を机に置き一息つく。丁寧な仕草でペーパーナイフを持ちあげ、中の書類を傷つけないようにそっと封筒を開けていく。そして重い紙束を取り出した彼女は、ぱらぱらとめくって辿り着いたページを見て微笑んだ。


 そこに書かれていたのは、とある魔物の調査報告書。それは、突如として台頭し、紆余曲折あって一気に勢力拡大し、今や大陸のほぼ全てを掌握した絶対王者たる魔物についてだった。添えられた顔写真に細い指を滑らせ、天使の少女は嬉しそうだ。写真の顔は、彼女の知っている彼の顔とは全く似ても似つかない。それでも、世界の調停者たる天使の役目の傍ら、偶然遠くから彼を一目見ただけで彼だと分かった。本当はすぐにでも彼の腕の中に飛び込みたかった。再会を喜びたかった。でも、彼の周りには彼を慕う者達がいて、彼の目指す未来が彼女との約束を忘れて居ない証だったから。彼女は決めたのだ。彼女は彼女の責務を果たし、彼がやってくるのを待つのだと。そして、今、その願いが叶おうとしている。


 「やっと、会えるね」


 小さく呟いた瞬間、背後にある窓から強い風が吹き、細い腕が首に回ってきた。背後から彼女を抱きしめるようにして、その肩口に顎を埋めたその存在は、クスクス笑った。


 「本当にここまでくるなんて。流石、君の旦那様だね」

 「…旦那様なんて。結婚なんて夢まで行きつけてないです、まだ」

 「でも、旦那様だろう?」


 揶揄うようにすり寄られ、彼女はほほを染めてそっぽを向いた。楽しそうにわらいごえをあげたその存在は、スルリと少女の手から書類を取り上げ、ひょいと机に行儀悪く腰掛けると横目で彼女を流し見る。


 「2人でこの世界に転生してから随分たった。天使と魔物、全く対極な存在に転生し、彼の方に至っては生きていくだけでも一苦労だったろうに。まったく、記憶を保持しているだけでも驚きなのに、前世の約束を果たすなんて普通出来ないよ。どうなっているのアレ?」

 「アレ呼ばわりはやめてください。彼は真面目で約束を破らない人ってだけです」


 この世界を司る神、その人に対して彼女はいー、と歯を剥きだしにして威嚇した。最初はかしこまっていたのだが、神の中身が恋バナ好きの悪戯っ子である事を知って、いい加減砕けたのだ。最も、ただでさえ気苦労の多い責務を負う天使たちへの配慮なのかも知れないが。楽しそうな上司から書類を取り戻し、ついでに人睨みしてから彼女はもう一度目を落とした。


 ――今度生まれ変わったら、平和な世で一緒に過ごそう。


 交わした約束を、今でもはっきりと思いだせる。





 魔物たる彼と、天使の彼女は、転生者だった。前世では、今世よりも遥かに闘いの絶えない世界であり、彼は兵士で彼女は衛生兵として徴兵されていた。落としどころを失った戦争は終わる事が無く、日々生き残れることが奇跡だった。そんな中で出会った2人は、過酷な日々の中で限られた一瞬を大切にしていた。


 しかし、戦乱の世は非情で、2人は終わりなき闘いに疲弊し、ついには激戦区の最前線にまで派遣されて彼は命を落とした。「いつか戦争が終わったら」などという夢想すらできない日々の中で、奇跡的に戻ってきたドッグタグによって彼の死を知った彼女は泣き崩れた。せめてと虚ろな気持ちで遺品の整理をした彼女の手元に残ったのは、戦場からもどったドッグタグと、いつの間にか彼が用意していた粗末な遺書。世辞の句が詠まれ、そこに小さく書き込まれた彼女へのメッセージ。「今度生まれ変わったら、平和な世で一緒に過ごそう」


 そのメッセージを胸に、彼女は彼のいない世界を生き、そして間もなくして転生したのだ。






 天使として転生し、彼を見つけたあと。彼の動きを見てすぐにわかった。彼は、この世界でも争いが絶えない事を憂いている。そして、平和な世を求め、自らの手で作る事を決意したのだと。


 幸か不幸か、この世界よりも発展した前世での戦争の記録は彼の大きな手助けとなった。彼が指揮する闘いは負けを知らず、彼が前世の学校で学んだ政治経済の知識によって国造りは凄まじい速度ですすめられた。そして、風の噂で彼が神への面会を望んでいると知り、確信した。平和な世にした今、今度は自分を探し出し、一緒に居てくれようとしているのだと。


 そんな彼女達を見守ってきた神も、優しい瞳をしている。


 「まったく意地張らずに私の力を使えばよかったのに。2人とも頑固だねぇ」

 「いいえ。私たちは私たちの力で道を作りたかったんです。前世ではそれが出来なかったから。私たち自身でやり遂げなければ意味無いんです」


 立場は違えども世の平和の為に尽力した2人。事情を知る者も、知らない者も、誰もが一目置いている。そして今、彼らの努力は身を結び、神から魔物の王へと会談の要請がなされた。


 「壮大すぎる恋愛譚だよ、熱い熱い」

 「ほっといてください」


 それから、と上目遣いの側近に、神は優しく微笑んだ。


 「君と彼への褒美だろう?ああ、勿論考えているとも。前世で祝福されずに終わらせられた恋を、今度は皆に祝福されて叶えておいで」


 そして今日。神の座する間にて、地上の覇者であり代表者である彼と、神の代理人であり天の国の代表者である彼女は顔を合わせるのだ。


 2人は真正面から向き合い、微笑みあう。


 ――やっと、会えたね。

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