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見えないメガネ

テーマは「春」「笛」「見えないメガネ」。

ジャンルは「悲恋」。

いささか描写が足りて居ない気がいたしますが、駆け出しという事で、暖かい目で見て頂けると幸いです。



 どこからか、笛の音が聞こえる。遠いのだろうか、今にも風に紛れてしまいそうな程に小さく――それでいて、凛とした芯のある音色。


 「まぁ、何て美しい音色でしょう」

 「竜笛ですわね。何処かのご子息が嗜まれているのかしら」

 「そう言えば、代々宮中お抱えの竜笛のお家の方がいらっしゃったような」


 つい、とつられるように足を止めた淑やかな少女達は、ころころと鈴の音の様な声で話し出す。ともすればかき消されてしまう様な音に、そっと耳を傾けつつ、極力邪魔をしないようにひっそり上品に話す様は好感が持てる。


 涼やかで力強い笛の根と、ふわりと靡いた風に舞い上がった薄紅の桜の花びらと、華やかな色合いの着物と。暖かく柔らかな日差しに照らされるこの瞬間、ああ、この世界は斯くも美しい物だったのか。そんな事をぼんやりと考えてた私は、同意を求めるように振り返った彼女達に、ふわりと微笑んだ。


 「そうですわね。父君に負けない程の腕前をお持ちで、宮中でも有望視されているという方が」


 まぁ、素敵ですわ。目を輝かせて上品に盛り上がる彼女達に合わせて、微笑んだ私は。そっと目を伏せて呟いた。


 「ええ、それはもう。とても素敵な、お方ですわ」






 「なあ、そのメガネ、見えているのか?」

 「何をおっしゃっているのでしょうか。メガネですもの。見えるようにするために、かけているものですわ」

 「……そうか?俺には、見えなくなるメガネにしか見えないんだが?」


 そう言って、人の心にズケズケと入り込んできたのもまた、この様な暖かな日だった。不注意で落としてしまった私のメガネを拾ってくれた彼は、そこに仕込まれた細やかな秘密に気づいてしまった。欲望に穢れた息苦しい世界から、そうと分らないように目を背ける、私のささやかな抵抗の痕跡に。


 「なぜ?」


 久方ぶりの鮮明な視界のなかで、彼はからりと笑って訪ねてきた。順風満帆、何不自由なく、これからも思うがままに生きていくであろうと予感される様な、晴れやかな笑みを前に。私は腹の内から熱いものが込み上げるのを感じた。ままならぬ身の上であると突き付けられた直後であった事も加わって、何時もならば笑ってあしらう場面で、醜態をさらしてしまったのだ。


 「見たくないものを、見たいために。見えなければ、何もわからない。何もわからなければ、何も感じる事はない。喜びも、悲しみも、――絶望も。そうは思いませんくて?」


 完全な八つ当たり。今思うだに、頬を張ってやりたくなるような台詞。そんな無礼に、彼は一瞬目を瞠っただけで、咎める事はしなかった。寧ろ、大笑いして流してくれたのだ。


 「確かに。それは一理あるかも」


 その成長途中の若い胸に、私と似た痛みを抱えながら。





 そっと天を振り仰ぎ、私は小さく微笑んだ。あの時の彼の様な、大きな度量が欲しい。痛みも何もかもを包み込めるような、そんな度量が。


 彼に出会った事で、息苦しい世界は大きく見え方が変わった。美しい世界を教えてくれた。美味しいものを一緒に食べてくれた。暖かな気持ちも、痛みにも似た切なさも、全て彼がくれたものだ。


 ――出会った春の陽気に似つかわしくない、熱く燃え上がる想いさえも。泣きたくなるような、甘い思い出とともに。


 私は、そっと目元に手をやった。指先に触れる冷たい感触を、一瞬だけ小さく撫で、そっと指先でつまむ。彼には勇気を貰った。そして、笛の音に込められた意味を理解できている今だからこそ、出来ると思った。


 僅かにうつむいてそれを外すと、一瞬だけ眩しい光が目を刺した。思わず目を瞑って、ゆっくりと開く。色鮮やかな景色が目の前に広がり、友人たる少女達の着物の袖が、優雅にはためいた。目の奥がかっと熱くなり、慌てて力を込めた。涙と共に、覚悟や決心、――そして、叶わぬけれど失いたくない恋心を流してしまわないように。


 「あら?メガネを外されても大丈夫なのですか?」

 「ええ。実は、このメガネ、もう必要なくなったもので」


 訝し気な友人たちに、やわりと笑いかけ、メガネをそっと懐にしまった。痛み以上に美しさに溢れる世界を知った今、彼が生きるこの世界を真っすぐに見て歩いていこう。





 例え、私の隣に彼ではない男性が並び立ち、彼の隣に私ではない女性が寄り添って、交わらない道を歩いていくことになろうとも。


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