彼女のために4
次回更新は、本日22時です。
「やあ、レナ。いま時間あるかな? 今度のショーのことで、ちょっと相談があるんだけど──」
ぼくが口を開く前に、スマホは凜さんの手によって奪い取られた。
「サーシャさんですか? 実はいま、ちょっと困ったことになってまして」
スマホを持った姿勢のまま固まるぼくの前で、凜さんはSNSにオレーナさんを中傷する合成写真が上げられたこと。記憶喪失に伴う体調不良で、オレーナさんの歌と踊りに問題があること。体調不良のままショーに向けて練習する姿を盗撮され、その動画がSNSに拡散したこと。足を捻挫したことを説明する。
「このままだと、今後のオレーナさんの仕事に悪影響が出るかもしれなくて……ええ、はい。はい。よろしくお願いします」
流れるような口調にぼくが感心していると、電話を切った凜さんは「行くわよ」と唐突に言った。
「どこへですか?」
「サーシャさんと打ち合わせ。ショーの内容を変更するから」
いまからですか? 驚くぼくを急かして、イゴールさんが運転する車に乗り込む。
そこから先の出来事について、ぼくにはあまり語れることがない。事態があまりに性急だったこともあるし、そもそもぼくが知らないところで話が進み、それについて行くだけで精一杯だったから。
当初の予定では、最初にステージへ登場する醜いロボットは、別の役者さんが演じるはずだった。それをオレーナさん扮する未来のロボットが助ける。そういう筋書きだった。
けれど、ぼくは歌も踊りもまともにこなせない。そこでショーの内容はそのままに、配役を変更することになった。
醜いロボットを演じるのがぼく。そして未来のロボットは、本物のオレーナさんが演じることになった。
凜さんに貸してもらったタブレットで、先ほどのショーの録画を再生する。
自分で言うのもあれだけど、醜いロボットの演技はなかなかのものだと思う。まあ、凜さんに言わせると、ぼくの演技は終始こんな感じらしいのだけれど……
ステージ上でのたうつぼくのもとに、未来のロボットを演じる本物のオレーナさんがやってくる。正確には、本物のオレーナさんの映像を元にして作られた、合成映像のオレーナさんが。
「ディープフェイク、でしたっけ? 凄いですよね、これ。知ってても本物にしか見えません」
「3Dモニターも組み合わせてるからね。ロボットの制御は、カザークの得意分野だし。さすがだわ」
ステージの上で、3Dモニターを搭載したロボットたちが走り回る。自動倉庫用に開発されたロボットの動きは、実に滑らかで、そつがない。タイヤを使ってスルスルとステージの上を移動し、それに合わせてモニターに映ったオレーナさんたちが躍動する。
醜いロボットのぼくに、映像のオレーナさんが手を差し伸べる。その手を掴み、ステージを包んでいく光。
映像には映っていないけれど、ぼくはこの光に紛れて、ステージの下へと転がり込んでいた。
ステージを走り回っていたロボットたちが一か所に集まり、搭載したモニターをロボットアームで組み合わせる。そうして作り上げられた一枚の大きなモニターに、美しく変身した醜いロボットが現れる。
オレーナさんの姿を使った合成映像。光の中へと踏み出していく未来のロボットたちを見送り、ぼくは感嘆の吐息をついた。
これだけの映像を、たった一週間で用意してしまうなんて。いまはAIを使って、いくらでも映像が作れるらしいけれど、それでも凄いことには違いない。判定ソフトを使われもバレないというのだから、カザークの技術には恐れ入る。
そして、なにより凄いのは──
「──凄い人ですね、オレーナさんって」
合成に使われた素材は、すべて本物のオレーナさんが映った映像だ。歌声も、本物のオレーナさんの声をサンプリングして使っている。
本物のオレーナさんが歌い、踊り、演じる姿を元にして、このショーは作られている。たとえ合成だとしても、それが素晴らしいと感じられるのは、間違いなくオレーナさん自身の魅力に他ならない。
「まるで天使みたいだ」
「当たり前のこと言わないで。あの人は、あたしの女神様なんだから」
凜さんは、タブレットの画面を愛おしげに撫でる。
わずかに上気した頬と、ほんの少しの悲しみを湛えた瞳。いなくなってしまった人を想う横顔。ぼくが犯してしまった罪の徴──
モニターに目を移すと、見学に来た称える会のメンバーたちが帰るところだった。カザークのイベントはこれからだけど、彼女たちには興味がないのだろう。ほんとにみんな、オレーナさんのためだけに集まってくれたのかと思うと、頭が下がる思いだった。
これでSNSに上がった動画の言い訳はできた。あの踊りは、このショーのための練習だったと言えば、多くの人が信じてくれるだろう。称える会のメンバーたちも、それに協力してくれると凜さんも言っているし。
もう一度映像を再生しながら、ふと思う。
ぼくがここにいる意味ってなんだろうか?
なぜ、オレーナさんの身体と意識が入れ替わったのか。そもそも、ぼくは誰なのか。
結局、なに一つわからないまま、ぼくはオレーナさんを演じ続けている。それには、いったいどんな意味があるんだろうか──
「お嬢様。お客様をお連れしました」
思考に沈みかけていたぼくは、ユエさんの声で顔を上げる。
ステージ袖にやってきた瀬戸内さんは、どこか落ち着かない様子だった。居心地悪そうに、しきりと左右を見回しながら、こちらへと近づいてくる。
「来てくれたんですね、瀬戸内さん」
「チケットまで貰ったからな。なんとか引っ張ってきたよ」
首筋を掻きながら振り返る。
大柄な瀬戸内さんの陰。瀬戸内さんに腕を引かれた日向くんが、不貞腐れた顔で立っていた。
・ディープフェイク
ものすごく精巧にできた合成映像と思っていただければ。そのうち自分の記憶のほうが当てにならない時代が来そう。




