瀬戸内祥吾3
次回の更新は、本日22時です。
緊張で背中に汗が流れる。瀬戸内さんは視線を伏せたぼくに「ああ……」と、小さく声を漏らした。
「そっか。そうだよな……春日乃さんたちが惣菜を売ろうって言いださなかったら、俺はいまも……」
瀬戸内さんの瞳は、どこか別の場所を映してるみたいに遠くなる。それがなにを見ているのか怖くなって、ぼくはじっと息を潜めた。
それでも瀬戸内祥吾は、こっちの味方でいてくれるかしら?
凜さんが口にした警告。もし、ぼくのやったことが原因で、瀬戸内さんが不幸になるとしたら。目を背け続けた現実に追い付かれ、後悔と諦念に苛まれるとしたら。それがもし、オレーナさんの破滅に繋がるとしたら──
瀬戸内さんが、ゆっくりと息を吐き出す音で、ぼくは我に返った。
「……親父の奴、いまほんとに張り切ってるんだ。こんな小さい店じゃ生産が追っつかない、惣菜のための工場を建てるって。下手くそな字で事業計画書を書いて、銀行から金借りるんだって。
俺が失敗したらどうすんだって聞いたら、『大丈夫、うまく行く』って大真面目な顔でさ。どっからその自信が湧いてくるんだよって。俺、思わず笑っちまったよ」
瀬戸内さんは、喉を鳴らすように笑った。
「なあ、春日乃さん。未来って変えられると思うか? こんなこと想像もしてなかったって。そんな未来が、俺に掴めると思うかな?」
瀬戸内さんの瞳に宿る真摯な光。ぼくは答えようとしたけれど、どうしても言葉が出なかった。まるで誰かに押さえつけられたように、舌が固まって動かなかった。
やがて瀬戸内さんは視線を逸らして「ごめん」自分の手のひらを見つめながら言った。
「そうだよな。それを決めるのは、俺じゃないとダメなんだよな」
右膝に手のひらを叩きつけて、瀬戸内さんは笑った。真夏の日差しみたいに、晴れやかな笑み。
「ありがとな、春日乃さん。つまらない話に付き合わせちまって」
「いえ……」
「でも、よかったのか? 春日乃さん、どっか行こうとしてたんじゃ」
あ。
気付いたときには遅かった。無情にも、校内のスピーカーからは、予鈴を報せる鐘の音が流れ出していた。
「悪い! 俺のせいだよな? もしかして、なにか大事な用事があったんじゃ」
「いえ、大したことではないんです。お気になさらないでください」
申し訳なさそうにする瀬戸内さんと別れ、ぼくは息を吐いた。
仕方ない。こういうときは帰ってから練習を──
スマホに通知が入ったのは、そのときだった。
『あんた、瀬戸内祥吾となに話してたの?』
メッセージを見て顔を跳ね上げる。
渡り廊下の向こうで、凜さんが仁王立ちしていた。右手の人差し指を立てて、くいくいっと呼びつけられる。
抵抗を諦めたぼくは、大人しく凜さんの指示に従った。




