決意
次回の更新は、本日18時です。
「なんで、こんなことになるのよ……」
凜さんは身を切るような声で言った。
「オレーナさんが、なにしたっていうの? 悪いことなんて、一つもしてないじゃない。仕事もトレーニングも真面目にこなして、勉強だって一位で、責任感が強くて。誰よりも頑張ってたオレーナさんが、なんでこんな目に遭わなくちゃいけないのよ……?」
吐き出される感情が、ぼくの胸の深い場所に突き刺さっていく。
「返してよ……オレーナさんを返してっ」
ぼくは唇を噛んだ。なにもできない自分が歯痒かった。オレーナさんと入れ替わってからずっと、同じ感情がぼくの中で渦巻いている。
自分は誰なのか。なぜ春日乃オレーナになってしまったのか。
この不思議な事態を引き起こした原因に、ぼくは心当たりがない。なにが起こっているのか、誰が引き起こしたのかもわからない。
それでも、一つだけ確かに言えることがある。それはぼくという存在が、この身体に相応しくないということ。
「完璧な女の子じゃなくてごめんなさい……」
みんなが心配するオレーナさんじゃなくてごめんなさい。
記憶を失ったぼくに優しく接してくれた、霧江さんとオレクサンドルさん。最初は、なんて呑気な人たちなんだと思った。でも違った。ぼくが心配しないよう、必死でいつも通りを演じてくれていた。
考えてみれば当たり前だ。自分たちの娘が記憶喪失になって、平気な親なんているはずがない。
中林さんもユエさんも、他の家政婦の人たちだって。ぼくをオレーナさんだと信じて、優しくしてくれたのに。
どうすれば償うことができる? あの優しい人々からオレーナさんを奪ってしまった責任を、ぼくはどうやったら取ることができる?
そしてなによりも申し訳ないのが、本当のオレーナさんに対してだった──
「……オレーナさんって、ほんとに凄い人だったんですね」
この二週間足らずの間で、ぼくは思い知らされていた。春日乃オレーナという少女は、本当にすごい人だった。
雑誌や広告でこれだけ活躍しているのに、努力を怠った気配が少しもなくて。毎朝トレーニングをこなして学校へ行って、家に帰ってからもレッスンや勉強をこなして。SNSの投稿を欠かさず、ファンの人たちにも誠実に対応して、それでも決して自己研鑽を怠らない。
そんな人の人生を、ぼくは奪ってしまった。
「ぼくは、オレーナさんの人生を台無しにするところだった。いえ、もう取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれません。それが、ほんとに申し訳なくて……」
仕事も、レッスンも、勉強も。まわりが協力してくれるお陰で、なんとかなっているに過ぎない。トレーニングだって、かつてオレーナさんが築いた貯金を使っているだけ。ぼくがオレーナさんのためにしてあげられたことなんて、一つもない。それでも──
いまにも怖気づきそうになる心を奮い立たせて、ぼくはぼく自身に言い聞かせるようにして言った。
「ぼくは、オレーナさんの人生を守ります。そして本物のオレーナさんを見つけます。見つけて、この身体を返します。いつになるかわからないし、どうやったら元に戻せるのかもわからないけど……でも、必ずやり遂げて見せますから」
いまのぼくに言えるのは、これだけだった。この程度の言葉を捻り出すだけで、心臓がバクバクいっている。
凜さんは、黙ってぼくの顔を見つめた。いつの間にか汚れていた顔は清められ、取り乱した様子は鳴りを潜めている。
「ねえ」凜さんはコーヒーを一口啜る。
「あんた、男でしょ」
「へ?」