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変化

次回は、本日18時更新です

「いい、絶対外に出すんじゃないわよ。絶対だからね!?」


 凜さんの指示で、虫かごには厳重な封がなされることになった。

 蓋とケースの間をガムテープでぐるぐる巻きにした上に、荷造り用の紐で縛り付ける。


「それじゃあ、サリーちゃんたちが苦しいよー」

「空気穴は開けてあるから大丈夫。それよりほら、早く持って行って」

「もー、しょうがないなあ。じゃあ教室へ、」

「ダメに決まってんでしょ!?」


 すったもんだの末、サリーちゃんたちは生物部の部室に置かせてもらうことになった。


 凜さんたちによる厳重な監視のもと、虫かごを持ったリリアさんは部室棟へと連行される。途中、何度も寄り道しようとするリリアさんを懸命に説得し(虫かごを持っているため、うかつに近づけない)、生物物の部室へたどり着いたときには、みんなぐったりしていた。


「ほら、みんなー。もう予鈴まで時間ないよー? 急がないと遅刻しちゃう」


 凜さんたちの恨みがましい視線を受け流しながら、リリアさんは一人すたすたと校舎への道を歩いて行く。


 ぼくも急いで教室に向かいながら、道を開けてくれた生徒たちに挨拶した。


「おはようございます」


 小さく頭を下げただけなのに、ひどく驚いた顔をされた。

 その後も、すれ違う生徒に挨拶するたび、跳び上がったり、悲鳴を上げたり。中には走り出す人まで現れて、何事かと思う。


「あの、ぼく、なにか変なことしました?」


 ざっ、と通路の端に寄る女生徒を見ながら、周囲に問いかける。


「お気になさらないでください。みんなさん、オレーナさんに声を掛けられて、驚いてるだけですから」と笠次さん。


 生駒さんと高さんも、そうそうと同意する。


「だって、あのオレーナと同じ空気を吸えて、声まで掛けられるんだよ? そんなの最高に決まってるじゃん! 朝の空気だって、ああこの中にレナっちがいるんだなぁ、って思うとなんか甘い感じがするし」

「樹奈、おめぇちょっと気持ち悪いな」

「え、マジで!? どのへんがっ!?」


 じゃれ合う生駒さんたちの前を歩きながら、「オレーナさんは注目の的ですからね」と凜さんは平たい胸を反らしながら言う。


「勉強は学年一位。運動神経抜群で、どんなスポーツもこなせちゃう。そのうえ美人で、世界的なコンテストで入賞したモデル。


 馬術部の助っ人を頼まれたときなんて、すごかったんですよ? 馬に乗ったオレーナさんが、颯爽と障害を越えていく姿なんてもう生唾もので──」


「おっと」じゅるり、と凜さんは口元を拭う。


 生唾?


「──まあ、アレですよ。ちょっと非公認の画像データが出回ったり、オレーナさんが使った乗馬鞭が盗まれそうになったりして大変でしたけど、ともかくすごい人気で!」


 非公認ということは、公認があるのか。まあファンクラブがあるくらいだから、オレーナさんのグッズがあってもおかしくはない。


 そうか。でもたしかに、同じ学校にそんな凄い人がいたら、ぼくだって気になるだろう。もしかしたら、ファンクラブにだって入るかもしれない。あと馬術も練習しておこう、とぼくは固く心に誓った。


「あ、おはようございます」

「ふえっ!?」


 前方から歩いてきた女生徒は、ぼくが挨拶するなり、まるでバネ仕掛けの人形みたいに跳び上がった。抱えていたプラスチック製の籠が落ちて、中からテニスボールがこぼれ出す。


「だ、大丈夫ですか?」


 全身が石みたいに固まっていた女生徒は、ぼくが視界に入るなり「Wat's!?」またしても、ぴょんと跳び上がった。


「えっと、ボールが落ちましたけど?」

「あばばばばっ」


 ぼくを見て慌て、散らばったボールに気付いて「ぴゃっ!?」忙しい人だな。


 なぜかやたらと焦りまくっている女生徒は、いきなり地面に這いつくばって、ボールを集め始めた。手で一つ一つ拾えばいいのに、急いで集めようとするから、逆にボールが散らばっていく。


 ちょっと見ていられなくて、ぼくは足元にあったボールをいくつか拾い上げた。


「どうぞ」


 ぼくが拾ったボールを差し出すと、女生徒はボールの山に埋もれたまま、こちらを見上げた。


 ボールとぼくの顔を見比べる。蒼褪めていた顔が、見る見る上気し「あばばばばっ!?」流行ってるんですか、それ?


「はい、これ!」


 再び固まってしまった女生徒に、凜さんはテニスボールをかき集めた籠を押し付ける。ぼくの手にあったボールも素早く回収して、籠の中に放り込んだ。


「もう大丈夫だよね? 早く行かないと、授業に遅れちゃうよ?」

「は、はひっ!」


 ぎくしゃくと籠を受け取った女生徒は、凜さんに背を押されて走り出した。校舎の角を曲がりかけて足を止め、くるりと振り返って戻ってくる。


「あ、あのっ……ありがとうございまふたっ!」


 顔を真っ赤にして頭を下げ、回れ右して今度こそ去って行く女生徒。


 一部始終を見ていたリリアさんが「いがーい!」と声を上げた。


「レナちゃん、いつもはもっと冷たいのになー」

「そ、そうなんですか?」

「そうだよー。ああいうトロい子が近くに来るとー、こーんな顔して睨みつけちゃうんだからー」


 両手で目尻を吊り上げたリリアさんは「どういう風の吹き回しー?」と、首を傾げる。


「言われてみると……オレーナさん、少し雰囲気が変わられたような?」

「そういえば! いつもなら見下してくれるのに、今日は手をすりすりしても、なにも言われなかったよ!?」

「姐さん、ちょっと優しくなた?」


 笠次さんたちも、顔を見合わせる。


 リリアさんは、じっとぼくの顔を見つめた。塗り込められた墨が渦を巻くような真っ黒な瞳。こちらの胸中を見透かそうとするような眼差しに、ぼくは胸の中心が冷たくなるのを感じる。


「レナちゃんってー、この学校の女王様みたいだったんだー。それがいまは、ワンコちゃんみたーい」


「なんでだろうねー?」リリアさんの黒々とした瞳が、ぼくを覗き込んだ。

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