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妄想カレンダーEX(三十と一夜の短篇第60回)

作者: 猫の玉三郎

 唐突だが、子どもができるってどんな感じなのだろうと考えた。


 しかし独身なので身籠りようがない。なので、今この瞬間に受精したと仮定し、経過を追っていこうと思った。順調にいけば今日から数えて十月十日後にめでたく出産である。私は計算してスマホのカレンダーに出産予定日を入れた。四月三日、それがマイベビーの誕生日だ。


 もちろん自分でもなにやってんだと思っている。正気ではない。だから架空の出産日なんてそのあとすぐに忘れた。全国の妊婦さんに謝罪が必要かもしれない。だけど時が経ち、通知機能で目に入った「出産予定日」の文字に、私はなんとも言えない気持ちになった。


 もし本当に妊娠していたら、今ごろ大きなお腹を抱えていることになる。赤ちゃんが三キロ、羊水や増えた血液、お腹を支える為の筋肉でプラス五キロくらいだろうか。私はぺったんこのお腹を撫でた。私のお腹の中には誰もはいっていないけれど、同時期に妊娠した人のお腹には赤ちゃんがいる。彼女たちにとっては日々変化だっただろう。十か月ものあいだ、新たな命をそのお腹で育てているのだから。


 私は子どもの名前を考えた。男でも女でもいいように『りん』と命名し、生まれてもいない我が子を想像する。なんだか愛おしかった。おかしなことをしている自覚はあるが、まあ誰に迷惑をかけるわけじゃないから許してほしい。


 それから少しだけ『りん』の存在を意識しながら生活をしていた。インスタント食品が続いているとちゃんと自炊しようかなんて思うし、引きこもりの休日は公園デビューの下見に行ってみようかと外に出てみる。夜更かしはほどほどにしたり、幼児向け番組を朝の寝ぼけた頭で観てみたり。


 毎年四月三日にはショートケーキをふたつ買っている。


 家電を買ったときだったか、アンケートを書いたことがあった。書けば抽選で現金十万円がもらえるかなんとか。子どもの有無をきかれて『りん』の存在が頭をよぎる。ちゃんと育っていれば今ごろ五歳か。私の想像上のこどもだけれど、「いる」にマルをつけた。誰にも認知されていない。アンケートに書くぐらい許されるだろう。


 それからしばらくして、有名なこども向け教材メーカーからダイレクトメールが届いた時は笑った。あのアンケートに違いない。『りん』のことを書いたのはあの時だけだから。よく見ると「もうすぐ一年生になる君へ!」の文字とともに、ぴかぴかのランドセルを背負ったこどもたちのイラストがあった。


 それから季節の変わり目には教材の案内が届くようになった。時の移ろいを感じさせてくれるので、私はそれを見るのが好きだ。


 我が子は確実に成長している。

 おかげさまで、『りん』は今年から中学生だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] うおおおおっ!  この発想が欲しかった〜〜 これで書かせて欲しいと思うくらい素晴らしい着想でした。
[良い点] いままで見聞きした嘘のなかで最も優しい嘘でした。 切なくなるけど哀しくないし、前向きにもなれる、不思議な読後感でした。
[一言] 読み終わったあと、ふんわりなごむような、じんわりあったかいような、それでいてくすりと笑ってしまうような。そんな不思議な読み心地でした。 罪のない嘘、誰に迷惑をかけるでもない妄想。 だけど、忘…
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